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拳屋 vol.02 「鷹の目の少女」  作者: マカ北川
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再会

 目的の建物に到着すると、キバは両開きのドアを開いて足を踏み入れた。


 事務所と思われる場所に、見覚えのある男が二人。

 先程少女に絡んでいた二人組だ。

 どうやらここの組織の下っ端だったらしい。


「ひっ……」


 自分達を追って来たと思ったのだろう、

 キバを見るなり引きつった声を上げ、顔を青くする。


「ボスはどこにいる?」


 キバが尋ねると、男達は震える指先で、奥の階段を指差した。


「ありがとよ」


 短く告げると階段を上り、その先のドアを蹴破る。


 ドアの先はバルコニーになっていた。

 三十人ほどの男達が、真昼の太陽の下、豪勢な食事を肴にグラスを傾けている。


(いいご身分だな)


 その様子を見て、予定の三倍は痛めつけることを決めた。


「ドアは静かに開けるものだ。それでは修理代がいくらあっても足りん」


 周囲の黒服達が浮き足立つ中、一人椅子に座った中年の男が言う。

 無駄に肥え太った、小柄な男だ。

 どうやら彼が、ここをアジトにしているマフィアのボスらしい。


「プライベートに乱入してくる輩に、

 マナーをわきまえろというのも難しい話かもしれんがな」


 大物ぶった口調だが、無理しているのが見え見えだ。


「マナー違反はお互い様だろ?」


 言って、キバは肩をすくめる。


「もっとも、袖にされた腹いせと比べれば、こんなの可愛いもんさ」


 それを聞いて、男は眉をしかめた。


「貴様、あの店の用心棒か?」

「冗談キツいぜ。あんな店長の下で働くなんてごめんだね」


 拳を握り、目の前に掲げるキバ。


「俺は、ただの『拳屋』さ」


 鋭い眼光と共にキバが言い放つと、男は脂肪の詰まった頬を歪ませて笑う。


「ほう、貴様がどんな荒事も、拳で解決するという便利屋か……面白い」


 男は座ったまま、懐から銃を取り出した。

 それを見て、周りの男達も一斉に笑みを浮かべる。


「銃弾を受け止めるという話だが、本当かどうか見せてもらおう」


 自信たっぷりに男が言うが、その姿は一目見て素人だと分かった。

 銃自体も小口径の護身用拳銃で、何か仕掛けがあるようには見えない。

 正直、動かない的にも当たるか怪しかった。


(この馬鹿、信じてないな)


 呆れるキバをよそに、男が引き金を引く。


 脇を抜ける軌道で放たれた銃弾を、キバは容易く掴み取った。

 防弾性のグローブが甲高いとを立てるのと同時に、

 着弾の衝撃に逆らうことなく、体を回転させる。


 その勢いを前進する力に変えると、キバは男に向かって床を蹴った。

 周囲の手下達には目もくれず、男を狙って疾走する。


 男は再び銃口を向けるが、キバの動きを捉えることがでない。

 その顔面に拳を叩き込むべく、キバは拳を握る。


(――!?)


 次の瞬間、戦慄がキバの全身を貫いた。


 サトリ――東洋武術における、先読みの技術。

 時に、理屈では説明できない力を発揮するその技術の習得には、

 長期間の訓練を必要とする。


 それによって培われたキバの勘が、全力で警鐘を鳴らしていた。

 自分の感覚を信じ、咄嗟に体をひねる。


 同時に、何かが左肩を貫いた。

 衝撃に体勢を崩し、受身も取れずに床を転がる。


 撃たれた――そう自覚した途端襲ってきた痛みに、思わず声をもらす。


「ぐぅ……!」


 そんなキバの姿を、男は嬉しそうに見下ろした。


「どうかね、わたしの腕前は?」

「ふざ、けんな……何が『わたしの腕前』だ……!」


 痛みに耐えながら、キバがうめく。


 男の銃は、二発目を撃っていなかった。

 キバの肩を貫いたのは、遥か遠方から放たれた銃弾だ。


「随分と、腕のいい狙撃主を雇ってるじゃねえか……」

「気付いたか。流石だな」


 サトリを習得しているキバは、相手の放つ殺気には特に敏感だ。

 相手が遠く離れていても、それは例外ではない。


 そんなキバが動いているところを狙い撃つなど、並みの腕ではなかった。


「『狙撃屋』と言えば分かるだろう?」

「!!」


 その名を聞いて、キバは驚愕に目を見開く。


 新参の便利屋だが、狙った獲物は絶対に外さないと噂の狙撃手だ。

 咄嗟に回避していなかったら、キバも心臓を撃ち抜かれていたことだろう。


 様々な組織が仲間に引き入れるため探しているが、

 その正体すら掴めないことから、

 実在するかも怪しいと言われていたが――


(まさかこんな所で出くわすとは……)


「わたしも何かと敵が多くてね。これくらいの備えはしてあるのだよ」


 言いながら、男は構えていた銃を下ろした。


「しかし、貴様も評判どおりの腕前だな。

 『狙撃屋』の弾丸を食らって生き延びるとは。


 わたしの下に付く気はないか?

