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地下十二階層にて

 滑空しかできないワイバーンはそのまま森のなかに突っ込んだ。枝どころか幹までバキバキ折りながら目の前に降下した。

 鳥の一群が羽ばたき逃げ出した。

 ミミズクも驚いて飛び立った。

「!」

 消えた!

 ミミズクが忽然と姿を消した。

 残ったのは飛び散る羽根が数本。

「……」

 反応がなかった…… 

 まさか、冗談抜きで千年大蛇が森のなかにいるのか?

「これって…… 伝説のコロコロ山の転移結晶トラップ!」

 オリエッタが髭をひくつかせて叫んだ。

 膨大な魔力を含んだ転移結晶の鉱脈が、周囲にいる魔物の魔力反応を掻き消してしまうという天然のトラップのことだ。スプレコーンの隣、アルガス領の北の森で狩りした爺ちゃんたちが若かりし頃、引っ掛かって死に掛けたという曰く付きの事象である。

 転移結晶の原石は高く売れたそうだが。

 この森全体に何か大きな力が働いているとみるべきか。それともやはり千年大蛇か? レベル三十の魔物でマスタークラスの隠遁能力がある魔物がそうそういるとは思えないが。

 そういえば鳥たちが逃げていったが、魔力が感じられなかった。

 ギミックといえど反応はあるはずだが……

 やはり鉱脈のように魔力を阻害する何かがあると考えるべきか……

「持ち帰れる物ならいいんだけど」

「一攫千金!」

「ナーナンナ!」

 ふたりのやる気が急にメラメラと燃え上がる。

 でも敵が見えないのは困りものだ。

 ワイバーンはまだ暴れていた。

 深い森に落ちてしまっては抜け出すのは困難だ。

 大樹の枝幹が容赦なくワイバーンの進路を塞いだ。

「あーあ……」

 ミミズクを食った奴がまだ周りにいるはずだ。警戒しないと。

「ワイバーン、うるさい」

 オリエッタが文句を言った。

 闇雲に歩き回るから森のなかはめちゃくちゃだ。崖のある東に向かっているが、手入れのなってない密林はワイバーンにも進みづらい地形のようだった。

「けど、明るくなった」

 ワイバーンが空けた大穴から、森のなかに光が差し込んできていた。

 そして見た。黄金色に輝く巨大な狼の姿を。

 ワイバーンを狙っているのか。

 集団で囲いに行っていた。

「ミミズクを食ったのはあれか?」

 まさかあの図体で?

 あり得ない。あれならこっちが気付かないわけがない。

「ナーナ」

 やはり反応はない。

 どこかに魔力を中和する何かがあるはずだ。

 地面を慎重に踏みしめる音がする。四脚…… 蛇じゃないな。

 臭い…… 血の臭い!

 ミミズク食ったのはあいつだ!

 ワイバーンの襲撃を躱してから、横たわっている大木の上に陣取って、周囲をうかがっていたが、敵は木の枝を足場に一瞬でここまで上り詰めていた。

 ヘモジはミョルニルを引き抜くと前に出て枝の茂みのなかに身を隠した。

 敵は変わらず僕を狙っていた。小物には用がないらしい。

 だが、敵が大きく踏み込んだ瞬間、ヘモジが地面を蹴った!

 結界にぶち当たったのは小さな狼。とは言え、人間より遙かにでかいフェンリルの子供だ。

 ヘモジの一撃が命中! しなかった。

 勢い余って、ヘモジは苔に足を取られてすっころんだ。

 ただでさえ俊敏なフェンリルが輪を掛けて早くなった感じだ。強靱な脚力はそのまま、小さい分だけ身軽になった印象だ。

「ヘモジの奇襲をかいくぐるとはね」

 ヘモジに目を付けられたな。

 金色の狼(バーサス)、スーパーモードヘモジ!

 金色同士の戦いだ!

