第142話 帰宅部の実態(その5)
うわ、来た!という感じで学人くんが身構える。
「学人さんならばどうやって探しますか?」
「はい・・・えーと、一番手っ取り早いのは本人に訊くことだと思います」
「はい、それで?」
「石田さんはどこでそのティーポットを買ったんですか?」
あまりに単純な方法なので、くすっ、と笑いそうになったけれども、石田さんは、
「素晴らしい! そうですね。一次情報に当たるのが鉄則ですね」
一次情報? うーん、そうか。
「では学人さんの質問にお答えします。私はそれを友人から貰いました。5年前に結婚祝いとして。因みに女房は、結婚祝いなんだから、自宅に置いてくれと言いましたが、私がわがまま言って、事務所で使ってます。さあ、もよりさん! これは私が直接店で買ったものではなく、友人に貰ったものです。どうしますか?」
わたしは学人くんに習って答えた。
「そのお友達に訊きます」
「そうです!」
はー。なんだかやり遂げた感をみんなで感じた。
「ところがですね」
?
「その友人は私にどこで買ったか教えてくれませんでした。これでは万一の時にスペアが確保できない。まあ、せっかくの結婚祝いを壊れる前提で訊くのも失礼な話ですが。ここからは人間同士の真剣な話し合いでした。私はこのティーポットの素晴らしさを切々と友人に説き、この紅茶の味が再現できなくなったら、仕事の効率すら落ちてしまう。いや、それどころか人生の大切な楽しみ、生き甲斐の1つすら失ってしまうと。それほどにこのティーポットで淹れた紅茶を飲むひと時が私にとっては大切なものなのだと。私の情熱に折れて教えてくれましたよ」
皆、固唾を飲む。
「駅前のディスカウントショップで売ってた、プライベートブランドの量産品だと。1個500円です。いつ壊れてもいいように10個まとめて買ってあります」
皆で笑った。
「でも、これって本当のことですよね」
笑いがおさまるころ、ジローくんがしみじみ言う。
「僕が本当に知りたいこと、僕にとってただ一つ重要な情報って、多分、そうやって絞り込んでいくしかないんですよね」
わたしも同感だ。意見を述べてみる。
「さっき石田さんが、”一次情報”、っておっしゃいましたよね。なんだか学術的な、”研究”、と似てますよね」
石田さんがにっこりする。
「そうですね。むしろ本来の学術的な研究はいわゆる探偵的な視点だったと思いますよ。ちょっと皮肉な言い方ですが、人に知られたくない事実を暴く、というのがもともとの学術的研究のスタートで、どちらかというと反体制的ですよね。ところが、それが時代と共に、”都合のよい事実だけを抜き出す”、というのが研究の主体になってきた。”仮説を立てる”、ってつまり自分に都合のよいシナリオをまず書く、ってことですよね。だから自分の目指すものを立証する材料に偏りがちです。伝言ゲームみたいに。一番最初の情報元をたどったら、”いや、そんなこと言った覚えがない”、って例もままあるようです。その結果、公害やら原発の危険性やら、後出しジャンケンみたいな問題が出てくる訳です。探偵の場合は、例えば浮気調査だと、浮気してるか、していないか。この2つの事実しかない。もし、きちんと1次情報に当たらずに妥協してると、いい加減な情報で誤認された、”嘘の事実”、によって様々な夫婦や親子、家庭といったものが重大な影響を受ける。場合によっては、浮気調査の方がより純粋に学究的事実を捉えていると思いますね」




