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お祭りのその前に

「師匠、交代」

 そんなことだと思った。

「ご苦労だったな。チビども」

 厳つい作業員がにっこり笑って子供たちにウーヴァジュースの杯を配った。

「ありがと」

 子供たちは自分たちが切り落とした石に腰を掛けて、一息付き始めた。と思ったら「お尻、熱ッ!」と、踊り始めた。

 空を仰ぐと太陽がまだ煌々と輝いていた。

 子供たちは石を冷やした。

 そして今度は「冷たい」と言ってはしゃいだ。

「まだまだ元気だな」

 僕は石の壁に罫書(けが)かれた線に沿って石材を切り出す手伝いをする。

 まずテーブルの厚みと脚の長さ分、間隔を開けて四本縦にスリットを入れる。縦に三列切り出せる高さを取って。

 次に岩の側面に回り込んで、テーブルの縦と横のラインを一気に切り込んでいく。

 これで直方体が一気に十二個でき上がった。人族なら六人掛け。計七十二席分だ。予定の四分の一だ。

 作業用のガーディアンが石を平らな地面に一つずつ寝かせると、作業員が直方体の一番広い面にまた罫線を入れていく。

 おしゃれに四本脚などにはせず、足を入れるスペースを切り落として中央部だけを残す算段だ。重量のある石のテーブルならではの横着振りだ。

 後はひっくり返して、鋭利な角を丸めて、全体に磨きを掛けるだけだ。

 安全対策と化粧は子供たちに任せて、僕は数を揃えることに留意する。切り出しさえ終わってしまえば後はマンパワーでなんとかなるはずだ。

 子供たちが半分済ませているので、後一回繰り返せばノルマ達成だ。

 残るは椅子だ。

 テーブルの脚になる部分を加工したとき取り払った塊を、さらに加工して椅子にしてもよかったのだが、それだと重過ぎて取り回しに困ることになる。

 毎日、溜まる砂塵を掃除するときのことも考えに入れなければ。

 当然、無理に移動しようものなら、磨き上げた床はあっという間に傷だらけだ。

 しかも『銀団』は獣人が多い。兎族から熊族まで、その体格差は人族の比ではない。

 だからサイズを一律に揃えることはできない。テーブルを固定した以上、調節は椅子でするしかない。でかくて浅い椅子、小さいが座面の高い椅子。いずれこの場所には老若男女が集うことになる。いつも同じテーブルで、決まった面子で、とはいかないはずだ。その都度、体格に合った椅子は体格の合った客と共に場所を変えるだろう。

 だから木製の椅子が次々運び込まれている。ルカ・ビレ王都の廃墟から運び込んだ物や廃材を利用して取り敢えず形にした物まで。

 目下、人海戦術で椅子の制作が離れた場所で行われている。

「予行演習しておいてよかったな。一発本番、本隊の三分の一が押し寄せていたらどうなっていたことか」

 まあ、尻の皮の厚い連中ばかりだ。丸太だろうがなんだろうが、尻が収まれば文句は言うまい。



 本番前の予行演習の前夜祭が予告通り行われた。

 僕たちは明日に備えていつも通りの夜を過ごした。

 ソルダーノさんも閉店時間を多少延ばしただけで、深夜まで付き合うことはなかった。ただ、酒樽は通常の五倍売れたらしい。

 子供たちは雰囲気に飲まれて、いつも以上にはしゃいでいたが、労働がこたえたのか、今はぐっすり眠っている。

 明日の予定はどうするかな。ベッドに転がりながら考える。ヘモジとオリエッタは木箱と羊毛で作ったモコモコベッドですやすや寝ている。

 取り敢えず午前中は迷宮巡りだな。火蟻女王をやって、その後十二層だ。フェンリルの巣を攻略して、風の魔石を大量に仕入れることにしよう。たまに大も取れるしな。

 午後からはピザの生地を用意しないと…… 発酵させる時間を逆算して……

 ヘモジたちの寝息を聞いていたら僕も眠くなってきた。

 外で騒いでいる連中は寒くないのだろうか? 楽しそうな声が遠くに聞こえる。風邪などひかなきゃいいが。世界の果てでも変わらない……

 喧噪のなかにこそ、幸せがある。



 翌朝、食堂に下りると運搬用の保存箱のなかにピザ生地が大量に寝かされていた。

「ラーラに教えて貰ってみんなで作ったの」

 マリーの顔も服も粉だらけだった。

「そろそろ発酵を止めていただけます?」

 ラーラが自慢げに胸を張る。

 僕は寝起き早々、箱のなかを冷やして回る羽目になった。

 子供たちは次々蓋をして、ひょいひょい担いで玄関まで運び出す。

「重くないのか?」

「魔法使いだから」

 幼い子がでかい箱を担いで、知らない人が見たら虐待に見えちゃう。

 やることなくなった。

 ソースやトッピングは女性陣が総出で行っている。

 僕は食卓の隅に追いやられて、紅茶にジャムを落としてパニーニで朝食だ。

 今回、肉祭りで使う肉はすべて解体屋が用意するらしい。我が家からの持ち出しは最上級中の最上級肉ブルードラゴンの肉。と言いたいところだが、本番に取っておこうと自主規制が働いた。前線で戦っている連中のお楽しみを先に奪うのは気が引けるらしい。

 

