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拳屋 vol.02 「鷹の目の少女」  作者: マカ北川
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名前

 昨日と同じバルコニーを訪れると、

 待っていた男達が、一斉にキバへと銃を向けた。


 男達の数は昨日より少ない。

 狙撃屋を探すために出払っているのか、

 あるいは、狙撃屋の不在を知って逃げ出したか。


「よく来たな、拳屋」


 そんな中、マフィアのボスである、肥え太った男が言う。

 昨日と同じく一人だけ椅子に座っているが、

 昨日のような余裕は微塵も感じられない。


 狙撃屋を失ったことで、相当あせっているようだ。

 その顔には、びっしりと汗が浮かんでいる。


「素直に狙撃屋を返すつもりはないようだな」

「当たり前だろ。大体いい年こいて――」

「撃てえっ!」


 キバの軽口をさえぎって発せられた命令に、

 周囲の男達が次々と引き金を引いた。


 どうやら、キバが思っていたより切羽詰っているらしい。


 舌打ちしつつ、床を蹴るキバ。


 いくら彼でも、片手で全ての弾丸を受け止めるのは難しい。

 ひとまず反撃を捨て、防御に専念する。


 サトリによって弾丸の軌道を読み取り、

 弾が来ない場所から、来ない場所への移動を繰り返す。


 初めは景気よく乱射していた男達も、

 キバの動きを捉えることができず、銃声が止んだ。


 その隙に反撃しようとするキバだが、

 不意に背後から殺気を感じ、前方に身を投げ出す。


 次の瞬間、

 空気が切り裂かれる感触が、キバの背中をなでた。


「これを避けるか。流石だな」


 すかさず振り返ると、そこには剣を提げた女が立っている。


 動きが止まったと見るや否や、

 男達が再びキバへと銃口を向けるが――


「手出し無用!」


 引き金が引かれるより先に、女の一喝が空気を震わせた。

 その気迫に圧倒され、男達は不服そうにその銃口を下ろす。


(この女……)


 マフィアの構成員とは明らかに違う雰囲気に、

 キバは警戒を強める。


 長い黒髪を頭の後ろで結い上げ、

 炎の模様が描かれた羽織をまとった、独特のいでたち。


「ここはそれがしに任せてもらう!」


 独特の口調。

 そして何より、手に提げた片刃の剣。


 東洋の島国にのみ製法が伝わる剣だ。

 見る者を魅了する美しさとは裏腹に、

 人体を骨ごと両断する切れ味を秘めている。


 内戦中、これを武器に政府軍から恐れられた部隊があった。


「紫電か……」

「左様」


 帝国軍第三四三特戦部隊――通称紫電。


 一切の銃火器を使用しないにも関わらず、

 反乱軍で最強と言われた部隊。


 政府軍で最強と言われた餓狼隊と、

 幾度となく死闘を繰り広げた部隊でもある。


 とはいえ、女の年齢はキバと同じくらい。

 当時活躍した紫電のメンバーではなさそうだ。


(俺と同じように、技を継いだ人間ってところだな)


 だがその実力は本物だ。


 キバと同様に弾丸の嵐をかいくぐり、

 周囲を警戒している彼の背後を取ったのだから。


「はーっはっは! どうだ拳屋!

 急遽雇った用心棒の実力は!?」


 キバの顔色が変わったのを見て、

 マフィアのボスが笑い声を上げる。


 「噂屋」ウサギの言っていた通り、

 強者を味方にするのは得意なようだ。


「不意打ちの非礼は詫びよう。

 貴様の実力を試させてもらった」


 先程の大音声とは打って変わって、

 静かだが凛とした声で言う女。


「マフィアの用心棒など本来は断るが、

 相手が餓狼の牙を継ぐ者なら話は別だ」


 闘気を高めつつ、女は剣を鞘に納める。

 鈴を鳴らすような、涼やかな音色が響いた。


「貴様を倒し、

 紫電こそ最強だったと証明させてもらう」


 剣を鞘に納めたまま、女は腰を落とした。

 紫電が使用する剣術特有の構えだ。


「くだらねえな。

 今更そんなこと証明して何になるってんだ」


 吐き捨てるように言うと、

 女が顔をしかめた。


「剣士の誇りなど、獣には理解できぬか」


 その言葉に、今度はキバが渋面を浮かべる。


「ならとっとと来いよ。達者なのは口だけか?」

「……参る」


 女の一言で、周囲の空気が凍りついた。

 マフィアの男達は圧倒され、思わず後ずさる。


(『居合い』か……)


