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『陽気な羊牧場』クエスト3

 僕たちが先日攻略した洞窟前に辿り着いた。相変わらず見張りが暢気に寝ている。脇道に入るには起こす以外にないので、時間短縮のため狙撃して済ませた。

「銃ってどうやって手に入れるの?」

 ヴィートが聞いてきた。

「これはな……」

「アールヴヘイムのスプレコーンでなきゃ買えない代物なのよ。そういう決まりなの」

 ラーラが首を突っ込んできた。

「じゃあ、僕たちは手に入れられないの?」

「アールヴヘイムに行けば買えるわよ」

「こっちでも買えるようにならないか、オリヴィアに頼めないかな」

「例外を認めたら、なし崩しになるだろう」

 大伯母に注意された。

「ちょっとなんでしんがりが前に来てんだよ」

「ふん。この森の狼は後ろから回り込むというこそくさを知らん」

 あんたが怖いんだよ!

 さんざん威嚇しておいてなんて言い草だ。前に出たら残りのみんなが暇になるだろ!

 深い森を抜け、日も差し込んできた。小路は続いたが、敵の姿は見る影もない。

 ハイキング再開か?

 水の音にオリエッタが反応する。そして僕を見てにこりと笑う。

 なんの了承が欲しいのかわからなかったが頷くと、ヘモジと一緒に駆け出して丘の向こうに消えた。

「敵、いないね」

 子供たちがキョロキョロ周囲を見渡す。

 大伯母のせいではないだろう。森自体が彼らのサイズとは変わってきていた。

「老人の言った通りだな」

 渓流が道の横を寄り添い始めた。進路と流れは反対方向。僕たちは上流に向かうなだらかな山道を行く。

 川岸から戻ってくるふたりを発見した。

「ヘモジだ!」

「あいつら何やってんだ?」

 でかい魚を頭の上に担いでいた。

「モブじゃないのか?」

「レベル設定されてた」

 オリエッタが答えた。イドという魚らしい。

「今夜は魚料理ね」

 早速、転送準備をして我が家の地下倉庫に放り込んだ。帰りに回収を忘れずに。

「食べられるの?」

「さあ」

 食べておいしい魚なのか、全員、首を傾げるしかなかった。

 こりゃ帰ったら毒味だな。悲しいかな、僕の担当だ。

「この迷宮は変なところに力を入れてるわね」

 どう考えてもこのフロアの危険度はエルーダの比ではない。利益が出なきゃ、敬遠されること間違いなし。そんな意味で、これは釣り好きを誘うための罠だと思われる。

 趣味と実益を標榜する冒険者には、これから向かう上流は絶好の釣りスポットということになるのだろうか。

 見上げる上流の森はまた深そうだ。

「ほれ、浄化してやる」

「ナーナ!」

 ヘモジは心地よさげに風に吹かれた。

「あ! こら、また!」

 オリエッタとふたりまた一緒に消えた。

「もういらないからな!」

「ナーナ!」

「持てなかった魚がまだいっぱいあるから!」

 オリエッタがとんでもないことを言った。

「『クエスト』は?」

 子供たちが僕を見上げる。

「少し休憩するか」

「やった!」

「俺も行ってくる!」

「僕も!」

「わたしも!」

「ちょっと、待ちなさい! 敵が出たら――」

「そのときはお願い!」

 走り出した子供たちをラーラたちが追い掛ける。

「休憩なのに、疲れてどうすんだよ?」

 僕は耳をすまして、周囲を警戒しつつ、ゆっくり後を追った。

「面白いな」

「そうですか?」

 大伯母はこの迷宮の有り様が気に入ったようだ。

「エルーダとは似て非なるものか……」

「その差に下手をすると足元を掬われるかも」

「上級認定でもして、世間を驚かしてやろうか?」

「まず一般公開しないことには」

「そうだった」

 大伯母が珍しく笑った。いつもの老獪な視線は少女のように輝いていた。

「長生きするわけだ……」


 僕と大伯母の顔色が変わったのは瀑布の音が微かに風に乗って聞こえてきたときだった。

「なんだ?」

 反応が大き過ぎる!

「フェンリルじゃない!」

 もっとどす黒い何かだ。

「三本首か」

「ケルベロス!」

 フェンリルに比べて一回りも二回りも小さな身体が高みからこちらを窺っていた。

 大伯母が上流の瀑布を睨み返す。

 子供たちはケルベロスの視線の先で、どうやって取ったかわからない魚の回収にまだ勤しんでいた。

「師匠がやります?」

「深層にいるのと変わらんだろ?」

 ラーラを見下ろしている。

 ラーラと目が合った。

「じゃあ、雑魚は僕が」

「お守りも大変だな」

 あんたのお守りが一番大変だよ。

 僕は駆け出した。

 するとすぐにフェンリルの反応があった、ケルベロスの後方に。どうやら共存の道を選んだようだ。

 ケルベロス一体だけが出てくるなら、迎撃も容易いが、生憎、この手の行事が優しかった例しはない。

 案の定、ケルベロスの後ろからフェンリルの群れが追従してくる。

 僕は持ち前の足の速さを生かしてケルベロスとフェンリルの間に割り込むべく、森のなかを駆け抜けた。人間サイズの森は走り易い。

 久しぶりだ、この爽快感!

