第84話 初デート? その5
なんとなく、お昼はデパートの最上階にある大食堂で食べることになった。パスタの店やとんかつ屋さんなんかもあるのだけれども、子供の頃によく連れて来てもらった昔ながらの大食堂に入った。そこで奈月さんはミートソース、わたしはカツカレーを注文したのだから、なんだかよくわからない。
「もより、今日仕事大丈夫だったの?」
「はい。朝いちで3軒、月参りに行って来たので」
「そっか。一仕事してきたんだ。偉いよねー」
「え。まあ、家がたまたまお寺だってだけで」
「そうじゃなくって、業っていうの?悪い”念”みたいなのを背負わされることもあるんでしょ?」
「まあ、そうですね。でも、それは坊さんじゃなくてもみんな同じですよ」
「え、どうして?」
「人と関わればどうしたってその人の人生とも接します。高校で同じクラスになるだけでも一人一人の歴史と向き合うわけですよ」
「なるほど」
「しかも、生徒本人だけじゃなくって、両親・祖父母、もっと前の先祖の代の人生とも」
「ああ、何となく分かる気がする」
「さらに言わせて貰えば、子孫の人生とも関わります」
「えっ!?ほんと!?」
「はい」
「だって、まだ生まれてないんだよ」
「いいえ。仏様は時間を超えた存在ですから。例えばわたしが朝ぱっと目が覚めて、ご本尊の前でお経を上げたとします」
「うん」
「そしたら現代人のわたしの口から出たお経の力で、何代も前のご先祖が、危うく地獄の釜に堕ちそうになってる所をひょいっ、と掬い上げることもあるんです。遡及適用です」
「いきなり法律用語?」
奈月さんの突っ込みに、ふふっ、とわたしは笑う。
「奈月さん。そもそも法律って何ですか?」
「ん?憲法とか民法とか、まあ、世の中のルールだよね」
「それって人間が勝手に決めたルールですよね。動物のルールってどうですか?」
「動物のルール?」
「はい。あと、植物のルールは?」
「考えたことも無かった」
「所有権って、分かりますよね」
「うん。土地とか建物とか、あと動産だって全部そうだよね」
「奈月さんのお家って一戸建てですか」
「うん」
「じゃあ、多分、権利書とかあって、きっとお父さんの名義ですよね」
「見せて貰ったことないけど、多分ね」
「お庭で蟻とか見かけますか」
「?うん。そりゃあね。ちょっとジュースとか廊下にこぼしてきれいに拭き取らなかったら家の中にも入ってくるよ」
「きっと地面の下にはミミズなんかもいると思うんですよね」
「・・・・ちょっと気持ち悪いけど、いるだろうね」
「もしその蟻やらミミズやらゲジゲジやらがある日突然口がきけるようになって、”ここはずーっと前の先祖の代から自分達虫ケラが住んでた土地だぞ。たった数百年住んでるだけで所有者ヅラすんな。家を取り壊して更地にしてさっさと出てけ!”って言われたらどうします?」
「え?・・・どうするって・・・・」
「どこの裁判所に行って争います?」
「そんなの分かんないよ」
「そうですよね。法の下の平等とかって言いますけど、本当の平等って、たかが人間の作ったルールじゃ無理なんです。ミジンコの権利や犬猫の権利、果ては天体の運行するルールに至るまで、ありとあらゆる事象のかかわりを漏れなく計算して丸く収めるのって、仏法じゃないと無理なんです。家畜が大人しく人間に食べられてるのも、人間の作った法律なんかに納得して命を差し出してる訳じゃないんです。牛や豚は、神仏が過去から未来までも見据えた上で、今このタイミングではお前の命は潮時だ、って仏様が断腸の思いでおっしゃってる。人間のいう事なんぞ聞く気はないが、仏様の法であるならば従いましょう・・・・そういうことなんです」
わたしの口がまた勝手に動いている。奈月さんはそれでもじっとわたしの話に耳を傾けてくれている。




