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訪問者

「本日は満室になっております。他の部屋へのご入室はご遠慮ください」

 セバスティアーニさんが言った。

「姉さんの?」

「はい。同僚の方々が滞在期間中ご宿泊なさいます」

「大所帯になったものですね」

「以前お越しの折は半分を宿泊施設として解放しておりました。オアシス側のお部屋は年間を通してほぼ満室状態でしたが、昨年辺りからこの時期の営業はしておりません」

 姉さんがいない間、優秀な使用人を遊ばせておくのも勿体ないし、何より利用されない建物は傷みが早くなる。そこで立地の良さをアピールした宿泊業を営んでいるのであるが、一番の稼ぎ時に身内で満室になるのは玉に瑕である。

 トロピカルな朝食を済ませると僕たちはオアシスに面した庭に出た。

 緑溢れる場所だった。

 周囲を高い石壁や石柱やアーチで覆われているが、アールヴヘイムとは似て非なる植物が自生していた。向こうから運んできた鹿や兎、鳥たちがミズガルズの自然のなかでくつろいでいた。

 爺ちゃんの話では自我のない、文字も認識できない動物たちを転移ゲートを使ってこの世界に持ち込むのに相当苦労したらしい。鳥の卵から孵化した雛が最初の成功例だったというのは誰もが知る有名な話である。

 先人の苦労のおかげで、今ではアールヴヘイムから放牧用の家畜や、環境開発のための鳥や虫たちも運ばれてくる。元々人族の先祖がこちらの世界から持ち込んだものも多く、あっさり順応するケースも少なくなかった。勿論、世界を改変できる程のものではなく、移住に必要な最低限の微々たるものであったが。そのため、地元の生態系との融合が積極的に行なわれた。

 五十年という長い歳月の成果が今、目の前に広がっているのである。

 この屋敷の庭の高い壁は当時生態系を区切って管理していた名残であろう。

 ヘモジとオリエッタがうれしそうに駆け出した。

「葉っぱー」

「ナーナーナー」

 近くにいる兎や鹿を追い回す。

「砂ばかりだったからな」

 対岸では大勢の人たちが朝の散歩を楽しんでいた。何本ものオベリスクが今は結界装置としての役目を終え、町の城壁の内側でオアシスを見下ろしている。オベリスクが映り込んだ水面に浮いた小舟から釣り糸が幾本も垂れていた。

 ここだけ見てると砂漠のど真ん中だとは思えないな。

「ナーッ!」

 ヘモジが鹿の反撃を受け、角で尻を突かれ、団子のように転がされていた。

「何やってんだか」

 僕は結界を張ってやった。

 微風が一瞬、遮られた気がした。

「ヘモジ!」

 僕は剣の柄に手を掛けた。

 鹿は声に驚いて茂みの向こうに逃げ去った。

 ヘモジは姿勢を低くしてミョルニルをホルダーから抜き、オリエッタは高い壁に飛び移り身を隠した。

「誰だ! 敵なら容赦しないぞ」

「さすがですね。特務のリーセントです。姿をさらすのはご勘弁を」

 木の後ろに身を隠しつつ、王家の押印の入った身分証をちらつかせた。

 名前もそれもどうせ偽装でしょうに。

「王宮から?」

「いいえ、こちらの責任者が情報を共有しておいた方がいいだろうと判断いたしました」

「お互い干渉しない約束では?」

「こちらも心置きなく旅をご堪能頂きたかったのですが…… 既に大分目立たれているようなので」

「別に目立ちたくて目立ってるわけじゃないよ」

「既にリリアーナ様の弟がこの町に来ていると町中に知れ渡っております。昨日の武勇伝も含めて」

「もしかして敵に逆恨みされちゃった?」

「今のところは……」

「それで犯人は?」

「残念ながら。折角、足止めして頂いたのですが、砂上の痕跡が消えていることから別の船に乗り換えたものと思われます。現在、ギルドが逃走経路を捜索中です」

「手回しがよ過ぎますね」

「我々も気に掛けているところです。もしかすると別の船でこの町に戻ってきているかもしれません」

 敵の計画の邪魔をしたようなものだからな。逆恨みの件、注意しておこう。それが突破口になるかも知れないし。

「敵の狙い、何かわかりました?」

「例の座礁船ですが、ブルーノという冒険者の物でした。恐らく今回のランキングで十位に入る上位ランカーです。ですが、ある時期からギルドへの納品が行なわれておりません。消息も目下のところ不明です」

「イベントにも顔を出せそうにないか」

「他にもう一点」

「『太陽石』の出所?」

「西にありました。既に廃鉱になったはずの村が現在も稼働しておりました。珍しいことではありますが、近傍で新たな鉱脈が見付かったようです」

「このまま隠匿したい連中がいたということ?」

「いえ、それでは船に積んだまま計画を実行した理由になりません」

「そうだった。被害者への補償というわけでもないだろうしね」

「ギルドの調査で何か出てくればよいのですが。村の方はこちらで探りを入れますのでお任せを。リオネッロ様にはこのままお姉様と狩りを楽しまれますように」

「もしかして疑ってる?」

「いえ。敵にとって最大の障害になり得る存在こそが恐らくお姉様なのではないかと」

 タイミング的に姉さんが敵のターゲットだった可能性は充分あるからな。

「伝言がございます」

「誰から?」

「陛下からでございます」

「直々?」

「土産話を期待している。くれぐれも――」

「自重するように」

「我々も期待しております、色々と」

「それとラーラ様がいなくなったから、もしかするとこちらに向かうかも知れないと」

「ラーラ!」

 第四王女! 何しに来やがる!

