第143話 帰宅部の実態(その6)
ああ、素晴らしい。
正直言って、探偵業というものを誤解してた。良くも悪くも。
わたしたちはその後も様々な質問をした。
「他にスタッフは?」
「専属契約してるのは5人です。極力この事務所に顔を出さないようにして貰ってます。お客さんと会うのも事務所ではなく、わざわざ住所地から離れた場所に来ていただくようにしています。調査員の顔を特定できないようにすることは、調査員だけでなくお客様の情報を守ることにもつながります」
「石田さんも調査するんですか?」
「基本、わたしはしません。労務面のマネジメントと収支管理、関係機関・業者間の調整がメインです」
「思ってたより地味ですね」
「探偵とはいえ、法律の範囲内での、”まっとうな”、仕事です」
「難しい案件はありますか?」
「概して、ですが、以前より1件1件の深刻さが増してます。浮気調査にしても、夫婦どちらの側も平均年収が下がってるので、後の慰謝料も含め、私たちの調査結果の影響度合いは重篤です。それからストーカー調査がとても深刻です」
「え?ストーカー?警察に言わなくて大丈夫なんですか?」
「残念ながら警察官の人員キャパをはるかに超えるストーカー案件があり、私たちのような民間がお客様からの依頼を受けざるを得ないような状況です。お客様の安全確保が難しいだけでなく、調査員が危険に晒される可能性も非常に高いです」
なんだか、全てがイメージと違う。
「事実を事実として捉える。これを私は大事にしていきたい。そして、警備保障会社が誠実に業務を推進し、社会に貢献する企業となっているように、探偵業も事実をありのままに捉える誠実さをもって、社会に貢献できるようにしていきたい、と考えています」
「僕たちもジローくんと同じようにお手伝いすることはできますか?」
石田さんは姿勢を正し、わたしたちに頭を下げる。
「すみません、それはできません」
あ。
「ジローくんには、探偵事務所で働いていることを友達に話してもいいと前から言ってありました。でもそれ以上のこと、今日皆さんをお連れすることは事前に私に許可を求めて来てくれました。私とジローくんがどうして契約することになったのか、ということもきちんと秘密にしてくれています。”口が堅い”、”約束を守る”、”人の悪口を言わない”、といったことはジローくんの性格、というよりもジローくんがこれまでの人生で努力して身に付けてきた、”能力”、”スキル”、だと高く評価しています。皆さんを信用しない訳ではありません。おそらくジローくんのお友達であるというその一点だけでも皆さんは信用に値する方々だと思います。ですが、それが、”仕事”、となった時、一度に4人の皆さんを、お客さんにも示し得る客観的な根拠をもって、”信用できる”、と判断するだけの能力を私が持っていないということなのです。私自身がプロとしてまだ未熟である、ということなのです。どうかお許しください」
うーん。ある意味、こちらの方が厳しい世界だ。最初はジローくんが、「探偵やってる」って聞いて、荒唐無稽だと感じたけれども、これがより生々しい現実だ。




