先生、ホウキが飛びません!3
午後。6時限目の授業、基礎魔法。今日は物体浮遊のSTEP2だ。基礎中の基礎。けれどこんな簡単な事も出来ず未だにホウキに乗れないヤツもいるんだけどさ。
「じゃあ今日は一度に複数の物を浮かせてみましょう」
笑顔が優しい初老の女性教師、キャサリンが言う。いつも黒いワンピースに黒いショールを羽織った彼女は見るからに魔女って感じ。
生徒達が机の上に置かれた数本のペンを次々と浮かせていく中。
「先生! 浮きません!」
案の定と言うかなんと言うか。私の斜め後ろの席から元気良く落ちこぼれ宣言が発された。
「あらあ、高浜さん、やっぱり無理?」
「ビクともしません!」
白髪交じりの頭を抱えるキャサリン先生を見ながら、教師も大変だなと同情する。
「高浜さんは浮遊魔法に向いてないのかもしれないわねぇ……」
いや、先生。コイツは魔法全般に向いてないですよ。いっそそう言ってあげた方が親切な気がして来た。
「まずは深呼吸をして……そうそう。それから目を閉じて自分の中に色が渦巻くイメージをして、それが魔法力よ。そうしたらその色をゆっくりと指先に集めて……」
へえ、魔法ってそうやって使い始めるものなんだ。先生の説明を聞きながら感心してしまった。物心ついた時からビュンビュン魔法を使っていた身としては、そうやって集中した事なんか無かったから。
けれど悲しいかな、マナの机の上のペンは一本たりともピクともしない。
「うーん、うーん、動けー」
本人は顔を真っ赤にして必死にやっていると言うのに、ペンときたらそしらぬ顔だ。可哀想だから一本くらい動いてやれよ。てか、マナもそんなに力むな。魔法ってそういうもんじゃないから。
自分の机の上のペンを宙にブラブラ浮かせたまま横目でマナに注目していると。
「せんせー!全部天井にささっちゃいました!」
最後列の席のシホがこれまたアホな発言をしてクラスを騒つかせた。
見ればシホのペンは見事に天井にブッスリとめり込んでいる。出たな怪力系魔法。あのちっこい身体のどこにそんなパワーがあるんだ。
「あらあらあら。困ったわね。とりあえず全部下ろしましょう」
「はーい……あれ?三本足りない」
席に駆けつけた先生に言われペンを下ろしたシホが天井の穴と手元のペンの数をキョロキョロと見比べる。
……嫌な予感がする。そう思った次の瞬間。
「ぎゃああああ! お尻が! お尻があああ!!」
「しっかりして山田さん! 今保健室に連れて行ってあげるからね!」
バタバタと上から階段を駆け下りてくる足音と、女子生徒の悲痛な叫び声が廊下に響き渡った。その声が教室にまで届き、キャサリン先生の顔が青くなる。
何が起きたか把握していないシホは天井の穴を覗き込みながら「おっかしーなー」と首を傾げている。
この後、キャサリン先生が上の階の生徒にペコペコと頭を下げる様子を想像し、私は絶対に魔法学科の教師にだけはならないようにしようと堅く胸に誓った。