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最悪のお手本

 手本を見せることになったので、最悪の状況を演出することにした。

 子供たちを後方に下がらせ、結界で覆いながら、敵を多く呼び寄せられそうな場所に陣取った。

 状況が見えている子供たちは既に青ざめている。

「じゃあ、行くぞ」

 剣で地面から突き出した岩を叩いて、わざと必要以上の音を立てた。

 子供たちがやっていた方法を踏襲し、そこでもしミスを犯したらどうなるか見せることにした。

 それはたった一つのミス。

 もし初動で二体同時に釣れてしまったらどうなるか?

 二体の火蟻の反応がピタリと止まった。

 巡回モードから一転、進路を変えて一直線に向かってくる!

 僕は先に接触した一体を速やかに倒した。

 そのわずかな間に、二体目はカチカチと音を立てながら身体を振動させ、地面にその振動を伝えていた。そして粘液攻撃。

 洞窟のなかが慌ただしくなってきた。

 二体目を速やかに倒しても、もはや後の祭り。団体が四方より押し寄せてくる!

 落盤が遠くで起きた。

「何?」

「ああ、敵がトラップに引っ掛かったんだ」

「死んだ?」

「あいつらは落盤ぐらいじゃ死なないよ」

「硬いもんな」

 崩落がさらに遠くにいる火蟻を呼び寄せた。

 そうこうしている間に敵の包囲網はあっという間に完成した。

 壁を背にしていても安全でないことに子供たちはすぐに気付いた。

「穴掘ってるよ!」

「壁越しでも安全じゃないってことだ」

「下手に穴を掘られたら崩落しない?」

「そうならないうちに殲滅しないとな」

 子供たちは穴を掘られないように魔法で壁を固め始めた。子供たちの練度が火蟻の掘削をとどめるレベルに達していたことに感心した。

 一方、包囲している火蟻は一定距離から近付いてこない。

 当然、結界が侵攻を阻んでいたからだが、それは同時に崩落の危機から陣地を守っているということでもあった。

 そして大量に釣れたところで『雷撃』を叩き込む!

 青い稲妻が結界に覆い被さる群れのなかを突き抜けた!

 ボン、ボン、ボンと誘爆が始まった。喉に炎の粘液を詰まらせた個体が周囲の同胞を巻き込んで吹き飛んでいく。

 子供たちはびっくりして目を丸くした。

 崩落が後方の近い場所でまた起きた。

「あのタイプの細い柱は見ての通り落ちるからな」

 既に目視できない状況なのだが、一応解説を入れておく。

「見えないよ!」

「崩れる前に教えてよ!」

「行き当たりだからな」

「誰か、風で砂埃を払いなさいよ」

 ニコレッタが男性陣に発破を掛ける。

 男性陣は言われるまま押しのけようと試みるが、押しのけた分だけ余所から渦を巻いて戻ってくる。

 ニコレッタは溜め息をついた。それを見て男性陣も他の女性陣も溜め息をついた。

 火蟻の炎攻撃と雷を撃ちまくっているせいで洞窟内の温度が洒落にならないくらい暑くなってきた。

 フィオリーナとマリーが結界内に冷気を満たし始めた。

「涼しい……」

 他の子供たちもまねし始める。

 温度の低下と共に子供たちは冷静さを取り戻していく。

 石の下敷きになって身動きできずに鳴いていた最後の一体をエテルノ式の『爆発』でとどめを刺した。

 静寂が訪れた。

「終わった……」

 火蟻の殲滅が完了した。

 子供たちはほっと胸を撫で下ろした。

 視界が開けてきた。骸の上に砂塵が雪のように降り積もる。

「生き埋め?」

 子供たちは結界のなかを歩き回る。

「さすがにそうはならないよ」

 必ず残る柱が存在する。それは落ちた天井に接する周囲の柱だ。天井はランダムで落ちてくるが、そのとき周囲の天井が釣られていっしょに落ちてくることはない。崩落はあくまでトラップであり、範囲は限定される。連鎖して大崩落に繋がるようなことにはならないのである。住人が住人なだけにその辺の備えはあるらしい。

