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もよりがシュジョーを救う法  作者: @naka-motoo
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第195話 ぐでぐで図書館(その3)

「私は山口と申します」

「上代です」


 そう言って、何度も断ったけれども、どうしても、と彼女が買ってくれた今日2杯目のアイスティーを結局受け取る。


「突然声を掛けてすみません。お調べ物をお邪魔しまして」

「いえ」

「上代さんのお寺の宗派は?」

「浄土真宗です」

「そうですか・・・私の夫の実家は日蓮宗だって聞いてます」

「どちらも仏教ですから元は同じですよ」


 まどろっこしいのは時間がもったいないので、わたしの方から訊いてみた。


「山口さんはもしかしたら何か悩み事がおありですか?」

「悩み、という程ではないんですけど、復職しようかどうしようか、と色々考えているところです」

「復職?」

「はい。子供の出産のために育児休暇中なんです」

「あ、そうなんですか」

「でも、死産でした」

「死産・・・」


 わたしは無意識に合掌し、軽く頭を下げた。彼女も頭を下げる。


「先天的に免疫力が低かったようで、生まれて来る時のダメージに耐えられなかったようです。職場に結果だけは伝えてあります」

「お辛かったですね」

「ありがとうございます。男の子でした。正直言って、まだ立ち直れていません。母性本能なんでしょうか。声も上げずにこの世を去ったその子に、どうしようもなく愛着が湧き出てしまうんです」


 分かります、と安易には言えない。わたしはただうなずいて悲しみの気持ちを伝える。


「慣れている職場ですし、上司も落ち着いたらいつでも復職していいよ、と言ってくれるんです。でも・・・」

「はい」

「何と言うか・・・生きている意味といのがよく分からなくなって」


 泣きはしないが、山口さんはとても悲しそうな眼をした。


「上代さんはお子さんは?」

「いえ、いません」


 そう言ってわたしはやっぱり言わないと申し訳ない気分になったので、更に補足した。


「山口さん、わたし、高校生なんですよ」

「え?」

「寺の跡取りではありますけど、住職の下、修行中の身です。山口さんの真剣な悩みを、”分かる” とは言えないんです」

「お若いとは思いましたけど、そうなんですね・・・いえ。上代さんが真剣に聞いてくださっていることはよく分かります。お年は関係ないと思います」

「ありがとうございます。山口さん、だんな様は何と言っておられるんですか?」

「辛いだろうけど、また ”次の子” のために頑張ろう、と。でも、”次” なんてことが人生にあるんでしょうか? 死んだ子はその子一人きりです。”次の子” はあくまでも別の子です」

「山口さんのおっしゃる通りです」



 わたしはアイスティーで喉を潤し、話を続けた。


「将来、とか、明日、ということは実はあまり意味を持ちません。実際、その男の子は生まれた瞬間に目を閉じた訳ですから」

「はい」

「ただ、逆に、その子が山口さんのお腹の中に宿っていたことの意味は分かりますか?」

「宿っていたことの、ですか?」

「そうです」


 じっと2人して向き合う事、数十秒。二重サッシの窓だけれども、セミの声が遠くに聴こえた。


「さあ・・・ただ、お腹に赤ちゃんがいる、って自覚する度になんだか楽しいような誇らしいような、不思議な気持ちの10か月でした」


 山口さんは大丈夫だ。わたしは、にこっ、として、安心して自動口述モードに入る。


「山口さん。すごく現実的なお話をします」

「はい」

「その医療費が、たとえば看護師さんのお給料になります」

「?」

「安産祈願で神社にも参拝されたのではないですか?」

「はい・・・腹帯を。ご祈祷もしました」

「そのご祈祷料を使って、神様は世の人々を救う仕事をされます。だんな様は奮発しておいしいものを食べようと誘ってくれませんでしたか?」

「はい・・・マタニティーブルー気味だった時期に、結婚前にデートでよく行っていたお店委に連れて行って貰いました」

「そのお代金でお店のサービスがますます良くなり、山口さんのように結婚するカップルがどんどん増えます。最後に、つらいでしょうけど、お子さんの葬儀もされましたよね?」

「はい・・・」

「葬儀に関するお金で、お花屋さんや果物屋さんが生活の糧を得ることができます。すべて、その男の子が山口さんのお腹に生を得たお蔭です」

「あっ・・・」


 一言そうつぶやいて、山口さんは、ぶわっ、と涙をこぼした。却ってつらい思いをさせただろうか。


「経済効果って、おカネを基準にした物言いのようですけど、でも、敢えて使わせてください。山口さんのお子さんがお腹に宿った経済効果は、国家予算よりもはるかに大きいです」

「ありがとうございます」


 山口さんは、しばらく泣き止まなかった。


 何度も頭を下げる山口さんと別れる頃にはすっかり汗もひいていた。意を決して図書館と言う名のオアシスから外へと一歩踏み出す。


「うっ・・・」


 だめだ。

 アイスコーヒーで腹の中をもう一度冷やしてから出よう。

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