 リオナ婆ちゃんと野山を駆け巡っていた日々を思い出す。敵はただの野牛だったが。

 僕は剣を抜いた。

「さあ、リオネッロ。獲物なのです。狩り尽くすのです! 肉、肉、肉なのです!」

 懐かしい声が聞こえた気がした。

 フェンリルの肉は食えたもんじゃないが…… その首まとめて戴こう!

 そっちは任せたぞ、ヘモジ。

 子供たちが敵の接近に気付いて動き始めていた。

 オリエッタの反応が遅れたな。余程生臭かったか。風向きが悪かったかな……

 尻尾を揺らしながらケルベロスが丘を降りていく。

 子供たちがあれを相手にするのはさすがにまだ早いか。

 第一印象、レベルはエルーダの四十層にいるボスと同程度。爺ちゃんたちはクエストで三十五層辺りで出会ったらしく、その代わりか、四十層では出会わなかったらしい。

 エルーダではレイド必須の敵らしいが、僕もラーラもヘモジも狩り方は知っている。

 ラーラが剣を抜いた。

「負けはなくなったな」

 ケルベロスの黒い皮革は闇と炎耐性を持った優れ物だ。きれいなだけのフェンリルの皮と違って、付加価値が高い。ケルベロスの黒いブーツや手袋は見た目も相まって、軽装の冒険者には昔から根強い人気がある。

「オリヴィアが喜ぶな」

 フェンリルの反応が森を抜けたすぐ先にある!

 いた! 

 フェンリルの走る姿が視界に入った。

 こっちに気付かない?

 どうやら大量の獲物に気を取られているようだ。

「なんか舐められてる気がする」

 四本脚が暴れながら近付いてくる。

 確かにあれに蹴られたらおしまいだが……

 僕はそれでも隠遁かまして喉元に飛び込んだ。

 擦れ違い様、喉元を切り裂いて、次の獲物に。

 後続の一体が涎をまき散らしながら、突っ込んでくる!

 目では追えても、身体はすぐには反応しないだろ?

 頭蓋に一振り。

 鼻筋を蹴飛ばし、すぐ隣に来る後続の敵の前に。

「油断し過ぎだよ!」

 眉間に剣を突き立て、鼻面に乗ってロデオだ。

 馬が転がる手前で僕は地面に降り立った。と同時に三体のフェンリルが地面に転がった。

 群れの足並みが乱れると、群れが分断されるのを恐れて先を行く一派も足を止めた。

 足止め成功だ。

「ようし」

 ケルベロス以外残らず釣れたな。

 もうお前ら、僕の結界のなかに閉じ込めたからな。

「死ぬまで出られないぞ」

 侮った罰だ。

 僕は姿を消した。

 婆ちゃん譲りの速攻だ。姿勢を低くして、『ステップ』! 一瞬で敵の顎下に。

 首を半分切り裂いた。

「浅い!」

 首、太過ぎ!

 一番でかいボスだと思われる一体を狙ったが、ちと間合いが遠かった。

「欲張り過ぎた!」

 切っ先を返したところで剣を止めた。

 フェンリルは頭から崩れた。

 首の骨を切断されてはでかい頭は支え切れなかったようだ。

 繋がった表皮に引っ張られる形で身体も横転した。

 別の一体の牙がそこまで来ていた。

 僕は『ステップ』で躱し、上顎と下顎が合わさったところで、鼻先に飛び乗り眉間に剣を突き立てた。

 唸りをやめない。

「チッ」

 大剣を持ってくるんだった。

 剣身が足りなかった。

 魔力を柄に込め、頭蓋を突き破った。

「でかい相手に片手剣は不利だな」

 普通はそれを手数で補うもんだが。それをやると恐らく子供たちに馬鹿にされる。

「魔石、小さいじゃん」

 絶対、言う!

 でかい爪が上段から襲いかかる。まるで五列に並んだギロチンだ。

 回避しながら残された前脚の腱を斬る!

 そして体勢を崩したフェンリルの心臓に一突き。

 爺ちゃんの大剣かっぱらってくりゃよかった。届かねぇー

 抜けないこともわかっているのでそのまま横に薙ぐ。

 結局、魔法だよ。心臓をガチガチに凍らせてやった。

 動きの止まった僕を見て好機と判断した一体が、噛み砕きに来た。

 が、口角が耳元まで伸びた。鮮血がほとばしる。そのまま地面にめり込んだ。

 残るは何体だ?

 野生の狼ならボスがやられた時点で撤収するものだがな。

 来ないなら…… こっちから!

「ナーナンナーッ!」

 隅の一体が悲鳴と共に沈んだ。

「来ちゃったか」

 もう少し、剣でやりたかったんだけどな。終わりにしないとむちゃくちゃになる。

 一体が横っ面をぶっ叩かれてこっちに跳んできた。

「これだよ」

 転がってきた一体のこめかみに剣を突き立てた。

 ヘモジ狙いの数体を除いて雷を落として終わりにしたら、ヘモジが怒った。

「お前の分残しておいてやったろ?」

「ナナナーナンナ!」

 救世主ごっこがしたかった?

「師匠を待たせて平気か?」

「ナ……」

 大伯母を見て静かになった。

 麓を見下ろすとケルベロスが真っ二つになって転がっていた。生きていた最後の首が今吹き飛んだ。

「……」

 やり過ぎだろ、ラーラ。

 久しぶりに師匠の威厳が示せるかと思ったら、全部ラーラにかっさらわれた。

 そして合流した僕たちはようやく目標の滝壺に到着したのだった。



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