 剣は依然として鞘の中。

 だがその状態から瞬時に攻撃できることを、

 キバは知っていた。


 居合い――鞘を用いて「溜め」を作り、

 抜刀時の剣速を何倍にも高める技。


 使い手の技量を考えれば、

 銃弾より遥かに恐ろしいと言える。


「………………」

「………………」


 沈黙のまま対峙する二人。


 普段なら先手を好むキバだが、

 片手しか使えない以上、

 うかつには攻められない。


 攻撃をかわすため、

 相手の動きに全神経を集中させる。


 そして――


「……っ!」


 肩か、それとも足か。

 どこかは分からないが、女の体がわずかに動いた。


 瞬きする暇もなく、二人の距離が一瞬で消滅。


 薄氷同士が擦れるような音を立てて、

 剣が鞘から抜き放たれる。


 背中の筋肉を総動員して、上体を反らすキバ。

 次の瞬間、怪しく輝く刃が目の前を通過した。


(もらった……!)


 凄まじい速度を誇る居合いだが、

 その分攻撃の後に生じる隙は大きい。


 体を起こす勢いのまま、

 無防備な女に拳を叩き込もうとするキバ。


 そんな彼の目元を、何かがかすめた。


「うっ!?」


 思わず声をもらす。


 正体はすぐに分かった。

 頭の後ろで結わえられた、女の髪だ。


 もちろんダメージはない。

 だが一瞬とはいえ視力を奪われ、

 思わず動きを止める。


 その隙に女の体が一回転し、

 高速の刃が再びキバに襲い掛かった。


 反撃を諦め、後ろに飛び退くキバ。

 剣先が鋭い音を立てて、

 前髪を何本かさらっていく。


(今のは危なかった……!!)


 冷や汗を浮かべつつ、

 二度三度と地面を蹴って相手から離れる。


 女は追って来ない。

 攻撃をかわされてから更に回転し、

 徐々に勢いを殺して停止する。


 その過程で、剣は再び鞘へと戻されていた。

 まるで舞い踊るような華麗な動きだ。


「ほう、これで倒せぬか」


 再度構えつつ、女が口を開く。


「貴様、名前は何という?」

「……『拳屋』のキバだ。苗字は無い」


 戦闘中に名前を聞かれて戸惑うが、

 キバは素直にそう名乗った。


 会話に付き合っている間に、

 打開策を練りたいというのが正直なところだ。


「某はサツキ。

 『鎬屋』のサツキ・ムラサメだ」


「『鎬屋』……?」


 聞き慣れない単語に、思わず疑問の声を上げる。

 いつもなら、拳屋の名を聞いた相手の反応だ。


「紫電の最強を証明するため、

 強敵としのぎを削ることに命を懸ける。

 それこそ我が宿命」


 言って、にやりと笑う「鎬屋」のサツキ。

 その姿は自分に酔っているようにも見えた。


(はたから見ると、俺もこうなのかな)


