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肉祭り(予行演習)1

「うわぁあ」

 会場に到着した途端、全員、足に接着剤が付いたかのようにその場に立ち尽くした。

「街灯だ」

「きれい……」

 光の魔石を入れるランタンをぶら下げるための石柱が並んでいた。円筒の先が四つ股に別れていて先端に行く程細く、丸まっていくゼンマイのようなデザイン。

 石段や防風壁にまでシダや蔦の彫刻が施され、単なる場末の集会場からは程遠いリッチな装いに変わっていた。

「違う場所みたいだ」

「宮殿みたい。見たことないけど」

「さすが大師匠!」

「限度を知らないよな」

「絨毯が敷いてないだけましだな」

 全く以て呆れる。

 ただ平らだったテーブル一つ一つにまで彫刻が刻まれていた。こうなると間に合わせに掻き集めた椅子だけが場違いだ。

 子供たちの言う通り、まるで夜空を天蓋にした宮殿のようだ。

 お店らしき物も完成していた。店員の代わりに酒樽が押し込まれている。地酒とスプレコーンの酒が半々だ。

「みんなはどこだ?」

「あっち!」

 子供たちがいること、最後まで付き合えないことを考慮して我が家の関係者は会場の隅の席に陣取っていた。

 ソルダーノ夫人も本日はお客様だ。

『貧乏くじを引いた本日の調理担当に拍手ー』

 壇上で司会進行役が前振りで場を和ませていた。

「うるせー、この野郎ー」

「お前だって前振りやってんだろ!」

「俺は今だけだ。ざまーみろ!」

 既にセレモニーは始まっていた。

 僕は子供たちを大伯母に任せて、ピザ窯のある調理場に向かった。するともう火が入っていて炉は赤々と燃えていた。

「王女様なんだから座ってりゃいいのに」

 エプロン姿のラーラが火の魔石を炉に放り込んでいた。

「いいでしょ、別に」

「そうそう」

 オリヴィア!

