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洪水だ!2

 言葉を失った。

 一体どこからこんなに大量の水が現れた?

 てっきりくるぶしが浸かる程度だと思っていたのに、これでは浮かぶこともままならない。飲み込まれたらおしまいだ。

 濁流は荒れ狂い、猛烈な勢いで襲い掛かってくる。流木や大岩が転がる様も見て取れる。

 冗談じゃない!

 こんなものが直撃したら……

 流れが淀めば水位が上がり、防波堤代わりの丘陵地帯は決壊する。

 そうでなくても激流による浸食は容赦がない。

 幸い流れは淀むことなく南へと進んでいた。

 雨がポツポツ降り始めた。

 ちょっと、これ以上はまずいって!

「どうする?」

「どうしよう?」

「ナーナ……」

 答えはない。

 スケールが大き過ぎて、手が出せない。こうなったら場当たり的にいくしか!

 決壊しそうな所から手を付けていくしかなさそうだ。

 今のところ丘陵地帯は堤防としてしっかり機能している。流れが直接ぶつかるポイントはずいぶんえぐれたが、それでもなんとか耐えていた。

 が、堤防の内側に水が湧き始め、新たな流れを作り出そうとしていた。

 地下を伝ってきたか!

 僕は大地を押し固めた。

 湧き出る水量は減衰したがまだ出ている。

「これくらいなら」

「あっち!」

 気を抜いたら別の場所から湧き出した。

「まだこっちが止まってないのに!」

「ナーナンナ!」

 死ぬ気で頑張れとヘモジが機体のフレームを叩く!

