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肉祭り(予行演習)2

「注文生産はしてません」

 ラーラが素っ気なく対応した。

「でも大師匠がぁ」

 泣きそうなヴィートに渋々ラーラは引き受けた。

 あの狼顔の大男は見かけない奴だな。

周りの連中の様子からして問題なさそうだが……

「これ先に焼いてくれる」

 オリヴィアがミックスの具材を載せた生地を次に焼く分として作業台に置いた。

「すげー。燃えてる!」

「うわ、熱ッ」

 使いっ走りにされたヴィートとニコロが窯を覗きに来た。

「火蟻の比じゃないな」

 窯は人は殺さんだろ。

「あんまり近付くなよ」

「暑くないの?」

「愚問だな」

 わざと冷やした手で子供たちのほっぺたに触れた。

「冷たッ!」

「うひゃぁ」

 子供たちが飛び上がった。

「背が伸びたらやらせてやるからな」

「えー、大変そうだからいいよ」

「火属性の修練にもってこいなんだぞ。この窯焼きの修行で一体何人の魔法使いが『地獄の業火(インフェルノ)』を完成させたことか」

「『地獄の業火』って?」

「火属性魔法の最上級魔法だ」

「おー」

「ちょっとやらせて」

「今は駄目だって!」

「ちょっと。しゃべってないで!」

「そうだった!」

 焼き上がったベーコンピザを大皿に移し、空いた場所にミックスピザを滑らせる。

 ラーラは焼き上がりを扇型に等分割すると皿をカウンターに置いた。

 子供たちが感心して見詰める。

「今の『無刃剣』?」

「そうよ。風属性」

 水や土属性でやられたら料理は台無しだろ。

「お皿、斬れてない……」

「ただぶった切ればいいってもんじゃないのよ」

 自慢げだ。

 オリヴィアがくすりと笑った。

 風は無形であるが故に、制御が難しいからどうしても繊細な作業には他の属性を使いたくなる。が、一番後腐れないのは風属性だ。厨房に砂をまかれてはたまらない。

「はい、ミックス上がり!」

 ラーラが慌てて次の大皿を切り分けると、子供たちはそれを持って大伯母が飲んだくれているテーブルに戻った。

 ピザの到来に他の子供たちは何事かと大伯母のテーブルを取り囲む。

 大伯母のおかげでソルダーノさんはようやく大量の食い掛けと共に伴侶の隣の席を手に入れた。

「すげー、伸びるー」

「伸びるー」

 子供たちは大皿一枚分のピザを見てはしゃいだ。

 目一杯背伸びしながら、口にくわえたチーズを引き伸ばして騒いだ。

 だが熱々のチーズは細く細くなりながらも手に持ったピザ生地から剥がれることはなかった。

「……」

 固まった。

「どうすんのこれ?」

 馬鹿やっていた。

「それにしても」

 先程の大男を遠巻きに見詰める姿があった。祭りにも参加せず、あれも見たことのない連中だ。周りがスルーしてるなら大丈夫だろうが……

 世界の果てにまで問題を持ち込んでくれるなよ。


 同じテーブル席にいた連中との会話が尽き始めると、皆、席を立ち始めた。

 混沌は増していき、馬鹿騒ぎもエスカレートしていく。

 光の魔石の入ったランタンを係の者が街灯に吊り下げていく。ふらつく足元に、眼下にいる者たちは逃げ惑う。

 子供たちはそれを見て笑った。

 夕暮れの闇に沈み掛けた景色も明るさを盛り返していく。

 幻想的な景色に溜め息をついても、そろそろ子供たちはお暇する時間だ。

 女子供は酔っ払い親父から待避して、調理場に逃げてきた。

 僕たちは他の女性陣と交代してようやく落ち着いた。

 ほとんど残り物だが、本日提供された料理がテーブルにずらりと並んだ。

 隣からあのでかいパンの差し入れがあった。

 早速スライスして、窯でチーズを炙って載せた。

「うまそー」

 子供たちが黙り込んでじーっとこっちを見ている。

「たらふく食べただろうに」

 僕はまだ暖かいパンをもちっと一噛みした。

「うまい」

「それ、食いたい!」

「俺も!」

「わたしもー」

「僕も!」

 僕がどうこう言うより先に、オリヴィアがスライスしたパンを配り始めた。

