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先生、ドラゴンが倒せません!3


「つ……疲れた……」


 苔むした冷たい地面にペタリとお尻を着けて座ったとき。「ん?」グラリと足元が揺れた気がした。地震?


 そして辺りを見渡した私はやっと気が付く。ここが他より地面が高く盛り上がってる小丘だという事に。びっしり苔や雑草に覆われ、若い木すら生えているけれど……よくよく見渡せばこれは。


「し、シホ……。絶対に大声出さないでね」


「なに? どうしたのララちゃん?」


「いいから、アンタはマナを抱えてダッシュする準備して。私が合図したら北の方角に逃げるわよ」


「逃げる?? 何から?」


「いいから、静かに。行くわよ、3、2、1……」


 けれど。私のカウントダウンと同時に悲劇は起きてしまった。足元の地面が大きく揺らぎ、私たちは逃げるどころかその場に尻餅を着いてしまう。


「しまった! 気付かれた!」


「えっ!? 何!? 地震!?」


 この地面が何か大きな生き物の背だと云う事はさっき気付いた。けれど、大きな揺れでそこから転げ落ちた私たちは生き物の顔を前にして初めてその正体に気付く。


 小丘ほどの巨体。地面と見まごう程の広い背。苔むし若木が育つほど長い年月をじっとここで過ごしたのであろう生き物の正体は。


「ド……、ドラゴン……っ!!?」


 幽界でも深淵に居ると言われている伝説の古代神ドラゴンの背に、私たち3人は間抜けにも尻を着いて座っていたのだ。


「ど、ど、ど、ドラゴンって、あのドラゴン? あ、わわわわ」


 さすがのシホも驚きと恐怖に顔を引きつらせている。無理もない。だって私たちの目の前にはエンタシスみたいな牙が何本も突き出た巨大な口に、魔法力を具象化して集結させたような琥珀の巨大な瞳があるのだから。きっとこのドラゴンがその気になれば私達は1秒も掛からず殺されると思う。


 ……な、なんでこんな所にドラゴンがいるんだろう。古代神ってもっと人目につかない深淵にいるはずなのに。アウトローなタイプなのか。いや、そんな事よりドラゴンって人に対して敵意とかあるのかな。背中に落ちてきた私達のこと怒ってるだろうか。


 ドラゴンはただ静かに私たちを見据えているだけだと云うのに、冷や汗が止まらない。とうてい私の魔法力、いや、人の力なんかでは敵わないだろう圧倒的な存在感を見せ付けるドラゴンに足が竦んでしまった。あまりの緊張感で思わずマナを抱えていた腕にギュッと力が籠もってしまった、その時。


「うーん。頭がクルクルするー」


「ま……マナ!」


 最悪なタイミングでマナが目を覚ました。うわーよりによってこんな時に!


「あれーララちゃん。ここどこー?」


 状況の分からないマナは私の腕から抜け出すとキョロキョロと辺りを見渡し始めた。そして、目の前の巨大竜の顔にようやく気が付きキョトンとした表情を浮かべる。


 けれどあまりに大きすぎてすぐには把握出来なかったのか、小首を傾げながら数歩後ずさりして遠目から眺め、ようやく理解したように「なるほど!」とポンと手を打っていた。


「あーとても大きいー」


 ……コイツはもしかして私の予想を遥かに上回る馬鹿だったんだろうか。押し潰されそうな威圧感をガンガンに放ってくるドラゴンを前にその感想とは。ドラゴンを認識したと云うのにマナの表情に恐怖の色はなく、いつもの半笑いで興味津々に目の前の顔を眺めている。


「ま、マナ! 近付いちゃダメだよ!」


 けれどマナは私の注意など耳に入らず、トタトタとドラゴンに近付くと、なんとその顔をペタペタ触り始めるではないか。


「ゴリゴリしてる。かたい」


 なんで!? なんでアンタはドラゴンの感触を確かめに行くのか!? 信じられない。常識知らずもここまで来ると狂気的だ。むしろマナが恐い。


 青ざめて立ち尽くす私とシホなど気にもせずに、マナは好奇心の赴くままペタペタとドラゴンの顔を撫でまくっていた。もうダメだ。数秒後にはマナはその口の中で租借される。もしくはブレスで塵になる。さよならマナ。私が半ばあきらめの気持ちで呆然としていると。


『…………何が目的だ、人間…………』


「!?」


「ぎゃー!! 頭に声がー!!」


 突然、脳内に直接声が響き渡った。大地の震動のような低い声。頭がジンジンする。間違いない、これはこの竜が私達の脳に直接話しかけてきてるんだ。


「誰??」


 約1名、それが分かってないでキョロキョロ辺りを見渡している人物がいるけど。すっごい空気の読めなさだね。


『……お前の目の前に居る者だ。目的を言え、小娘。何故お前らはここに来た……』


 ようやくドラゴンが話しかけてきたのだと理解したマナは、再びキョトンとした顔をして「なるほど」とポンと手を打った。だからなんなんだそのリアクション。また馬鹿の流行か。


「えーとえーと。私立葛飾高校魔法学科1年、高浜マナです。好きな色はピンクです」


 いらない。その情報は絶対にいらない。ドラゴンは絶対にそんな事を聞きたかったワケじゃない。マナのいらん情報でドラゴンがイラつかないように、私は焦って口を開いた。


「あ、あの! お休みのところを邪魔してすみません! 私たち幽界の見学中にみんなとはぐれてしまって……その、実に偶発的な不慮の事故でここに落ちてきてしまっただけで、その……すぐに立ち去りますんで! お邪魔しました!!」


 私は勢いよく頭を下げると、シホとマナの手を掴んでその場から走り去ろうとした。けれど、ドラゴンに興味津々のマナがスルリと私の手をすり抜ける。


「とても大きい」


 だーもう!! 大きいのは分かったから! アンタが感心してるのはもう充分分かったから!


 まったく空気の読めないマナは右から左からペタペタとドラゴンを触ってその大きさにウットリしている。


「あたし、こんな大きいひとに会ったのは初めて。すごいねー大きいねー」


『……牙1本でお前の身体を貫く事も容易いぞ』


 ほらぁ!! ついにドラゴンもお怒りだよ!


 ドラゴンから発せられた威嚇の台詞に、私とシホの額からぶわっと冷や汗が溢れる。


「す、すみません! この子バカなんです! 空気読めないんです! 今すぐ連れ帰りますので!!」


 けれど、言われた張本人は遠まわしに『ぶっ殺す』と言われた事がてんで分かっていないようで


「お風呂に入るのは大変ですか?」


たいそう純粋な好奇心でそんな事を質問しているからどうしようもない。


「マナ! もう行くよ!!」


 業を煮やした私がマナの首根っこを掴んで連れて行こうとした時。“グ~”と軽快な音がマナのお腹から響き渡った。幽界なのに。ここアストラル界なのに。お腹減らないはずなのに。


「鳴ってしまった」


 照れて笑うマナを、私はもはや唖然と見ていた。ドラゴンに恐怖せず、幽界でお腹を鳴らせるこの子はもしかして人間じゃないんじゃなかろうか。

 

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