 頭に浮かんだ不安を、慌てて振り払うキバ。

 言動はアレだが、相手の実力は本物だ。


 今は戦いに集中して方がいいだろう。


「貴様は久方ぶりにめぐり合った強敵。

 手負いというのが惜しいが、手加減はせんぞ」


「ああ、そうかい!」


 キバは答え、同時に床を蹴る。


 途切れることなく攻撃してくる相手に対し、

 片手で防御に回るのは危険だと判断した。


 サツキが迎撃の体勢をとるが、

 居合いの初速度は先程の攻防により、

 大体把握できていた。


 防弾性のグローブで剣を弾き、

 勢いそのまま懐に入れば勝機はある。


 だが、キバの読みは甘かった。


 サツキは剣を抜かない。

 剣を抜かず、鞘に納めたまま突き出してきた。


「ぐぅ……っ!」


 柄の先端が左肩にめり込み、

 激痛に声をもらすキバ。


 手加減しないしないという言葉どおり、

 その攻撃は彼の傷を正確にえぐっていた。


 「まずい」と思った時にはもう遅い。

 サツキは剣を手元に引き戻し、

 再び鞘から抜き放つ。


 咄嗟の判断で後ろに倒れこみつつ、

 ブーツのつま先で相手の剣を蹴り上げるが、

 それで精一杯だった。


 無防備になったキバに対し、

 サツキの頭上から剣が振り下ろされる。


「終わりだ」


 その言葉を否定する材料は無かったが、

 最期まで足掻こうと右手を伸ばす。


 到底間に合うようなタイミングではない。

 だが――


「何っ!?」


 金属同士がぶつかる音を立てて、

 鎬屋の剣が弾き返された。


 その結果にキバとサツキ、

 二人の驚愕の声が重なる。


 次いで、サツキの足元が爆ぜた。


 おそらく銃撃によるものだろうが、

 辺りに撃った者の姿はなく、

 銃声も聞こえない。


「狙撃か!」


 叫びながら、サツキが慌てて後退する。


 厚さ一センチにも満たない刃を、

 正面から狙い撃つ精密射撃。


 キバにとって、心当たりは一つしかない。


(あの馬鹿、何しに戻って来やがった)


 そんな思いとは裏腹に、

 口元には笑みが浮かぶ。


(正直、助かったぜ)


 立ち上がるキバを援護するように、

 続けて弾丸が撃ち込まれる。


「おのれ!」


 予想外の事態に焦りつつも、

 飛来する弾丸を斬って落とすサツキ。


 これも驚くべき技術だが、

 キバにとってはむしろ、

 狙撃方法が昨日と違うことが驚きだった。


 狙っているのは、致命傷にならない体の外側。

 しかも弾丸の放たれる瞬間が、

 気配として明確に伝わってくる。


 サツキほどの腕前なら、

 避けるのも防ぐのも難しくはないだろう。


 この狙撃が「彼女」の選んだ答えだというなら、

 キバにとってこれほど喜ばしいことはなかった。


「ま、まさか狙撃手の仲間がいたとは……

 だが急所も狙えない半端者に、某は倒せぬぞ!」


「それでいいさ」


 強がって見せるサツキだが、

 狙撃に対応するだけで手一杯の様子だ。


 その隙を突いて、キバが拳を繰り出す。


「ひゃぁっ!?」


 咄嗟に避けたものの、

 驚いて悲鳴を上げるサツキ。


「何だ、可愛らしい声も出せるんじゃねえか」


 彼が笑うと、顔を真っ赤にして声を荒げた。


「き、ききき貴様! ひ、卑怯だぞ!

 一対一の真剣勝負で、狙撃による援護など!!」


「何言ってやがる。

 俺が手負いなのが惜しい、って言ってたじゃねえか」 


 そう言って、キバはようやく攻勢に出た。


 冷静さを欠いたサツキの攻撃をかいくぐり、

 容赦なく拳を打ち込んでいく。


 それでもサツキの実力は流石だ。

 取り乱しながらも、キバの拳を紙一重でかわし、

 撃ち込まれる弾丸を剣で防ぐ。


(なら、これでどうだ……)


 キバは飛来する弾丸の一発を掴み取ると、

 着弾の衝撃を逃がすことなく回転し、

 そのままの勢いで拳を突き出した。


 サツキはそれを剣の柄で受けるが、

 弾丸の威力を上乗せした一撃は、

 そう簡単には止められない。


「うぉおおおおおおおおおっ!!」

「何っ!?」


 雄叫びと共にキバが床を踏むと、

 その衝撃が拳まで伝わり、

 遂に「鎬屋」サツキを吹き飛ばした。


 彼女の体はバルコニーの手すりを越えて、

 路地向こうの建物まで飛んでいく。


「おのれ拳屋ぁあああああぁぁぁぁぁ……」


 彼女の叫びは徐々に遠くなり、

 最後は窓を突き破る音にかき消された。


「片腕の拳屋と、半端な狙撃屋……

 二人そろって一人前ってことで頼むわ」


 そう言って、残った男達を見渡すキバ。


 一人が慌てて銃を構えたが、

 遠方から飛んできた弾丸に弾かれ、

 呆気なく地面に落下する。


 男はみるみる内に青ざめると、

 情けない悲鳴を上げて出口へと走り出した。


 それを皮切りに、他の男達も次々と銃を捨て、

 我先にと出口へ殺到する。


「待てお前達!

