第190話 夏だよ(その10)
答えはあっさりとわたしの夢に現れた。
ごつごつした岩場でできた、よくよく注意しないと階段だと気付かない不揃いな段差が、霧の上まで続いている。
いつの間にかその階段を、猿が10匹ほど縦一列に並んで登っていた。前かがみではあるけれども、みんな二本足で立って歩いている。
「どこ行くの?」
わたしが訊くと猿たちは足を止めて振り返り、わたしを見た。
”つぶらな瞳だな。かわいいな”
と、わたしがどうでもいい事を思っている内に猿たちは無言でまた前を向いて昇り始めた。なんとなく、わたしも最後尾に並んで一緒に昇り始める。
「ねえ、まだ?」
猿が喋る訳ないよね、と妙に常識的なことを思いながらもち声を掛けてしまう。それほどにわたしはこの猿たちに奇妙な親近感を覚えた。
夢の中なのに背中が汗ばむなあ、と思い始めた頃、わたしのすぐ前の猿が、ぴたっ、と止まり、わたしはその背中にぶつかりそうになる。
「ちょちょ・・・」
ふっと顔を上げると、雲の上の平らな部分に、10匹の猿たちと一緒にぞろぞろと整列して立っていた。横をちらっと見ると、小さな鳥居のお社がある。
「そっか、ここが山頂なんだな・・・」
真夏でも寒い。きちんと登山用の装備をしているのに、わたしはぶるぶると背中の寒気に反応して身を震わせた。
と、何の前触れもなく一番先頭の猿が、ぴょん、とダイブした。
「え! ちょっと!」
わたしは思わず平らな部分の端に駆け寄り、猿が飛び込んで行った薄暗い斜面の下を覗き込む。さっきの猿はスカイダイビングの要領で、しゅるる、と底に向かって滑空していた。そして、霧の中に消える。
ぱっ、と中央の霧の晴れた一部分が目に入ってくる。
数百m離れているはずだけれども、それが何かはっきり分かった。
少女の死体だ。
「げっ!」
目は閉じているが、口から血を流し仰向けに倒れている。手足の関節が不自然な方向に捻じ曲がっている。
状況を分析しようと無い知恵を総動員しているわたしの背後から、2匹目の猿が、ぴょん、とダイブした。
「あっ、こらっ!」
3匹目、4匹目。
「だめだってば!」
わたしは猿を捕まえようとするけれども、すかっ、すかっ、とすり抜けてジャンプして行った。よく訓練されたダイビングチームみたいに順々に、しゅるる、と同じ軌道で滑空し、少女の死体の手前辺りの霧の中に次々と消えていく。
「ああっ・・・」
とうとう10匹目の猿もダイブして行ってしまった。
1人取り残されたわたしはとてつもなく悲しくなった。
立ったままぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。それでも足りずに、地面をばんばんと叩きながら泣いてみた。まだ足りなかったので、とうとう仰向けになって両手両足をじたばたさせ、赤子のように、わあああん、と泣いてみた。
でも、泣いている場合じゃない、起き上がらなきゃ。
よっ、と・・・ガン!
おでこにもの凄い衝撃があったので、恐る恐る目を開けると何やら木の板にぶつかっていた。
「もよちゃん!」
ん? ちづちゃん?
「もより!」
「上代さん!」
奈月さん? 牧田さん?
と、みんなの顔を認識する前に、おでこと前髪の生え際の辺りにたんこぶができたことを認識した。
たんこぶなんて、小学校以来じゃないかな。それから、わたしが頭をぶつけたのが、ロッジの女子部屋の、二段ベッドの天板だということをようやく認識した。
「わたし、なんとなく分かっちゃった」
「え? 何?」
「猿の気持ち」
奈月さんがわたしのたんこぶをさすりながら、
「大丈夫?」
と訊く。
さわると、痛い。




