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第八話 先生、媚薬が作れません!

第8話 先生、媚薬が作れません!



 『命短し恋せよ乙女』なんて言葉があるけれど。


「シホちゃんシホちゃん。マーブルチョコの黄色あげる」


「ありがとうマナちゃん! じゃあお礼にアポロのピンクの所あげるね!」


 恋に1ミリたりとも縁の無さそうな乙女もいるもんだなあ、と私はつくづく思いながら、目の前でおやつの交換をしている馬鹿乙女ふたりを眺めた。それにしても。


「あんた達、この甘ったるい匂いの中でよく更にチョコが食べれるわね」


「チョコはいつでも美味しい」


「チョコ最強!」


 放課後の家庭科室に充満するチョコの匂い。数人の女子生徒がキャッキャ言いながら制作しているガトーショコラやらトリュフチョコやらが完成するのを、私はゲンナリしながら待っていた。


 辛党で甘いものが苦手な私がなんでゲンナリしながらこんな甘い匂いの中にいるかと言うと。


「ガトーショコラ完成! じゃあ長谷川さん、仕上げにお願い、ね!」


「はいはい」


 このクラスメイト達の作っているバレンタインチョコに、恋のおまじないを掛けてあげるためにここにいるのだ。


 季節は2月。もうすぐバレンタインと云う恋する乙女にとって1年で最も盛り上がるイベントがやってくる。うちは女子高なんだけれど、それでも他校の男子に恋した女の子達はこうしてせっせと本命チョコ作りに勤しんでいる。


 しかし、恋する女のしたたかさを舐めてはいけない。ただチョコをあげるだけでは恋の勝率は不明確だ。そこで彼女たちはここが魔法学科である事を最大限に活かして勝負に賭ける。そう、恋の魔法をチョコに掛けるのだ。


 昔っから魔女のお仕事に恋の成就はつきもの。そして恋の魔法と云えば媚薬だ。ただし、魔女の媚薬は調合が大変に難しく一歩間違えば狂人を生み出す危険薬に成りかねない。


 と言うワケで。この時期になると天才魔女である私の元には恋の魔法をチョコに掛けてくれという依頼が殺到する。


 今日の依頼主は同じ寮生の子たち。自宅と違い手作りチョコを制作する場所が無いので、みんなで放課後の家庭科室に集合している。


 そうして私は予め調合しておいた媚薬に依頼主の情報を加味すると、出来上がったチョコ菓子に振り掛け呪文を唱えた。焼きたてのガトーショコラからは香ばしい湯気と共にフワリと甘く妖しい香りも漂う。


「はい完成。くれぐれも目的の人以外には食べさせないようにね」


「ありがとう長谷川さん!」


 まあそんな感じで。今日の私はちょっとした恋のキューピッドだ。しかし。


「ガトーショコラ美味しそう」


「美味しそう~!」


「マナ、シホ、ダメだよ。これはもうおまじない掛けて貰ったんだから。ふたりには14日に友チョコあげるからね」


 恋に縁遠すぎるマナとシホが何故ここにいるかは不明だ。いや、不明っつーか単にチョコに釣られて私に着いて来ただけの暇人なんだけど。


「マナ、シホ、これ食べる? 湯煎したチョコの残りなんだけど」


「食べるー」


「わーい食べる食べる!」


 暇人ふたりは友達からチョコのおこぼれを貰ってご満悦でおやつタイムを過ごしてる。なんだかなあ。


 いくらマナもシホも馬鹿だとは言え、16歳の女子高生なんだからもう少し色気があったっていいのに。ふたりとも可愛いものやお洒落は好きみたいだけど、色気ともなると清清しいほど皆無だ。


「あんた達は誰かにチョコあげないの?」


 無駄な質問だとは分かっているけど、目の前でホクホクとチョコを頬張っている阿呆面に一応聞いてみた。


「あたしはみんなにあげるよー。ララちゃんにもシホちゃんにも。クラスのみんなとー、えっと、寮のみんなとー」


「私はもらう役! いつも部活の助っ人やってるから、みんなお礼にってくれるんだ!」


 案の定と云うかなんと云うか。本命どころかバレンタイン本来の趣旨すら分かって無さそうな答えが返ってきた。まあ、私だってあげる人もあげたい人もいないんだけどさ。


「チョコ美味しい。毎日バレンタインになればいいのに」


「それいいね! 毎日おなかいっぱいチョコ食べられる!」


 持参したチョコ菓子や貰ったおこぼれのチョコに囲まれながら、なんともウットリした顔でマナとシホが言う。そんな食欲重視の目でバレンタインを求めてる女子高生はあんた達ぐらいだよ。


 室内に充満する甘い匂いに、いい加減胃もたれしながら私が次のチョコ菓子が出来るのをゲンナリ待ってると。


「ララちゃん。それなあに?」


 マナが私の持っている小瓶に注目してきた。


「だからこれが媚薬だってば。あんた、さっき私がガトーショコラに魔法掛けたの見てなかったの?」


「チョコ食べるのに夢中で見てなかった」


 そう答えたマナは口の端にチョコをくっつけながら、しげしげと不思議そうに小瓶を眺めている。


「びやくは美味しいですか?」


 マナの阿呆な質問に、私は媚薬を茶色の小瓶に入れておいた事を後悔した。多分、媚薬が何か分かっていないマナの目には、これはバニラエッセンスか何かに見えている。


「さっきいい匂いしてたもんね! 多分甘くて美味しいんだ!」


「味見したい」


 こ、この食いしん坊どもめ! 無邪気に媚薬の味を確かめたがるマナとシホの頭の悪さに私は戦慄する。


「ダメ! 絶対ダメだからね! これはお菓子の材料じゃないの!」


 厳しく釘を刺しておいたものの、馬鹿ふたりの目から好奇心が消えてない事が恐怖だ。

 

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