 子供たちは炙って貰ったチーズを順に載せては頬張った。

「あつ、あつッ」

「ほら、ジュース」

 ごくごくごく……

「うっめーッ」

「師匠、すっごくおいしい!」

「わかってるよ。同じ物食ってんだから」

「あっさりした物ならまだ入るな」

 どこがあっさりしてるんだよ。大体、お前らピザでそんな顔しなかったろ。

「肉ピザ一枚、入りました」

 イルマとルチャーナがカウンターで接客してくれていた。

「肉ピザ一枚、了解」

 オリヴィアは指示して、子供たちに具を並べさせた。それを婦人が焼き始める。

 結局、婦人に……

「すいません、お休みなのに」

「いいんですよ。こうして何かしている方が落ち着きますから」

 旦那の方は酒宴に飲み込まれて、今夜は帰って来られそうにない。

 あれほど暑いから嫌だと言っていたヴィートとニコロは、婦人に付き添って窯のなかを一生懸命覗き込んでいた。

 傍らのコップにワインが注がれた。

「お疲れ様です」

 フィオリーナだ。ニコレッタと一緒に、まだ食べたい物があったのにもう食べられないと愚痴をこぼした。

「じゃあ、わたしはこれで」

 オリヴィアはほっかむりを外すと商会仲間のいるテーブルに向かった。

「さすがレジーナ様ね」

 ラーラが見送りながら言った。

 無数の街灯の明かりがむさ苦しい酔っ払い共でさえ幻想的な人物として景色のなかに閉じ込めていた。

「リオ坊ちゃん、すいません。燃えカスがあったら譲って欲しいんですが」

 窯の近くにいたせいで、冷えた風が会場に入り込んでいたことに気付いていなかった。

「トーニオ、ジョバンニ、火の魔石を配らないと」

「忘れてた! 折角、取ってきたのに!」

 子供たちは火蟻から回収してきた魔石を各テーブルに配り始めた。

 その際、自分たちが火蟻から回収してきた物だという自慢も忘れていなかった。

 ここにいる大人たちは大抵火蟻のなんたるかを経験してきた連中だ。幼い子供たちが取ってきたと聞いては、興味が湧かないはずがなかった。

「どうやって取ってきた?」

「ここの迷宮はどんな具合だ?」

 全く以て予想外の展開になった。子供たちは自分たちの武勇伝を語る羽目になった。

「腹ごなしになっていいんじゃない」

 ラーラは気楽に言うが、子供の寝る時間はとうに過ぎている。

「師匠が小さな魔石をみんなまとめて売っちゃってさ。今日使う分がなくなっちゃったんだよ」

「師匠ってば、しょうがないよね」

 そこからかよ。

 子供たちは互いに記憶を修正しつつ、物語をやや大げさに語り始めた。

 落盤が起こったシーンでは客全員が僕の方に視線を向けて真偽を確認する程驚いていた。

 火蟻女王の下りはラーラにカットされ、僕が倒したとだけ語られた。

 女王から火の魔石(特大)が取れるというのは仲間内とはいえ、内緒の話だからだ。

 子供たちの物語が終わったところで僕たちも撤収することにする。

 窯の温度も程よく下がり、燃え残った魔石も暖を取るため、各テーブルに配られた。

「お休みー」

「お休みなさーい」

「風邪引かないでねー」

「お前らも風邪引くんじゃないぞ」

 別れ際、余り物を大量に持たされる。

「おっしゃあ! 飲むぞー 樽が空になるまで!」

「おー」

 深夜まで続くこと確定だ。


「あ、閉会式忘れた」

 会場を振り返った。進行役はもういない。

「どうせ誰も覚えちゃいないわよ」

「それもそうだな」

「師匠、眠い」

 夜風が肌寒い。風呂に入りたかったが、少々疲れた。今夜はさっさと寝てしまおう。

 明日の朝は酔い覚ましの団体客で浴場は満員だろう。こっちはのんびり家の風呂で優越感に浸るとしよう。

 こうして砦の第一回肉祭りの予行演習は無事終了した。

 子供たちがこそこそしゃべっている。

「帰ったらトーニオの部屋に集合な」

 残り物を荷物に忍ばせて、二次会を行うらしい。

 ばれないわけがないのだが、大人たちは互いに視線を交わし合う。

 溜め息を以て、夜更かしを了承する決定がなされた。



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