『陽気な羊牧場』クエスト2
全員、脱出用の転移結晶で一旦外に出て、十二階層に入り直した。
晴れやかな気分は消し飛んでしまった。
目の前にあるのは鬱蒼とした暗い森だ。溜め息が漏れる。
「ワイバーンが上から襲ってくるから気を付けて」
ピクニックが密林での行軍に変わった。
でも緊張感は前回と違い限定的だ。
魔法使いのちびっ子集団と、最強の魔女が一人、おまけに接近戦をこなす冒険者が多数いる。
「これで負ける方がどうかしてる」
大伯母とラーラが、子供たちの結界がどこまで通用するか見てみたいと言い出した。するとカテリーナの保護者たちも是非にということになった。
サラマンダー、レッドスライムは兎も角、この機会にヒドラ戦に挑ませるかどうか、子供たちを試そうというのである。
耐劇毒用の装備が整い次第、許可を出せるかどうか、口には出さないが、チェックする気なのである。耐火仕様の装備を揃えるだけでも苦労しているので、まだだいぶ先の話になるだろうが。
僕の結界の外側に子供たちは各々自分の結界を展開させた。大きさも性格も違う個性だらけの結界だ。
トーニオの結界は重戦士の盾のように強固であるにもかかわらず、薄く、歪みがない。どこかあからさまで存在を鼓舞する風がある。その辺り、リーダーとしての責任感の表れか。
それに比べるとニコロやミケーレの結界は見えにくい。当人たちにはよく見えているのだろうが、慣れないとガラスに張り付くヒキガエルのような惨めな姿を晒すことになる。
女性陣の結界は大きさこそ違え、揃って大伯母のしなやかな結界に似ている。変幻自在で厚みがあって衝撃を吸収する余裕がある。
ジョバンニとヴィートの結界は文字通り盾だ。振り回すこと前提で、アグレッシブだ。僕がたまに見せる悪い癖が伝播した感じだ。
どれもそう感じるというだけで素人目には変わらないが、優秀過ぎてより適材適所を考えたくなる。
「来るぞ」
「どこ?」
「右の茂みだ」
子供たちは例の如く、結界担当と攻撃担当に分かれて陣形を作った。
「来た!」
三カ所から同時に仕掛けてきた。
「こっちからも来た!」
最初の接触は結界が防いだ。そして行動を阻むことに成功した。
「とどめを!」
トーニオの号令にジョバンニが反応する。
が、すぐ横に別に弾かれた一体が飛んできた!
結界を常時展開させながら別の行動するのは難しい。だから子供たちはまだ実戦では守備と攻撃を分けていた。
攻撃担当のジョバンニが割り込んできた一体に結界を強引にぶつけた。
が、爪の一発で破壊された。
でもその一瞬が好機となり、守備担当だったニコレッタが咄嗟に前脚を切り落とした。
フェンリルは地面にめり込んだ。
そして今度こそ、ジョバンニにとどめを刺された。
「へぇ」と、いつの間にか隣に来ていたラーラが感心した。
「結界遊びの賜だな」
振り返ればまだ敵は隠れている。
それでも大伯母は欠伸している。
「手を貸す気はないか」
一方、とどめを刺し損なったフェンリルは無事ヴィートとニコロとミケーレがとどめを刺した。
残りの一体はマリーとカテリーナの牽制攻撃で近づけずに、茂みの陰に引き下がった。
入れ替わりにフェンリルの子供が姿を現した。
倒木の上を跳ねながらパーティーの頭上に迫る!
「見えているか?」と、大人たちはやきもき。
「来るわよ!」
フィオリーナの言葉に子供たちが一斉に頭上を見上げた。
ニコロとミケーレの反応は早く、既に攻撃態勢を整えていた。
フェンリルの子供が最後のステップを決め、木の陰から姿をさらしたその瞬間!
巨大な物が落ちてきた!
ワイバーン!
なるほどあの高度で反応するか。
ワイバーンはフェンリルの子供を踏みつぶした。
だが子供たちの集中攻撃を受けて、ワイバーンも黒焦げになった。
「ああ、魔石が!」
「しつけは大事よ!」
あっという間に粉砕された。
「末恐ろしいわね」
火力だけなら及第点だ。
ワイバーンが次々落ちてきて、フェンリルのフォーメーションを破壊する!
三つ巴の大混戦が始まった。
体格的に後回しにされがちな子供たちは、やり合っているフェンリルとワイバーンをまとめて大技で葬っていく。
「昔のリオネッロが九人いるみたいね」
「自分だってそうだったろ」
そうだ。今は全力でねじ伏せろ!
安全圏を築け! 魔法使いの本領を発揮しろ! 面で制圧だ。
今が手加減すべき時でないことを理解しているだけでも充分及第点を上げられる。
「戦いの流れは見えてるみたいだな」
大伯母のルージュに染まった口角がうれしそうに上がる。
「でもまだ危なっかしい」
理由は守る気でいる大人たちが子供たちのフォーメーションを邪魔しているからだ。火蟻戦の見事な連携を見せてやりたいところだ。
大人たちの感想をよそに、茂みのなかの敵はまだこちらを窺っていた。
「あ、反応が消えた」
オリエッタが言った。
ヘモジが茂みから顔を出した。
「いつの間に……」
「ナーナ」
「時間短縮だって」
雰囲気に飲まれてじっとしていられなかったか。
掃討戦に移行し、やがて静けさが森に戻った…… りはしなかった。
「魔石、魔石!」
子供たちはでかい骸たちが相応の戦利品に変わるのを楽しそうに待った。
目的、忘れんなよ。
「リオさん、地図…… どうします?」
一番暇なモナさんに地図作成を頼んでいたのだが……
手加減無用の本気魔法と『無刃剣』が飛び交い、森はズタボロ。地面はぐちゃぐちゃ。先日と余り変わらない。マップ作成はいつできるのか?
子供たちが余勢を駆って、歩きづらい倒木を輪切りにしてぶっ飛ばす。
調子に乗った子供たちは恐ろしく元気で、ジュディッタたちも子供たちの成長ぶりに目を丸くしていた。
「師匠、どっち?」
ヴィートがキラキラしながら進路を尋ねる。
「上」
「上?」
「右の枝から登って、乗り越えた先をまっすぐだ」
目の前を一本の長くて太い倒木が遮っていた。まだ倒れて日も浅く、苔生す間もない様子。根元がぐしゃりと傷跡がまだ生々しい。諸々に邪魔されて大地との間にわずかな隙間。なおさら乗り越えづらい。
「面倒臭いから斬っちゃう!」
「うりゃあああ」
「とうりゃあぁああ」
「必殺縦一文字斬り!」
「二連撃!」
マリーとカテリーナが『無刃剣』を一発ずつ放った!
「斬れてないわよ」
ニコレッタが突っ込んだ。
「も一回!」
背後にある巨木の枝までまっすぐ垂直に刈り落とされた。
ゴンと輪切りにされた部分が地面に落っこちて、泥が跳ねる。
全身泥まみれになったヘモジが恨めしそうに振り返る。
「だから結界の外に出るなって……」
浄化の魔法できれいにしてやるとヘモジは前線に戻り、ミョルニルで輪切りをぶっ叩いた。すると輪切りにされた丸太は、枝を切り落とされた別の木の根元に当たるまで転がり、そこで立ち止まった。
「次、俺たちだから」
ジョバンニとヴィートがマリーたちと入れ替わって前に出た。
崖からも大分離れたし、空から来る気配はなさそうだ。
気付いたときにはフェンリルも打ち止めになっていた。