 先程の比例は許すし、報酬も弾ませてもらおう」


 男の言葉を聞いて、思わず笑みを浮かべるキバ。

 痛みをこらえて立ち上がり、まっすぐ男を見据える。


「俺の評判を聞いてるなら、

 そういう誘いにどう答えるかも知ってるんだろ?」


「まあな。だがつまらんプライドのために死ぬか?」


 その問いに、キバは鼻で笑ってみせる。


「そういう台詞は、俺の拳を潰してから言うんだな」

「……いいだろう」


 キバの態度に、男の額に青筋が浮かぶ。

 大物を気取るのも、そろそろ限界に近いようだ。


「ではその拳を抱いて、死ねい!!」


 男が叫びながら、勢いよくキバに指を向ける。

 それが狙撃屋への合図なのだろう。


(どこから狙ってやがる……?)


 次の一発を避けるべく、必死に気配を探るキバ。

 だが殺気の欠片も感じることはできない。


 せめて急所だけでも守ろうとガードを固めるが――


「………………」

「………………」

「……?」


 長い、長過ぎる沈黙に、思わず疑問を感じる。


「何故撃たない!?」


 相手にとっても予想外の事態らしく、男もまた狼狽の声を上げる。


 だがキバにとってはまたとないチャンスだった。

 腑に落ちない部分はあるものの、この機を逃すわけにはいかない。


 呆然と立ち尽くす手下達の脇を駆け抜けると、

 大きく床を蹴ってバルコニーから飛び降りる。


 表通りに着地すると、その衝撃を転がって相殺し、目の前の建物の陰に飛び込んだ。

 そのまま、近くに立っていた青年の横を走り抜ける。


「南に五百メートル。一番高いビルの屋上だ」


 すれ違い様に、青年の言葉が耳に入った。

 姿を確認している暇はないが、キバにとって聞き覚えのある声だ。


「追え! 追えーっ!」


 バルコニーの上で男が怒鳴っているが、もう遅い。

 キバは薄暗い路地裏へと消えていった。



     ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 内戦前の開発計画で建造されたまま、使われていない廃ビル。


 その屋上へと続くドアのノブに手を掛けると、キバは勢いよく押し開けた。

 次の瞬間、目に入った人影が素早くそちらに振り返る。


 だが狙撃屋は、手にしたライフルを向ける途中で、

 キバを見て硬直したように動きを止めた。

 その隙を突いて駆け出すと、左右に体を振りながら狙撃屋へと迫るキバ。


 我に返った狙撃屋がライフルを構えるのと、

 キバが銃口を掌で塞いだのは同時だった。


 二人の間を、風が吹き抜ける。

 その風になびくコートを見て、キバは自分の目を疑った。


 男物のコートとは不釣合いな、小柄な体。


 傍らには空のギターケースが口を開けているが、辺りにギターは見当たらない。

 狙撃屋の手にしたライフルの銃口だけが、ハットの下から覗く大きな目と共に、

 相対するキバへと向けられている。


「いかしたギターじゃねえか……」


 動揺とは裏腹に、キバの口からは皮肉がこぼれ落ちる。

 彼の目の前にいる狙撃屋は、間違いなく先程出会った少女だった。


 チョコレートに夢中になっていた少女が、

 自分の肩を撃ち抜いた狙撃屋という事実に愕然とする。


 一方の少女もまた、幻でも見るようにキバを見上げていた。

 視線の先では、キバの肩口から血が滴り落ちている。


「何で……怪我してるの?」


 小さな唇からもれた疑問の言葉に、キバは頭がかっと熱くなるのを感じた。

 一触即発の状態であることも忘れて、力の限り怒鳴りつける。


「お前が撃ったからに決まってんだろ!!」


 それを聞いて、感情の乏しかった少女の顔に、強い驚愕と困惑が浮かび上がった。

 大きな目をさらに大きく見開き、ライフルの銃口を床に落とす。


「嘘……だってボク、撃っただけで……怪我させる気なんて……」


 途切れ途切れの少女の言葉を聞いて、怒りの行き先を失ったキバは、

 固く奥歯を噛み締める。


(そういうことかよ……)


 銃を向けて引き金を引けば、誰かが傷つく。

 目の前の少女は、そんな当たり前のことも知らなかった。


「…………」


 キバは意を決して拳を握ると、混乱し涙を浮かべる少女を殴りつけた。

 その拳には、撃たれたことによる怒りや恨みは微塵もない。


 無防備な状態で顔面を殴打され、気を失った少女はその場に倒れ込む。


「……痛え」


 拳を抑え、キバがうめく。

 他人を殴った拳がこんなにも痛むのは「あの日」以来だ。


 その痛みに比べれば、撃たれた肩の痛みなどたかが知れていた。

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