先生、ネコがしゃべりません!2
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朝6時半。目覚ましの音で私とマナが同時に目を覚ます。白い光の朝陽に照らされながら寝癖いっぱいの頭でマナは私に「おはよーララちゃん」と笑い掛けると「おはよービビさん」とベッドの隅で丸くなってる黒猫にも話しかけた。
だけど案の定ビビはシカト。尻尾すら動かさない。無反応なパートナーにマナはベッドの上をモソモソと移動すると「おはよーございます、ビビさん」と黒猫に向かって丁寧に頭を下げた。なんて謙ったヤツ。こんな情けない主従関係見たこと無い。
「もうちょっと偉そうにした方がいいんじゃないの?あくまで魔女の方が主人なんだから」
制服に着替えながら、一応マナにアドバイスをしてやった。パートナーに舐められてしまったら、それこそ一緒に連れ添う意味はない。ペットで飼ってるワケじゃないんだから。パートナーは魔女の役にたってなんぼ。
「でも、ビビさんにはこれからいっぱいお世話になるし」
モソモソとパジャマを脱ぎ捨てながらマナが答える。どうでもいいけどどうしてコイツ下着がカボチャパンツなんだろう。今時、日常的にカボチャパンツを穿いてる女子高生って日本でコイツくらいじゃないの。
「あのね。主人が毅然としないとパートナーが可哀想なの。アンタだって自信無さそうな教師なんかに勉強教わりたくないでしょ?付き従ってもらう為には、それなりに威厳を示さないと」
「ほーほー」
ブラウスのボタンを留めながら言うと、マナはまあるい目をパッチリと開かせ頷きながら返事をした。っていうか早くスカート穿け。カボパン丸出しでいるな。
私の話に何か納得した様子のマナは、トテテっとベッドで寝ているビビの元へ向かうと
「おはようなさい、ビビさん」
よく分からない命令をした。ダメだこりゃ。当然ビビがそんなもんに従うワケもなく、ふてぶてしい黒猫は尻尾どころか毛の一本たりとも動かさずにジッと寝ていた。
身支度を済ませ食堂に入ると「おはよーマナちゃん、ララちゃん」と如月シホが今日も皿に大盛りに積んだバターロールをスイスイ口に運びながら声を掛けてくる。
「……おはよ」
ここへ来て一ヶ月。初めての寮生活にも大分慣れてきたけれど、未だにちっこいシホが相撲取り並の食事を摂る姿には慣れない。数十個ものパンがシホの小さな身体に収まっていくさまは合成映像に見えて、なんだかクラクラする。
気を取り直しつつ、シホと同じテーブルに座るとその隣に
「おはよー。今日もシホちゃんは大盛りだね」
とデフォルトのヘラヘラした笑顔で喋りながらマナが座った。
「朝ごはんはしっかり食べなくちゃね!1日のエネルギー源だもん!」
バターロールをブラックホールのような口の中に消していくシホを見ながら“ウソつけ”と心の中でツッコんでおく。朝だけじゃなく昼も夜もおやつでさえシホは大盛りだろーが。けれど、マナはアホなのでその言葉にすんなり感化され
「よーし。私もいっぱい食べるぞー」
ジャムを塗りたくったバターロールをいつもより2個多く食べて膨満感に苦しんでいた。
「はふはぁ。お腹くるしー」
「アンタって本当にアホだよね」
満腹になりすぎたお腹をさするマナを横目で見ながら、私は食後のお茶を啜る。
「そう言えばマナちゃん、ビビさん喋った?」
「まだだよーはふぅ」
喋る度にいちいち苦しそうに息を吐くマナ。たかがバターロール2個でこの子死にそうなんだけど。胃薬でも煎じてやろうかな。一方シホは未だにおかわりしたバターロールを食べ続けている。47個目……?
「そっかー。レクリエーション大会までに喋るといいねえ」
「うん。レク大会楽しみだなーはふぅ」
魔法学科1年では毎年5月にレクリエーション大会が行われる。級友とパートナーとの関係を深め、魔法の活用の幅を広げることが目的だとか。3人1組+パートナーのチームで学校が出した課題を魔法を使ってクリアしていく、ぶっちゃけゲームみたいなものだけど。
今年の開催場所は近県の山。どうやらオリエンテーリング形式になるのではと生徒たちの間では噂だ。別に場所はどこでもいいと私は思っていたんだけど、生憎マナとシホの2大馬鹿コンビとチームになってしまったのでそんな悠長なことは言ってられなくなった。私がこのふたりから目を離したら間違いなくコイツら遭難する。
馬鹿ふたりのお守りだと思うとハッキリ言って憂鬱な行事なんだけど、まあいい。拘束魔法で縛り上げて木にでも吊るしておけば足手まといにはならないでしょ。
そんな私の胸のうちも知らず、マナとシホはレジャーを楽しみにしてる小学生みたいだ。
「お弁当なんだろうね?私サンドイッチがいいな、ハムと卵とチーズとトマトとツナと……」
「シホちゃん、おやつもいっぱい持ってかなくちゃね。あたしキャラメル買うよ。はふぅ」
「おやつ一緒に買いに行こう!おかしのマキオカ行こうマキオカ!」
「マキオカ行こう~。マキオカなら300円でいっぱい買えるね。ビスコも買えるね~。はふぅ」
あーつくづくコイツらのお守りをするのがイヤになってきた。レクが始まった瞬間、熊に食われてくんないかな。熊なら仕方ないよね。不可抗力、不可抗力。
「馬鹿な話ばっかしてないでそろそろ行くよ。遅刻しちゃう」
憂鬱な目をしながら席を立ち上がると、シホは皿のバターロールを一気に口の中に流し込み、マナは相変わらず苦しそうなお腹を抱えてヨタヨタと立ち上がった。マナの半笑の口の端にはジャムが着いていたけど、いつもの事なので気にしなかった。