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拳屋 vol.02 「鷹の目の少女」  作者: マカ北川
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出会い

 十年前。

 両親を失い、一人荒野をさまよっていた少年は、野党の真似事をして暮らしていた。


 子供だと油断している相手の不意を突き、殴り倒した後、荷物を奪って逃げる。

 高い身体能力を持つ少年にとっては、大人が相手でも容易いことだった。


 ある日、少年は戦場から戻る途中の、政府軍の部隊に目を付ける。

 兵隊を狙うのはリスクが高いが、これが初めてではない。

 覚悟を決めると、物乞いの振りをして近付いていった。


「何だ坊主、腹減ってんのか?」


 少年に気付くと、部隊の先頭を歩いていた男が足を止めた。

 金髪に赤いバンダナを巻いた、無精髭の男だ。


 男は少年の前にしゃがみ込むと、ポケットを探る。

 その無防備な横っ面に、少年の拳がめり込んだ。


「……っ!?」


 驚愕に顔をしかめる少年。

 殴られた男はピクリとも動かない。

 それどころか、少年の拳の方が、痛みに悲鳴を上げていた。


「殴ってきたってことは……」


 言いながら、男がポケットから手を抜く。

 その手には何も握られていない。

 強いて言えば、拳が握られていた。


「殴られても文句ねえよな?」


 その拳が顔面にめり込み、少年は意識を失った。



     ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 ドアをノックする音に、赤い髪の青年――キバはゆっくりと目を覚ました。

 キバが体を起こすと、慣れ親しんだ粗末なベッドが悲鳴を上げる。


 眠い目を擦りながら入り口へ歩み寄り、ドアを開けると、

 一人の女が笑みを浮かべて立っていた。


 キバの住む安アパートの管理人、ソフィアだ。


 腰まで伸びた銀髪が印象的な女性で、

 抜群のプロポーションとは対照的に無邪気な表情が、

 実際の年齢よりも彼女を若く見せている。


「家賃ちょーだい♪」


 にこやかに言う彼女に対し、キバは無言でドアを閉めた。

 だが、静寂は一秒と続かない。


「何で閉めるのよ!」


 抗議の声と共に再びドアが叩かれる。

 今度はノックなんで生易しいものではない。

 ドアをぶち破らんばかりの勢いだ。


 咄嗟に背中で支えるキバだが、それでも衝撃で蝶番が揺れる。


「もう三ヶ月目よ! 払える分だけでも払いなさい!」

「これっぽっちも払えないんだから仕方ないだろ!」


 そう必死に訴えると、ドアの震えが止まる。

 諦めたと思って安心するが、それは甘かった。


 ドア越しに、大きく息を吸う音が聞こえてくる。


「ちょ、待――」


 制止の声を上げようとするが、間に合わない。

 強く床を踏む音と同時に、ドアが吹き飛ばされる。


 その衝撃に、ドアを支えていたキバの体も弾かれて、反対側の壁に激突した。


「修理代は家賃に上乗せしておくから」


 ドアを粉砕した張本人が、横暴極まりない台詞と共に入ってくる。


「壊したの俺じゃないんだけど……」


「あなたが抵抗するからよ。

 仕事を引き受けてくれるなら、わたしが払ってもいいけどね」


 そう言って、彼女は人差し指を立てる。


「それどころか、家賃もひと月分サービス! 報酬も付けちゃう♪」

「仕事?」


 キバが尋ねると、ソフィアは立てた親指を左右に振った。


「肉が欲しければ肉屋に頼む、靴が欲しければ靴屋に頼むわ。

 だったら、拳屋に頼む仕事は一つだけでしょ?」

「なるほど……」


 ソフィアの言葉に納得するキバ。

 彼は床に転がったまま、念のためもう一度尋ねた。


「今回は猫探しとかじゃないんだな?」



     ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「報酬って……」


 石畳の通りを歩きながら、キバはぼやいた。

 その手には、ソフィアから「報酬」として渡されたチョコレートが握られている。


「子供のお使いじゃねえんだぞ」


 うんざりしながらチョコを懐にしまうと、体の具合を確認した。

 ソフィアから受けたダメージは、もう残っていない。

 それにしても、ドアごと吹き飛ばされるとは思っていなかった。


 流石は政府軍最強と言われた、餓狼隊の一員といったところか。

 内戦の終結から十年近く経った今でも、その実力は健在だ。


 これなら今回の件も、自分で解決できる気もするが……


(まあ、そのおかげで家賃が浮くわけだし)


 彼女なりの好意として、ありがたく受け取っておくことにする。

 とはいえ、依頼の仕方はもう少し考えて欲しかった。


「マナーの悪い客はどこにでもいるか」


 キバがこれから会おうとしているのも、そういった手合いだ。 


 ソフィアはキバの住むアパートの他、女性と一緒に酒が飲める店を経営している。


 先日、女性にしつこく迫る客を追い出したところ、

 よりによってマフィアのボスだったらしく、

 組織ぐるみで嫌がらせをしてくるようになったそうだ。


(何やってんだよ、いろいろと……)