 僕はガーディアンの手のひらに乗って新たなポイントに向かう。

 止めることに成功するとまた別の場所に。移動しては塞ぎ、移動しては塞ぎ。

 疲れるばかりで勢いは収まらない。

 下火になるどころか、湧出ポイントは増えていき、押さえ込んだはずの水量もぶり返していった。状況は悪化の一途である。

 そしてそのときは来てしまった。一部の丘が濁流に呑み込まれてしまった。

「凍らせる! 全力で氷結だッ!」

「馬鹿か、お前は?」

 振り返ると大伯母がいた。

「なぜ、遠巻きに防衛ラインを引いているんだ? 耕作地を守れればそれでいいだろ?」

 振り返ると大人たちだけでなく、イザベルに引率された子供たちまでもが外周の防波堤建設に動いていた。

「自然相手に正面から闘って勝てるわけなかろう? ここは決壊することを前提に考えるところだ。まあ、多少は時間稼ぎができたがな」

 僕たちは無謀な戦いを諦め、前線を後退させた。

 確かに今までの努力と時間を外縁部の補強に回していれば、今頃作業は完了していたことだろう。

 そうすれば余裕を持って迎撃に出られたはずだ。

 渦を巻いていた北側の溜まりもとうとう決壊した。

 大量の泥水が流れ込んでくる。

 突破してきた水は地形の傾斜に沿って、南西方向に広がっていった。

「濠に押し込むぞ」

 直撃コースを塞ぐため、耕作地の手前で進路を変えさせるべく湖に誘導することにした。

 大伯母が地面を掘り返して溝と土手を同時に作り上げていく。

 それを僕が押し固める。

 さすが『穴熊』 手慣れたものである。

「向こう、終わったから!」

 子供たちが荷運び用のガーディアンに乗ってやって来た。

 そして僕たちは排水路をひたすら湖に向けて掘り進んだ。

 早速、壁にぶち当たった流れが速度を増して、こちらに迫ってくる。

「間に合わないよ!」

「頑張れ! もうすぐだ!」

「リオネッロ、一発ぶち込め!」

「ああ、なるほど」

 僕は押し寄せる流れの手前に『魔弾』を撃ち込んだ。

 壁の縁を流れる本流に合流しようとする傍流を落とし込み、一網打尽にした。

 その結果、流れは一時的に弱まった。

「師匠、もう一回!」

「ああ?」

「もう一回!」

 子供たちは自分たちの手が間に合わなくなると僕に穿(うが)てと要求した。

 大穴が開くこと四度。五度だったか? 排水路はようやく濠に繋がった。

 泥水は大橋の向こう、砦を囲う東端付近から濠に落ちていった。耕作地はそれより南側、流れの下流にある。

 時に荒波が壁を乗り越えるが、耕作地に影響することはなかった。

 守りを固めた僕たちは、遅ればせながら反抗に転じた。


「ナーナ」

 ヘモジが両手で掬った砂を畑に一番近付いた流れの先に落とした。

「止まった……」

 オリエッタがその小山に肉球を押し当てた。

 丘陵地帯の外側ではまだ音を立てて大水が激しく流れていた。が、水位は峠を越えて、掘った排水路もその役目を終えつつあった。

「なんとかなったな」

 大伯母に小突かれた。

「世話の焼ける馬鹿弟子が」

「すいません」

「師匠、怒られた」

 子供たちに笑われた。

 雨は気付いたときにはやんでいた。

「いい勉強になっただろ?」

 大伯母の顔もみんなの顔も泥が跳ねていた。衣装も泥だらけだった。

 が、大半はもう乾いている。叩くとボロボロと剥がれた。

「師匠、見に行っていい?」

 丘陵地帯の流れを見に行くために、子供たちは好奇心に誘われるままガーディアンに乗り込んだ。

「落っこちるなよ」

「わかってるって」

「まずイザベル姉ちゃんを迎えに行かないと」

「よし、行くぞ」

 遠くでイザベルが手を振っている。

「お守りも大変だな」

「全くだ」

 大伯母を乗せて帰ることにした。

「ナーナ」

「蜃気楼だ」

 遠くの景色が揺らめいている。

「今日も暑くなりそうだ」


 その後、干上がった大地からミントの仲間たちが大量に発見された。

 結果、湖の底まで浚うことになり、帰還組の出迎えの準備を前に一騒動が起きた。

 ミントたちの人口はさらに跳ね上がり、集落が一つまた増えるのだった。



 遅くなったが、地下十二層を攻略することにした。

 予定ではフェンリルが今日の相手である。

 本日はヘモジとオリエッタも同行する。

 階段を下りた先には森が広がっていた。

 老齢な巨大な大樹が鬱蒼とした森に当たり前のように生えていた。管理はとても行き届いているようには見えず、不規則に並んだ若木は日も当たらない場所でやせ細っていた。老いた大樹は朽ちて大地に横たわっている。

 僕たちが出て来た入口も大樹の太い根によって割られた大岩の隙間だった。

 エルーダ迷宮では煉瓦石の地下洞窟だったはずだが……

 一瞬で僕たちは不利を悟った。

 転がっている大木はフェンリルには乗り越えられても、人には巨大な壁だ。追い込まれたら逃げ場はない。おまけに洞窟とは違って、頭上には複雑な空間が用意されている。

「面倒くさ……」

 進むだけで重労働になりそうだ。移動ルートを探すだけでも人工の迷路とは段違いだ。

「小動物が当たり前にいるな」

 オリエッタが蛇に飲み込まれでもしたら大変だ。

「千年大蛇がいたりして」

「ないない」

「ナーナ」

 いたら最悪だ。森の斥候、千年大蛇は高レベルのアサシンだ。人を丸飲みする巨大な図体はフェンリルですら絞め殺す。

 レベル三十代までになる千年大蛇もフェンリルも実在しないが。千年大蛇はエルーダ迷宮には出現しない。いや、会ったことはないが、マップ情報にはあったか……

「戦闘は極力回避で。さっさと行こう」

「ナナ?」

「罠発見!」

 罠は『増援』 応援を呼ぶトラップだ。

 いっそ呼んだ方が早くことが済む気もするが。

 灰色のミミズクが樹洞(じゅどう)から顔を覗かせていた。

「でかいな……」

「……」

 オリエッタは無言でリュックのなかに収まった。

 ヘモジは食えるものなら食ってみろと言わんばかりにふんぞり返った。

 罠を過ぎて、進める範囲を確認する。

 コンパスでまず方角を確認。

「向こうが北だな」

 入口が南になる。

 東は崖で通行止め。西は茂みが深くて侵入できない。攻略ルートが他に見付からなければ考えるが、反応もないので取り敢えず後回しだ。

 急ぎメモを取る。

 行けるところから行こう。やはり森を抜けるルートが王道か。

 いきなり大木が道を塞ぐ。東は囲まれていて抜けられないので西に進む。

 すると折れた木の幹に隙間を発見する。

「うーん……」

 空から確認して一度全容だけでも掴んでおくべきか。木の葉が邪魔でルートまでは見えないだろうが。

 行動範囲はフレキシブルに設定されているように思えた。

 横たわる木をぶった切ればそのまま進めそうであるし、茂みは抜けようと思えば抜けられそうだった。東の絶壁も登ろうと思えば登れなくもない、気がする。

 勿論、迷宮内部である以上どこかで行き詰まることにはなるが、見た目以上に行動範囲は自由だ。

 森を焼き払ったところで『闇の信徒』に襲われる気もしないし。

 隙間を進む代わりにボードを出して、森の上に出た。

「反応あり!」

「げ」

「ナーナンナ!」

 空に忽然と黒い影。

「ワ、ワイバーン?」

 森から首を出した途端に襲われた。

 東の崖の上からだ。

 珍客に驚いた僕たちは急ぎ森の陰に隠れた。



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