「念のため転移結晶は身に付けておけよ。何が起きても迷宮の責任にはできないんだからな」

「ちゃんと持ってる」

 ただし待ち伏せる敵は増えていく。ルートが減れば当然、限られたルートに敵は集中してくる。

「ガチンコ?」

「そういうこと」

「その前に――」

 石の回収だ。

 トーニオが指示を出した。

 時間切れや天井の下敷きで失った石も多いが、単位時間内での仕事としては結構な上がりになった。

「今夜の分は間に合いますね」

 フィオリーナが言った。

「そうだな」

 トーニオが魔法の明かりを周囲に飛ばしまくる。

「二度は来たくない場所だわ」

 ニコレッタは食傷気味だ。

「そうか? 結構面白かったよな?」

「僕も暗いところはあんまり」

 ジョバンニとトーニオが感想を述べた。

 子供たちの感想がどうであれ、繰り返し来ることになる場所であることに違いはない。火蟻女王がいる限り。

「でもほとんどやっつけちゃったね」

 マリーとカテリーナは楽しそうだ。

「ひどい戦い方だった……」

 ヴィートの実感の籠った呟きに、子供たちは吹き出した。

「ほんと。最低だったわ」

「こういうのをごり押しって言うんだよな」

 暗闇がなんとも明るい景色に染まった。


「残るは火蟻女王だけど」

 残敵を掃討し、護衛ももはや残っていない状況だった。この際子供たちにやらせてもよかったのだが、子供たちは見学を希望した。

 取れたての火の魔石(特大)を見たいらしい。

 報酬を横に置いておいてでも強固な結界を実際に打ち破る経験をさせたかったのだが、子供たちはむしろ成功例を見たいと言い張った。

 子供たちには、というよりほとんどの冒険者には女王を一撃で、それも部位の欠損を最小限にとどめた状態で倒すことはできない。

『魔弾』並みの貫通力と銃の収束率の高さがうまくマッチングしてこその特大サイズだ。

『無双』でもいけそうだが、その場合、見付からないためのスキルが必要だ。残念ながら僕の知り合いでできる者は一人しかいない。

 リオナ婆ちゃんである。

 その俊敏さと隠遁レベルの高さから唯一、近距離から一撃撃破した経験を持つ。

 だが『緑色の惨劇』を経験してからというもの、二度と手を出していない。緑色というのは火蟻の体液の色のことだ。

 女王はぶよぶよの身体を維持するために高血圧体質だった。普段、眉間を撃ち抜く爺ちゃんの戦闘スタイルばかり見ていたせいで誰も想像していなかったのだ。

 婆ちゃんは孫にいい格好を見せようとしたせいで、体液を全身にもろに浴びたのだった。

『無双』の射程が最も長く、特大魔石を取得する可能性があった唯一の王族ラーラはそれを見てから芋虫が嫌いになった。

 ちなみにドラゴン用の特殊弾頭でも同じ惨劇を起こすことが可能であることは既に調査済みである。特大の取得はない。

 僕は定位置に陣取り、日頃のルーティーンをこなして見せた。


「うわー」

「でけー」

「重いー」

 実物を何度も見ているはずなのだが、取れたては感慨もひとしおらしい。大げさに騒いだ。

「リュックに入んないよ」

 はしゃぎ過ぎだが、気付いたときにはフロアを攻略していた。

「…… 今何時だ?」

「あ」

 互いの腹時計が、ほぼ同じ頃合いを示していた。

「遅刻だ!」

 難関、火蟻フロア突破という偉業達成の感動は一気に冷めた。

 僕たちは第七層出口の転移ゲートを足早に駆け抜けた。


 家にはもう誰もいなかった。

 ミスリル製のとんでも置き時計を見ると既に二時を回っていた。

 全員会場に向かったらしい。

 僕たちは装備を解いて、全身に浄化魔法を施した。

「お昼は?」

「これから祭りなんだからいらないだろ?」

「お腹空いた!」

「空いた!」

「しょうがないな」

 パンとジュースを用意することにした。

「食べ過ぎると後悔するからな」

 昼食用に用意されたまま残されていたバスケットを持ち出すとテーブルの中央に置いた。

 子供たちは各々自分の皿とコップを並べると席に着いた。

 ウーヴァジュースの樽を取って戻るとヘモジとオリエッタがちゃっかり席に着いていた。

「……」

「おかえり」

「ナーナ」

「食べてなかったのか?」

 オリエッタが頷いた。

「ナーナンナ」

「肉食えなくなるぞ」

 ヘモジに野菜スティックを取りに戻ったついでにジャムの小瓶をいくつか持ち出した。

「いただきまーす」

「ヘモジどうだった? 鼠全滅させたか?」

「鼠の話はやめて」

「そうよ、食事中に」

 ジョバンニが女性陣に責められた。

「ナーナンナ」

「パンなくなった」

「ん?」

 僕とオリエッタが半分こするはずだったウーヴァパッサが消えていた。

 見渡すと全員が順繰りに犯人を指差した。

「何してる? もう始めるぞ」

 大伯母が僕のパンを頬張った。遅い僕たちを迎えに来たらしい。

「少しぐらい我慢できなかったのか?」

「僕の分を食べてる人が言わないでくれます?」

「わたしも今、仕事を終えたんだ」

 理由になってないだろ?


 玄関先に置かれたおもちゃのような荷車に砂で作った箱が載っていた。木箱は火鼠に燃やされたらしい。本日の成果が詰まっていた。

「誰に作って貰ったんだ?」

「イルマ」

 カテリーナの所の同居人か。

 全員、大伯母に蹴飛ばされる前に家を出た。

「大師匠、疲れてる?」

「ちょっと頑張ったからな」

 会場作りの仕上げをしていたらしい。昨日の今日で何をしていたのやら。



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