第22話 純喫茶アラン その11
当然ながら3人はぎょっとしている。そりゃそうだろう。黒衣を着た文字通りの若僧がいきなり目の前に現れたんだから。しかも女の。
わたしだってさすがにこういう場面に対処したことは一度もない。心の中でお念仏を3回称えてできるだけ落ち着いた声で話す。
「あなた、さっきその人に暴力を振るってましたね。わたし見てましたよ」
「はい?証拠でもありますか?」
ですます調でもこんな荒んだ言い方ができるんだな。まあいいか。
「場合によってはわたしが証人として訴え出ます」
わたしの言葉を聞いてずっと俯いていた市松くんが声を出す。
「ひ、人を巻き込むのはやめましょう。今日は帰って下さい」
とてもどもった声だったけれども市松くんはその男にはっきり”帰れ”と言ったのだ。すかさず男は無言で市松くんの後頭部をさっきよりも強く、”バン!”とはたいた。
あっ!と思ったけれどももう一度心の中でお念仏を称えて冷静に判断する。
”この状況じゃ自分では掛けられないな”
わたしはくるっと砂場に顔を向ける。
「すみません」
小さな男の子を遊ばせている若いママさんに声を掛ける。
え?え?というような顔をしている彼女に、申し訳ないけれども頼む。
「警察に電話して貰えませんか?傷害事件です、と」
彼女は明らかに関わりたく無さそうな様子だ。でも、とどめを刺す。
「早く」
その時、わたしの声と眼差しが、自分ではない誰かのものにすり替わっているのが何となく分かった。ママさんはリュックから慌てて携帯電話を出そうとする。
「ちょ、何だよこいつ。冗談じゃねーよ」
3人の内、一番がっしりした男が立ち上がり他の2人も続く。右隣の男は、ガン、とベンチの背もたれを蹴飛ばして速足で歩いて行ってしまった。
ふうっ、と息を一つ吐いて市松くんの横に座り、芝生の方にまっすぐ視線を向ける。見なくても分かった。彼は泣いていた。
「泣かないで」
そう言うと彼のすすり泣きは嗚咽に変わった。
「ジョーダイさんにだけはこんなの見られたくなかった」
その言葉で彼のわたしに対する感情が、すうっと理解できた。




