先生、魔法が使えません!5
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私がマナを無視してから5日目。しつこく話し掛けてたマナもついに嫌気が差したのか、就寝時間になると
「今日はあたし、シホちゃんのお部屋で寝るね」
と言って、枕を抱え部屋から出て行った。
「……あーせいせいした」
静かになった部屋で、私は大きく息を吐き出し自分のベッドへと乱暴に身体を投げ出した。
いい加減、付きまとわれるのも鬱陶しいと思ってたんだよね。やっぱり私は独りでいる方が気楽でいいや。
そう考えてスッキリした気分で目を閉じたのに。どうしてか、閉じた瞼の裏にはマナの顔が浮かんでくる。部屋を出て行った時の淋しそうな顔。めげずに話し掛けてくる必死な顔。私に突き飛ばされてショックを受けていた顔。――いつもの、ホワホワした幸せそうな笑顔。
「……どうして考えちゃうんだろう。マナのこと好きじゃ無い筈なのに。友達だと思ってたのは魔法のせいなのに」
自分でもどうしていいのか分からないやるせない気持ちで、瞼を開き寝返りをうつと。
「ん……何これ?」
私の枕の下に、封筒が挟んであるのが視界に入った。
パステルピンク色のリボン柄の封筒。あて先にはよく見慣れた文字で『ララちゃんへ』と書いてある。これを誰が書いたかなんて。中身も裏面も見なくったって、私には即座に分かった。
書いた人物を思わせるようなホワホワした雰囲気の封筒。心なしか何処かお菓子みたいな甘い匂いまでしてる気がする。開くかどうしようか少しだけ躊躇ったあと、私は深呼吸をしてからゆっくりと封を解いた。
『ララちゃんへ
いつも仲良くしてくれてありがとうございます。でも最近ララちゃんの元気がなくて心配です。あたしの将来の夢はおばあちゃんみたいな立派な魔法使いになる事です。もし魔法が使えるようになったら必ず1番にララちゃんを元気にしてあげます。早く魔法が使えるように一生懸命がんばります。だからもうちょっとだけ待っててください。あたしは頑張ります。大好きなララちゃんがまた笑ってくれるように、一生懸命がんばります。
マナより』
下手くそな字と間違いだらけの漢字で綴られていた手紙を読み終えた時、私は堪えきれなくなった涙を溢れさせて嗚咽をあげて泣いた。
「マナ……マナ……どうして……」
マナは何も変わってない。友達になった4月のあの日から何ひとつ。全部ウソなのに。マナに惹かれ仲良くなっていった想いは全部魔法のせいだったのに。なんでマナはそんな私に変わらない気持ちでいてくれるんだろう。
「――お前、頭いいクセに意外とマヌケなんだな」
「は?」
ベッドでうずくまって泣いてる私の背後から、部屋の隅で丸くなっていたビビが声を掛けてきた。
「なんでマナと仲良くすること今さら躊躇してるんだよ?」
「……だって! 全部ウソだったじゃない! マナのこと友達だって思ってた気持ちは全部魔法のせいだって……」
「じゃあお前は今なんで泣いてるんだよ」
呆れたように掛けられたビビの言葉に、私はハッと息を呑む。
「マナの事が好きでたまらないから泣いてるんじゃないのかよ? マナを信じてるから、余計な魔法の事が悔しくて仕方ないんじゃないのかよ?」
ビビは、涙を零したまま呆気に取られてる私の元まで来ると、前足でチョイチョイと私の手首に着いてるブレスレットをつついた。
「なんで感情感染を無効にするパッチが着いてんのにお前はそんなに悲しいんだ? マナの事なんとも思ってなければショックも受けないし悲しくもならないんじゃねーのか?」
「…………本当だ」
今さら、言われて気付く。魔法が無効化されてるこの状態で泣いている自分の感情の矛盾さに。
「もしかしたら、きっかけは感情感染だったのかもしれねえ。でも今はそんなもんが無くったって、お前は泣くほどマナの事が好きって事だろ」
黒猫の言葉に、淀んでいた視界が眩しく開けた気がした。
……本当だ。私、馬鹿みたい。ううん、大馬鹿だ。こんな大きな自分の気持ちが分からなくなっていただなんて。大好きだったからショックが大きすぎて見失ってたんだ。こんなに簡単な事なのに。
「……うん。私、マナの事が大好き。世界で1番大切な友達。これからもずっとずっと一緒にいたい。放っとけない」
魔法なんかじゃない。感情感染なんかじゃない。何をやらせてもポンコツなのに誰よりも頑張り屋で、周りの人の幸せをいつも願ってくれて、純粋で、素直で、照れ屋で、いつだって笑顔で……私、そんなマナのいい所にいっぱい惹かれていったんだ。
「俺もお前と同じだ。何が感情感染だ、あのクソ研究者ども。んなもん無くったってアイツはあのマヌケな笑顔とおせっかいな性格で充分周囲を惹き付けられるんだよ!」
ビビはそう言うと後ろ足でカリカリと邪魔そうに首輪を引っかいた。もちろんそんな事で外れるような代物ではないけれど。
「ふ、ふはは。あはは、本当だよね。あの人たちマナの事何も分かってない。マナの魅力はそんな魔法なんかより、ずっとずっと強力なんだから。感情感染なんか意味無い。そんなもの無くったって、マナは充分周囲の人を笑顔に出来るんだから」
私は拳で思いっきり涙を拭うと、勢いよくベッドから立ち上がりドアへと向かう。もちろん、シホの部屋へマナに謝りに行くために。
「ビビ、ありがとう。やっぱアンタ、マナの最高のパートナーだね」
振り返って声を掛けるとビビは
「最初から言っただろう。俺はアイツの抱っこが気に入って契約を結んだんだ。感情感染なんて関係ねーんだよ」
そう言って、再び部屋の隅へ行きクルンと丸くなっていた。




