第27話 純喫茶アラン その16
3人でご本尊に向かう。
市松くんの家の宗派が何かは分からないけれども一緒に手を合わせてくれた。
今日は長い。いつもは早ければ数十秒で”分かる”時もあるんだけれども既に数分経過している。
まだかな、と心に雑念が生じ始めた時、静かな衣擦れの音と一緒にお師匠がこちらに向き直った。
「従兄の心は救われました。もう市松さんにお金を返せとは言って来ないでしょう」
「本当ですか?」
市松くんは正座している腰を少し浮き上がらせる。わたしも素直に疑問をぶつける。
「心が救われたって、何?」
「物事にはすべて制約条件がある」
厳しい、”師匠”としての答えだ。
「ある人は病気が、ある人は人間関係が、それから記憶力や判断力といった頭脳の部分が」
なんとなく分かるような。
「それから、お金、というのも制約条件になる。多分、一番重要な制約条件ですね。従兄の家族にとって事業のための資金が制約条件だった訳です」
「そういう事を聞きたいんじゃなくて、どうやって救ったの?」
そんな方法があるなら自分の心を救いたい。
「色々話した制約条件をごく普通のことと認めることのできる思考力をたった今、従兄はどなたかから与えてもらいました。そうすると彼は父親の会社が倒産した事実を他の人に起こり得る制約条件と認めることができるようになりました。思考力を得て”自分だけが”と苦しんでた心が今はすうっと消えてるはずです」
「市松さん、あなたは立派な青年です。喫茶店の閉店によって経済的な制約条件ができても、その事実を認めるだけの思考力と心の広さを持っておられる」
「・・・従兄がいたからです。自分の父親のせいで同じような制約条件を持った2人ですが、僕は高校生で彼は中退しました。だから僕は自分を客観視できたんだと思います」
お師匠は静かに頷いてわたしたち2人に質問する。
「ほとんどの人は、小学生でも分かる制約条件すら認めるだけの思考力が無いんですよ。何だと思います?」
市松くんとわたしは顔を見合わせて、さあ?、というジェスチャーをする。
「人間は必ず死ぬってことですよ」




