貴族なの?
姉さんが消えるとみんなの視線が一斉に僕に向く。
「何者?」
「ナーナ!」
お前は知ってるだろ!
「さっきの人がリリアーナなの?」
マリーは僕にではなくオリエッタに尋ねた。
「あれがリリアーナ。リオネッロのおばさん。お姉さんって言わないとボコられる」
オリエッタの口から定型文がスラスラ出てくる。
さすがに子供はボコらんだろ。僕はボコられたけど。
「おば?」
「姉です」
僕はしれっと修正した。
「てことは?」
「リオ兄ちゃんもエルフなの?」
「それは違うかな?」
急に恐縮されても困るので「気にしないで。今まで通りでいいから」と予防線を張っておいた。ご命令とあらばということなのか、向こうの世界と違って、貴族が冒険者のスポンサー程度にしか思われていないからなのか、すんなりというか、あっさり受け入れられた。ソルダーノさん一家はこちら生まれのこちら育ちだからなおさらなのかもしれない。
それはそれで危険なことなのだが……
ここは冒険者ギルドの直轄地。貴族より冒険者が幅を利かせる町だ。たまに僕みたいな変わり者が来る程度じゃ、貴族の厄介さは理解されないのかもしれない。
『太陽石』も向こうの世界ではあまり必要のない物だし、せめてもっと資源がジャンジャン採れるようにならないことには貴族の関心は得られないだろう。こっちの世界で金目の物と言えば、我が家では格下扱いのドラゴン、タロスタイプぐらいだ。
スポンサーだと思われても仕方がないのである。
「わたしがリリアーナの船でトライアウト……」
それすら眼中にない者がいた。
自分の将来が最高の重圧を伴って転がり込んできたものだから、今にも押し潰されそうになっていた。僕の素性など構っていられない程に。
「タロスをやったときのように戦えば問題ないよ。実力はあるんだから。足りないのは経験だけだ。その点は向こうも考慮してくれるはずだから。気を抜かなければ大丈夫! 兎に角、あのときみたいに劣勢になっても諦めないことだよ。トライアウトの相手は誰が相手でもイザベルより上級者なんだから」
「トライアウトがどんなものかも知らないのに……」
ランカーの最後尾に名を連ねようとやって来たのに、いきなり最前列に並ばされてはたまらないか。
姉さんの前で盛り過ぎたかな……
「既に新人募集でトライアウトを始めている船もありますよ。なかには入場料を取って観戦させてくれるところもありますから。明日、見学に行かれてみてはどうですか?」
ソルダーノさんが言った。
「へー、そんなことやってるんだ」
「どこの冒険者も仲間は欲しいところでしょう。数もまた力ですからね」
「わかった。そうする」
「大丈夫かな?」
マリーも心配そうに見詰めた。
「戦いになれば背中を預けることになる。イザベルならどういう冒険者に背中を預けたい?」
「それが答え」
オリエッタが僕の台詞を横取りして悦に入る。
「ナーナ」
ヘモジが食事を再開するように促した。折角の料理が冷めてしまう。
「リオ兄ちゃんは貴族なの?」
マリーが無邪気に聞いてくる。
そこへ店員が頼んでもいない料理を運んできた。
「お姉様から、当店のお薦め料理になります」
皿を置く手が震えていた。
「貴族だって言うとみんな気を使っちゃうでしょ? だから内緒」
リリアーナの身内だからという線もあるが。
「わかった! 魔法の先生にする」
マリーは目の前の実例を見て納得してくれたようだ。
両親は冷や冷やだ。
姉さんが薦める看板料理を楽しみながら、今後の予定を話し合った。
イザベルは明後日に向けて、明日は余所でトライアウトの見学をすることになった。マリーの駄々のおかげでソルダーノさん一家も同行することになった。
祭りが終わったその後は故障中のソルダーノさんたちの船の面倒を見ることを条件に僕は村まで同行させて貰うことにした。
僕はそこで船の材料を見繕って移動手段を手に入れるつもりだ。長旅をするには収納スペースがなさ過ぎるからだ。船を浮かべるための『浮遊魔法陣』のユニットが手に入らないようなら『零式』を代わりに使うが、この時期廃品も多く出まわるはずだからこの町の工房で恐らく手に入るはずだ。
マリーが三回目の欠伸をしたところで、僕たちの食事会はお開きになった。
姉さんの部下が入れ替わり立ち替わり僕の顔を拝みに階段を上り下りしていたが、一階に下りて会計する段になると一斉に注目された。
一瞬、酒場がシーンと静まり返った。
料理の礼に姉さんには小さく手を振っておいた。
「ナーナ」
「注目されてる」
女性陣の視線は僕ではなく肩の上のふたりのようだった。男共は僕を値踏みしているようだが。古株の見慣れた顔もちらほら見受けられた。状況を大いに楽しんでいる様子だった。
皆と別れ、屋敷に戻ると現状を伝える手紙をしたためることにした。
尻の収まりの悪い小さなアンティークな椅子は手紙を書くには低過ぎるテーブルとセットだった。床に直に座り込み、光の魔石を吊り下げ型の燭台に吊して手元を照らした。
これはいい。
シンプルだが湾曲が計算され尽くしている。
ギルド通信で送るので文字数を切り詰めようと努力するが、どこに問題の鍵があるのかわからないので、広く浅く、感想を控え、事実だけを並べるに留めた。
要点は四つ。難破船事件を画策した者たちの存在。ブルーノの『箱船』に積まれていた『太陽石』とその入手ルートの謎。タロスの不可解な進攻。それと姉さんが相変わらず元気にやっていて、今年もトップを取りそうなこと。
味気ない文章だが仕方がない。紙媒体で送ると到着までに二週間は優に掛かってしまうのだから。
ヘモジとオリエッタは既にふかふかのベットの上で腹を出して幸せそうに寝ている。
「もうちょっと隅で寝てくれればいいのに」
暖炉の魔石がいつの間にか燃え尽きようとしていた。
結構大きな火の魔石だったのに、一夜保たないとは……
砂漠の夜が極端に寒いせいもあるけれど、下手をすると凍え死にそうだ。
暖炉を一度止めて新しい魔石と取り替える。薪も脇に積まれているが、砂漠では薪は貴重品だ。
空になった魔石と今日使い切った魔石に魔力を補充してリュックのなかに放り込んだ。
そして暖炉が暖まるのを確認するとふたりを起こさぬように恐る恐る布団に潜り込んだ。
こんなに魔力を使ったのは久しぶりだ。万能薬の材料も多めに用意した方がいいかもしれない。
心地よい眠気に襲われる。
旅の間、結構気を張っていたのかも知れない。
「姉さんは?」
翌朝、起こしに来たメイドに尋ねた。
「先程お休みになりました」
「予告通り、朝帰りか……」
「いつものことですので。お昼までは放っておくようにと申しつかっております」
オリエッタとヘモジものそっと起きてきた。
「ご朝食になさいますか?」
「はい。お願いします」
「かしこまりました」
ヘモジと一緒にきれいに折り畳まれた服に着替えると、オリエッタの寝癖に暖めたタオルを当ててブラシを掛けた。
「人が大勢いる」
確かに気配がする。空室しかなかったはずなのに、客室は全室埋まっているようだった。