「商会の仕事はいいのか?」

 こっちはほっかむりまでしてる……

「わたしだけ働けって? 商会のみんなも今日は完全オフよ。それに現場の声を聞くならこっちでしょう?」

 砦の指揮官のロマーノさんとギルド長のカイエン老、ふたりの老人の当たり障りのないこなれた挨拶が終わると、全員に杯が配られた。

 子供たちにはウーヴァジュースだ。

「かわいいわね」

「まあね」

 オリヴィアがきょどっている子供たちを見て顔をほころばせた。

「遅いぞ、リオ。音頭取れ」

 突然、裏方に進行役がやってきて僕の手を取った。

「何、何?」

「行ってらっしゃい」

「頑張ってねー」

「ギルマスがいないんだから、お前が音頭を取るんだよ!」

「ラーラじゃ駄目なのか?」

「慣れてる奴がやれ!」

 壇上に押し出された。

 ギルドでの地位は誰よりも低いのに。スプレコーンではリオナ婆ちゃんの孫ということで、不在の折はよく乾杯の音頭を取らされたものだったが。

『では、僭越ながらピザ職人が音頭を取らせていただきます』

「そのギャグ百回は聞いたぞ!」

『まだ十回だ!』

「そんなに言ったのかよ」

 会場がいつもの笑いに包まれた。

 みんな絶好調だ。日頃の憂さ晴らしは既に始まっていた。

 僕が杯を掲げると皆もつられるように杯を掲げた。

『今夜は待ちに待った肉祭りだ。本番前の予行だけれど、精々飲んで騒いで鋭気を養って貰いたい。みんなに会えてうれしいよ。では、敵迎撃の成功を祝して――』

「かんぱーい!」

「カンパーイ!」

「『銀団』に!」

「栄光あれ!」

「リリアーナに!」

「誉れあれ!」

「ついでにリオネッロに」

「嫁さん貰えー」

 会場が大爆笑に包まれた。

「焼けたぞ! ドラゴンの香草焼きだ! 早いもん勝ちだぞ! どんどん持ってけ!」

「『若様印のハンバーグ』 今日は軟骨入り『コリコリバージョン』だぞ! 限定二百食!」

 タロスタイプの肉を使っている段階で厳密には『若様印』ではないのだが、味付けさえ同じなら誰も文句は言うまい。事情は皆知っている。

 年配者の前には硬い肉ではなく、ハンバーグが運ばれた。

「こら! タレをテーブルまで持って行くなよ!」

「食って食って、食いまくれ! 肉、肉、肉だー」

「酒はまだかー」

「ワイン樽を先に空けろ!」

「とっくに空だ。さっさと出しやがれ!」

 いい匂いが砦中に広がっていく。

 肉が焼けるジュージューという音がすきっ腹にこたえる。

 鉄板代わりの焼けた石の上にでかい脂身で脂を敷き、大量の肉をトレーごとぶちまける。ぶっとい腕の親父がトングでそれを平らにならしていく。

 あまりの豪快さに子供たちの頬が早くも紅葉していた。

「こっちも始めるわよ!」

 ラーラが最初のピザを窯に投入した。

「火の加減はお願いよ!」

「任せとけ」

「トッピングは同じでいいの?」

「十枚ずつ変えていきましょう」

「チーズは余裕があるから多めで構わないぞ」


 最初の一枚はすぐに焼き上がった。

 火加減にむらはなかっただろう。温度も完璧だ。

「ちょっとパンみたい」

 試作品を摘まんだラーラが言った。

「ほんとだ。パリパリ感がないわね」

「温度が低かったのかしら?」

「あ」

「窯がまだ暖まってなかったのかしらね?」

「ごめん、加減を間違えた。ミズガルズだということを忘れてたよ」

 アールヴヘイムでも大変だったのに、重労働になる予感がした。

「じゃあ、もう一枚焼きましょう」

 次の一枚を投入した。

 火加減を五割増しにして、焼き上がりはラーラに一任した。

 数分後、ラーラはピザピールで生地を持ち上げて焼き上がりを確認する。

「いい感じ」

 五割増しでいい感じか……


 焼き上がった大きなピザが大きな平皿に載せられ『無刃剣』でカットされていく。

 かつて皿ごとカットする天才だったラーラが、今は手慣れたものである。指先の動きまで美しく見える。猫の背中を撫でる魔女のようだ。

 二枚目はうまくいった。外側カリッと中はもちもち。チーズは熱々だ。

「おいしい。これならいつも通りね」

 ラーラのゴーサインが出た。

 ラーラは窯を僕に任せて皿を並べ始めた。

 最初の焼き上がりがカウンターに並ぶと肉に余り執着しない主に人族が取りに来た。

 なのに身内である我が家の子供たちは子供の口には大き過ぎる串焼きをうまそうにかぶりついていた。大伯母の指導が入ったのか、人海戦術で一斉に集めてきたケバブサンドやハンバーグが既にテーブルの上にあった。

 イザベルとモナさんは倍率の高い香草焼きのステーキコーナーにまだ並んでいた。

 ジュディッタとイルマとルチャーナはサイコロステーキを皿に山盛り取ってきて子供たちの隣のテーブルで談笑していた。

 こちらはどうやらお茶を濁す作戦らしい。カウンターがすくまでのんびり待つようだ。さすがは元宮廷人。悠長なものである。売り切れるという概念がないのか? 獣人族の食欲を舐めてはいけない。

 ヘモジは野菜をボールに詰め込んで抱え込んでいるし、オリエッタはサイコロステーキをさらに細切(こまぎ)れにした肉をがっついている。

 あの辺りだけ毛色が違う……

 腹減ったぞ、ヘモジ。

 カウンターに並んだ料理がどんどん捌けていく。

 ピザも負けじと、焼けたそばからラーラがカウンターに並べていく。オリヴィアは鼻歌を口ずさみながら淡々と生地に具を載せている。

 マリゲリータの次は肉とチーズのどっしり系ピザだ。肉は大きめの細切り。チーズはオリヴィアが勝手に持ち込んできた二種類の特製チーズだ。次は厚切りベーコンとコーンマヨだ。

 どのカウンターも長蛇の列が途切れることはなかった。

 行列に並ぶ彼らの顔にいつもの緊張感はない。互いにあの料理はいけるだの、あれは塩加減がいまいちだのと無邪気に情報を交わすのみだ。

 作っている方は必死に側耳を立て、情報を吸収しながら次の商品に生かそうとする。たとえ貧乏くじを引いた身といえど。

 隣の窯ではパンを焼いていた。枕程もある大きなパンだ。

 まだ昼食にありついていなかった僕は最初の失敗作を食べながら、そのおいしそうな焼き上がりを見詰めていた。

「見かけない人が混じってるわね」

 ラーラが戻ってきて言った。

「不審者か?」

 スプレコーン育ちの獣人たちは何も言わずとも祭りの流儀が板に付いている。自己流の楽しみ方というものが完成している。何をしていいのかわからず挙動の定まらぬ者は嫌でも目立つ。ソルダーノ夫人のように。夫が料理を取るのに必死で妻を置き去りにしていた。

 思いやりが空回りしているよ、ソルダーノさん。

「オリエッタ。何してる! いつもお世話になってるんだから、婦人のお相手をしないか!」

 オリエッタは首をもたげてこちらを見た。

 僕は指を差す。

 オリエッタは子供たちに声を掛けた。

 すると子供たちは雪崩を打って隣のテーブルに移動した。

 婦人が驚いた。極端なんだよ。

 しばらくしてソルダーノさんが両手に料理を抱えて戻ってきたときには居場所がなくなっていた。

 気を利かせて散り始めた子供たちの一部が大伯母にちょっかいを出し始めた。

 すると早速、使いっ走りをさせられたようで、こちらに駆けてくる。

「ミックスピザ一枚!」



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