 子供でもヘモジは容赦しない。が、逃げ足の速いこと。

 三度の跳躍でもうこちらの手の届かない場所にいた。

 だが幼い。

 跳んで逃げた先にワイバーンがいた。

「うまく追い込んだな」

 一瞬の隙が運命の分かれ道。

 ワイバーンの強烈な尻尾攻撃ではじけた土塊にひるんだその一瞬、ヘモジのハンマーが命中した。そして勝利を確信した瞬間、ヘモジもまたワイバーンの一撃に邪魔された。

「戻って来い!」

 僕たちは隠遁を決め込み、場所を変えて成り行きを見守ることにした。

「ナナナナ!」

 とどめを邪魔されて怒っている。

 でもここは逃げて正解だ。

 子供が窮地に陥いった以上、親たちが暢気に構えているわけがない。

 フェンリルの包囲網が完成しつつあった。

 ワイバーン対フェンリルの戦いが、ワイバーンの圧倒的不利な状況から開始されようとしていた。

「ワイバーンに仲間はいないのか?」

 崖の上を見上げるもその様子はない。

 このままではあっという間に終わってしまうな。

「テコ入れしよう」

 銃を取り出し、奥にいるフェンリルから仕留めていく。

「『一撃必殺』 まずは一体」

 眉間を貫いた。

 間髪入れずに二体目も葬った。

 音と臭いから察するにフェンリル側は七体いる。そのうち何体かは子供かも知れないが。ヘモジにやられた一体はまだ倒れた場所にいた。

 ワイバーンはその子供にゆっくりと近付いていく。

 子狼は動けない。

 ミョルニルの雷属性の効果でまだ麻痺してるのか?

 フェンリルたちは矛先を変えさせようと吠えまくる。

「すさまじい森林破壊だ」

「環境団体が騒ぎそう」

 リュックのなかから会話に参加してくれてありがとう。

 甘いクッキーの匂いがする。

「一枚よこせ」

 突風と共に、森の天井が落ちてきた!

 バキバキバキ。枝や葉っぱと一緒に巨大な質量が落ちてきた。森が揺れた。

 ワイバーン側の応援が枝葉を突き抜け、次々フェンリルの巨体を地面に押し倒していった。

 が、地上戦では分が悪かった。身をよじったフェンリルに容易く逃げられた。

 だが分が悪いと判断したフェンリルたちは子供を見捨てて後退し始めた。

 子供にとって狩りはまだ遊びのようなものだったに違いない。命を弄んだ代償と言えど、大きな報いを受ける結果となった。

「ナーナンナーッ!」

 人が仕留めた獲物を! とヘモジが怒った!

 ワイバーンたちはまだ生きているフェンリルの子供の取り合いを始めた。

「竜の劣化版の癖に生意気なッ!」

 変な同情心が湧いた。あいつらに貪り食われるくらいなら、ヘモジの一撃で速やかに送ってやった方がいい。

「まとめて仕留めてやる!」

 雷を豪快に落としたら、森の木々に火が付いた。

「…… 焦げた臭いがする」

 オリエッタがクッキーの滓の付いた顔を舐めた。

「老木が多かったからな……」

 火の灯った落ち葉が蛍のように舞い上がり、風下の茂みのなかに落ちた……

 湿った森だと思っていたのに意外に乾燥していたようだ。あっという間に引火して、森の背丈程の高さまで燃え上がった。

「洪水の次は森林火災…… やり過ぎ」

「ナーナ」

 オリエッタとヘモジが遠い目をした。

「その顔はやめろ!」


「見付けた!」

 東側の崖一面に転移結晶の鉱脈があった。

「森の魔物を隠すのが目的じゃなくて、ワイバーンに急襲させるためのまさに布石だな」

 もし勇んでフェンリルに仕掛けていたら、上空から潰されていたかも知れない。

 残念ながら鉱脈は持ち帰れそうにない。

 もし本物だったら、資格のない者には手が出せないからだ。それ程までに不安定な物質なのである。

『魔法の塔』の専売みたいなものだから、冒険者ギルドにも資格者はいないだろう。転移魔法関連の第一人者である大伯母ならもしかすると。

 まずは真偽の程を確かめなければ。

 地上に持ち帰れれば、世界は大きく変わる。が、今これを削るのは無理がある。本物なら微量の魔力で誘爆する危険があるからだ。

 もし先程の雷攻撃が当たっていたら…… この崖一帯は吹き飛んでいたことだろう。一体どれ程のレベルの『闇の信徒』と交戦する羽目になったことやら。

 兎に角、大伯母に要相談である。


 結論から言うと、転移結晶の原石を地上に持ち帰ることはできなかった。なんとか削り出して地上に持ち出しては見たものの、あっという間に塵となって消えてしまった。

 誰も期待はしていなかったのだが、溜め息は出る。

 そしてヘモジとオリエッタの一攫千金の夢は潰えた。



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