「ちょっと! 大丈夫なの?」

「既に今朝方、町に到着したご様子。そろそろお屋敷の方にご到着なされるはずですが」

「嘘ッ!」

「よろしくとのことでございます。では、何か情報が入りましたらお伝えに上がります。何かありましたらよしなに」

 隠密隊員は姿を消した。僕にも察知できないレベルとなればこれはもう『隠遁』スキルのマスタークラスだ。暗部も暗部、特務の一番おっかない連中だ。エルマン爺ちゃんの子飼いたちだ。

「だってさ」

 黙って聞いていたオリエッタとヘモジに言った。

「チコレンジャーだった!」

「ナーナ!」

「ラーラのことはスルーか?」

「でも消えた。パッて消えた」

「ナナナナ、ナーナンナー!」

 ヘモジは兎も角、オリエッタの索敵能力を惑わすとはね。

 問題は屋敷のなかにいるハーフエルフだが、侵入者に気付いてないことを祈るばかりだ。

 説明が面倒臭いからな。

 それとラーラ・カヴァリーニ。おてんばにも程があるぞ!



 酔っ払いも気付いていた。万能薬の手を借りて酔いを覚ますと姉さんは僕を問い詰めた。が、僕とは別件だという回答に変わりなく「気を使ってくれてるんだよ」と笑うしかなかった。

 僕の脳裏にはラーラのことがちらついていた。

「ラーラ、来ること知ってた?」

「知るわけないだろ。お前が面倒見ろよ」

「もう着いてるらしいんだけど」

「探して参りましょう」

 セバスティアーニさんが使用人を振り向けようとしたとき、窓からオリエッタが飛び込んできた。

「行き倒れ! ラーラ寝てる!」

「はぁあ?」

 窓から正面玄関を見下ろすと、敷地に入ったところででかいリュックを背負ったミイラが転がっていた。

「馬鹿だ」

「ナーナ」

「まさか歩いてきたんじゃあるまいな」


 余程砂漠の旅が疲れたのか、ラーラは起きてこなかった。

 待ち合わせの時間に遅れそうな僕はラーラを姉さんに任せて、冒険者ギルドに急いだ。

 ラーラと合流した旨を一筆加えた手紙を冒険者ギルドの窓口に出して、それからトライアウトの見学募集の案内を探した。

 一般向けに貼り出された掲示板が建物の外にあり、人だかりができていた。

「時間をずらせば、三件ぐらいは見られるかな」

 思った以上に見学者がいるようだ。暇を持て余している連中にはちょうどいい見世物のようである。

 時間通り、そこに待ち人が揃ってやって来た。

 昨年のランキング上位どころから三つ選ぶことになった。理由は挑戦者のレベルもそれなりだと思ったからだ。募集要項にギルドランクや習得ポイント数などが加味されるケースがほとんどだった。イザベルのケースは例外中の例外である。が、姉さんは実力さえあれば書類選考は二の次の人なので、来る者は取り敢えず拒まなかったに違いない。


 港は物資の積み降ろしで賑わっていた。ここだけは別世界である。砂漠ののんびりした時の流れはここにはない。

「『箱船』もこう見るとピンキリだな」

 姉さんの船に匹敵する船が幾つもあった。

 バリスタや砲塔がずらりと並んだ船や、装甲板で船をぐるりと囲った船やゴーレムを積んだ船なんてのもあった。

「空を飛べなくなるわけだ」

 重そうな船ばかりだった。が、大勢の乗組員と長期滞在のための物資を大量に備蓄することを考えると、これも致し方ないことなのだろう。爺ちゃんの『楽園』スキルを欲しがる姉さんの気持ちもわからんでもない。

「この先ですね」

 見学チケットに停泊ドックの番号が書かれている。それを頼りにやってくると『石の意思(ロックンウィル)』と言う名の冒険者が所有する船を見付けた。

 重装甲にバリスタを八門、装備したデザートカラーの船である。オーソドックスな戦闘スタイルの船だ。『アローライフル』が使えれば船はもっと小さくできるのだが、あれは許可制で弾頭も特殊だし、許可申請のために定期的にあちらの世界にいかなければならないから、こちらの世界の船で装備している船は少ない。姉さんの船でも『アローライフル』は積んでいないはずだ。その分、特殊弾頭仕様のライフルで間に合わせているはずである。

 入口のもぎりにチケットを渡すと、慣れた手付きで半券をちぎり、営業スマイルで案内に沿って進むように言われた。

 実用一辺倒の細い通路をひたすら進むと広い甲板に出た。

 頭の上のタワークレーンがここが解体ドックだと教えてくれる。

「ほえー」

 マリーとオリエッタとヘモジはぽかんと口を開けて空を見上げる。

「間近で見ると大きいですね」

「まったくだ」

 ドラゴンを解体するための設備は伊達ではなかった。

 さすがランキング上位者の船だ。


 定刻になると三十人近い応募者が整列し、代表の挨拶が始まった。くじ引きがその場で行なわれ、すぐに第一回戦が始まった。その間こちらへの配慮は一切ない。僕たち観客はただの壁である。戦闘中はお静かにという注意だけがなされた。

 


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