 わたしを置いてどこへ行くつもりだ!?」


 ボスの男はそれを止めようと、

 手下の肩を掴んで怒鳴りつけるが、

 簡単に振り払われてしまう。


 その際、相手の肘が顔面に命中し、

 鼻から血が流れ出た。


「い、痛い……」


「何言ってやがる。

 『痛い』ってのはそんなもんじゃねえよ」


 唖然とする男の前に立つキバ。

 もはや、両者の間に入る者はいない。


「『痛い』ってのは、こういうことだ」


 そう言って、キバは男の顔面に拳を叩き込んだ。



     ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「よう」


 アジトを出て、ソフィアの酒場に戻る途中、

 狙撃屋の少女に出くわして、キバは声を掛けた。


 少女は先程のドレス姿ではなく、

 昨日と同じ男物のコートとハットを身に着けている。


 その手には、

 小さな体に不釣合いなギターケースを提げていた。


「やっぱ、その方が似合ってるかもな」


 キバの言葉に、少女は無言で頷く。


「……狙撃屋に戻るのか」


 正直なところ、反対したい気持ちもあった。

 だが少女はもう、人を傷つける重みを十分に知っている。


 それを背負った上で狙撃屋を続けるというのなら、

 もはやキバに言えることはない。


 彼のそんな思いを知ってか知らずか、

 少女は首を横に振った。


 何も言わぬままキバの元まで歩み寄り、

 ギターケースを差し出してくる。


「……?」


 わけが分からないまま彼が受け取ると、

 少女は満足そうに頷いてから、


「ボクは拳屋になる」


 自信満々にそう言った。

 予想外の答えに、キバの思考が停止する。


「……は?」


 何とか搾り出せたのは、

 そんな間の抜けた一言だけだった。


 呆然とするキバをよそに、少女は続ける。


「最初は見習いでいいから、

 君のそばにいさせて」


 そしてハットを取ると、

 ほんのわずかに微笑んだ。


 キバが初めて見た、少女の笑顔だった。


「いつか君のようになりたいから……

 そのために、

 一秒でも多く君のことを見ていたいんだ」


 真っ直ぐな目で見つめられ、

 キバは「どうしたものか」と頭を抱える。


 少女の願いに、

 イエスともノーとも答えないまま歩き出した。


「拳屋なんて儲かる仕事じゃないし」

「それでもいい」


 逃げるように大股で進むと、

 少女は早足で追いかけてくる。


「お前を養うほどの余裕もない」

「ボクも仕事手伝うから」


 理由をつけて諦めさせようとするが、

 少女はそれでも食い下がってくる。


「命がけの危険な仕事だ……」

「そんなの怖くない」


 無視できない言葉を聞いて、

 キバは立ち止まった。


 振り返り、怒鳴りつけようとするが、

 少女がうつむいているのを見てやめる。


 ハットを持つ手に力が入り、

 小刻みに震えていた。


「ごめん、嘘だ……本当は怖い」


 何も言わず、キバは再び歩き出す。

 後ろから少女がついてくる気配はない。


 しばらく歩いたところで再度振り返ると、

 少女は一歩も動かないまま立ち尽くしている。


「ああ、もう……!」


 キバは乱暴に頭をかくと、

 途方に暮れている少女に呼び掛けた。


「何やってんだ。置いてくぞ、ヒトミ」


 その言葉に、少女は大きな目を丸くする。


 だがすぐに深々とハットをかぶり、

 キバの方へと駆け寄った。


「危険な場所に行く時は留守番だ。

 それでいいな?」


 狙撃屋の少女――

 「元」狙撃屋の少女が頷くのを確認してから、

 今度は二人並んで歩き出す。


「『ヒトミ』って?」


「お前の名前だよ。東洋の言葉で『目』だったかな。

 微妙に違うかもしれないけど、悪くないだろ?」


「ヒトミ……」


 反芻すように、自分の名前をつぶやく少女。


 その顔はハットに隠れて見えないが、

 何となく上機嫌そうだ。


「うん、悪くない」


 やがて納得したように頷くと、

 キバの方を見上げて尋ねる。


「そういえば、君の名前は?」

「キバだ」


 自分が名前を与えた少女に、

 「彼」から与えられた名前を教える。


「キバ……」


 今度はキバの名前を反芻すると、


「変な名前」


 少女は素直にそう言った。


 あまりにストレートな感想に、

 キバは思わず吹き出してしまう。


「だろ?」


 「彼」には悪いが、まったくの同感だった。


 もらった時にはこの上なく嬉しかったが、

 今思えばこの上なく変な名前だ。


 それでも彼は、この名前に誇りを持っていた。

 だから、いつでも胸を張って名乗る。


 彼の名はキバ――「拳屋」のキバだ。

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