 運搬が済むと今度は光の魔石を運んできた。

「これだけあればいい?」

 ヴィートとニコロが言った。

「もっと大きい方がいいな。使い回せる石だから遠慮しなくていいぞ」

「火の魔石も持って行きなさい」

 ラーラが言った。

「やっぱり夜は寒いみたいだから」

「小さいのでいい?」

「夜の間持てばいいわ」

「師匠! 小さいのないよ!」

「あ、ごめん! 昨日、全部まとめたんだった。後で火蟻女王、狩ってくるからそのとき取ってくるわ」

「一緒に行く! 見学!」

「僕も! 荷物持ち!」

 ヴィートにニコロが追従した。すると俺もわたしもと、いつもの面子が詰め寄ってくる。

「火蟻は駄目だって、いつも」

 僕は断ったが、連れて行けという声が。

「師匠……」

 風邪をひいた馬鹿を治療してきたと、空になった薬の小瓶を僕の目の前に置いて悪態をついた。

「限界を決めるのはお前じゃない。無理かどうかは子供たちが決める。お前もそうだったろう?」

 僕たちには頼りになるリーダーがいた。

 空になった『万能薬』の小瓶に自分の顔が映った。

 そうだな……

「行くか。今日はお祭りだし」

 言い訳にもならない言い訳だが。子供たちにはどうでもいいことだ。

「今すぐ着替えてくるから!」

「やった! 火蟻だ!」

 子供たちは奇声を上げながら地下に消えた。

「わたしたちも!」

 料理を手伝っていた女性陣も仕事を放り投げて駆けだした。

「ちょっと、あんたたち!」

「代わりにわたしが手伝おう」と大伯母が腕をまくると「なんとかなりますから!」とあっさり断られた。

 料理の腕はあるんだけど…… たまーにまな板の欠片が混ざるんだよな。


 子供たちは今日のためにいろいろ作戦を考えていたらしい。早速、結界担当と攻撃担当に別れて持ち場に就いた。

 全員、今のところ察知されていない。

 守備担当にトーニオとフィオリーナ、意外なことに攻撃が得意なヴィートとマリーが回った。一方攻撃担当にはジョバンニとニコレッタ、そしてニコロとミケーレとカテリーナが就いた。どちらも攻守のバランスを取った格好だ。

 最初に動いたのはニコロとミケーレだった。

 いきなり隠遁スキルで火蟻の一体に近付いていく。そしていきなり杖から放った魔法で頭を吹き飛ばした。

 隣にいる火蟻は気付かない。

 その隣もやりに行く。でも今度は向かいの火蟻の視界に入っている。そしてその火蟻もまた別の火蟻の視界に入っている。連鎖するぞ。周囲の敵が一斉に来るぞ。

 子供たちは頷いた。

 トーニオが杖で地面を叩いた。

 いい感じだ。目の前の一体だけが釣れた。

 ジョバンニとニコレッタが包囲しに前に出た。カテリーナが正面担当だ。

「おいおい」

 誘われた火蟻の首がポロリと落ちた。

 ニコレッタの『無刃剣』だ。

 トーニオがしたことを今度はニコロがやった。すると次の一体が。

 身を隠しているニコロとミケーレの前を通り過ぎる。

 同じように首が飛んだ。ジョバンニのスコアだ。

 空白地帯ができたところで、ローテーション。ニコロがニコレッタの位置に下がり、ニコレッタがカテリーナの位置に、カテリーナはトーニオの位置に上がり、トーニオがミケーレの位置に上がった。

 そして攻撃担当は次の一体を釣って同じ事を繰り返す。

 その間、守備担当は下がったところから結界を展開させる。音と匂いを消し、物理結界を張る。一枚は敵の目の前に。残りは味方の前に。ちょっとした多重結界だ。敵の目の前においた結界は粘液対策だ。炎を吐かれてもあの位置で止めればカウンターになる。

 全員のなかで一番外側で結界を張る者が一番魔力的にも、精神的にも厳しいはずだ。そうか、だからあの四人なのか。魔力の持久力に勝る四人だ。攻撃の得手不得手で選んではいなかったんだな。

 面白いな。こいつらはこいつらなりにちゃんと考えているんだ。

 精一杯だが、決して無理はしていない。体力のなさを知っているから、必ず手を抜けるポジションを用意している。攻撃側はカテリーナが最初に立っていた位置。守備側は一番内側に結界を張っている奴だ。いくら未熟とは言え、三枚の結界を一瞬で突破してくる敵はこのフロアにはいない。

 唯一気掛かりなのは天井落としの罠と可燃ガスが溜まっている場所だが。天井は暴れなければ落ちて来ないし、可燃ガスはこの処の経験から固定湧きであると推察される。

 それでも気力の限界は容赦なくやってくる。気を遣うフロアは特にだ。

「厳しいね」

 魔石を回収する間、しばし緊張を解く。

「やばいよ、ここ」

「気を抜くと見付かっちゃいそうだし」

「あれ、関節外すと斬れないんじゃないかな。外骨格、硬いよ」

「刃の入れ方難しいわよね」

「氷の槍とかの方がよくない?」

「余り大きな魔法使うと周りに探知されるよ」

「師匠」

「ん?」

「師匠はいつもどうしてるの?」

 子供たちが一斉にこっちを見た。

「何、見たいの?」

「見たい」

「いつも行き当たりばったりだけど」

「そうなの?」

「気分次第だからな。ヘモジは」

「ヘモジか」

「ヘモジね」

 納得するなよ。

「きょうどこ、行ってるの?」

「畑だろ?」

「たぶん鼠だな」

「火鼠?」

「ガラスに取り憑かれてたからな」



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