 同じ男として泣けてくる話だが、嫌がらせがエスカレートしてきたとなると、

 泣いてばかりもいられない。


 従業員や他の客に危険が及ぶ前に解決して欲しい、

 というのがソフィアの依頼だった。


 そんな事情で相手のアジト付近まで来たが、

 そういった連中が幅を利かせている地域だけあって、

 辺りはずいぶんと寂れていた。


 まだ日も高いというのに、表通りに人の姿が見当たらない。


 だが完全に無人というわけではなかったようだ。

 どこからか声が聞こえてきて、キバは立ち止まる。


 声の方を向くと、裏路地の暗がりに人の姿が見えた。

 ガラの悪い男が二人、小さな人影に詰め寄っている。


「ガキでも少しくらい持ってんだろ?」

「お兄さん達に恵んでくれよぉ」


 男の一人が、相手の顔を覗き込む。


「へえ、よく見るとキレイな顔してるじゃねえか」

「こりゃ高く売れるんじゃねえの?」

「とりあえず味見でも――」


 言いながらベルトに手をかける男。

 その股間に、キバのつま先が勢いよくめり込んだ。


「はぉっ!」


 男は奇声を上げて硬直し、そのままの姿勢で倒れた。


「次は潰すぞ」


 吐き捨てるようにキバが言うと、もう一人の男が声を荒げようと口を開く。

 だが声を発するより早く、キバが二本の指を突き付けた。

 眼球まであと数ミリで止められた指を見て、男の顔中に冷や汗が浮かぶ。


「お前もだ。次は潰す。

 それが嫌なら、そいつを連れて今すぐ失せろ」


 男は大慌てで連れを抱えると、一目散に去って行った。


「大丈夫か?」


 キバが声を掛けると、残された相手は警戒するように体をすくめた。


 小柄な体に不釣合いな、男物のコートとハット。

 着ている物だけ見ると少年のようにも見えたが、よく見れば少女だった。

 手にはギターケースを提げており、小さな体に比べてずいぶんと大きく見える。


(ギター弾きの少女……ってところかな)


 自分で食い扶持を稼ごうというのは感心するが、

 こんな寂れた場所で商売ができるとは思えない。


 少し悩んだ後、キバは少女に手を差し伸べた。


「来いよ。ここで会ったのも何かの縁だ。酒場くらい紹介してやるよ」


 だが少女は応えない。

 体を硬直させたまま、大きな目でキバを見上げている。

 どうやら戸惑っているようだ。


「どうした?」


 そう言って一歩近付くと、少女は逃れるように後ろに下がる。

 段差に足を取られ、しりもちをつく形で地面に座り込んでしまった。


 その様子を見て、あらためて少女の姿を観察するキバ。

 コートとハットは比較的まともだが、それ以外はボロボロに傷んだ服を着ている。

 孤児と見て間違いないだろう。


 これまでに出会った人間が、先程のような連中ばかりだとしたら、

 差し伸べられた手に戸惑うのも当然かもしれない。


(無理強いは良くないか)


 とはいえ、このまま見過ごすのも後味が悪い。

 キバはため息をつくと、少し離れて少女の隣に腰を下ろした。


 少女が警戒のまなざしを向けているが、気にせず無言で座り続ける。


「……何で」


 しばらくして、少女が口を開いた。


「何で助けてくれたの?」


 少女の問いに、キバの胸がちくりと痛む。

 この程度のことに理由を求められることが、街の現状を物語っていた。


「……ただのおせっかいだよ」


 キバの応えに、少女は分からないといった様子で沈黙する。


「世の中には、そういう物好きもいるってことだ」


 そう言って視線を向けると、少女は慌てて顔を背ける。

 少しでも警戒が解けただろうか。

 そう思っていると、少女の腹の虫が鳴き声を上げた。


 キバが目を丸くすると、少女はばつが悪そうに腹を押さえる。

 その姿に少しほっとして、キバはチョコレートを取り出すと彼女に差し出した。


「ほれ」


 だが少女は受け取らない。


「いらないなら俺が食うぞ」


 キバはそう言うと、包みを開けて一口かじる。

 何度か噛んでから呑み込むと、残りを再度差し出した。


 少女はゆっくりと手を伸ばすと、チョコを取ったとたんに素早く手を引っ込める。

 その動作はまるで野良猫のようだ。


 恐る恐るといった様子でチョコにかじりつくと、少女はその大きな目を輝かせた。


「……!」


 何も言わないものの、えらく感動したらしい。慌てて次を口にする。

 それを見て、キバも満足そうに笑みを浮かべた。


「そろそろ行くか。さっきも言ったけど、知り合いの酒場を紹介してやるよ」


 立ち上がりながら、キバが言う。

 だが少女は続いて立ち上がりつつも、首を横に振った。


「……そうか」


 少し寂しさを感じつつ、キバは納得する。

 こちらが敵でないと理解した上で、助けが必要ないと言うのなら、

 それ以上キバに言えることはなかった。


「じゃ、俺はこっちだから」


 二人で表通りに出ると、キバは目的地の方を指して別れを告げる。

 少女が無言で頷くと、二人は互いに背を向けて歩き出した。

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