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2-1

 とあるマンションの一室。レギは鼻歌交じりに鍋をかき回す。

 トン、トン。とリズミカルに爪先でフローリングの床を叩き、小皿にシチューを入れて味を見る。

 牛乳と生クリームのまろやかさと根菜類の甘みが見事に重なり合い、肉から出た旨みがしっかりと効いているが、重くわない。むしろ、もっと食べたいとお腹に訴え掛けてくる。


「うん、美味しい」


 シチューの味に満足すると鍋の火を止め蓋をして、前掛けを外すと腕に抱えながらダイニングルームへ移動する。

 スリッパが床に擦られ、時計の指針が動く音が部屋に響き渡る。レギは腕に抱えている前掛けを、椅子の背もたれに掛けてから席に着く。


「まさか誰かのために料理を覚える日が来るなんて……ふふ」


 馴れない料理のせいで腕や背中が疲れた。けれど、その疲労感が心地よい。レギはテーブルに突っ伏すと、頬を緩めて昔を思い出す。

 初めてイチと出合ったときは映画のようなワンシーンだった。その時の事は覚えていないが、ハッキリと覚えている気持ちならあった。

 それは彼が気にくわなかったと言う感情だ。イチが何かしら迷惑をかけたわけでもない。

 ただ生理的に受け入れるとこができなかった。

 彼にはなんの落ち度もないし、罪もない。

 レギ自身その事は頭では解っていたが、どうしても心が受け入れらず、何度も酷い事をしてしまった。

 それにも関わらず、お人好しの彼は気にした様子を見せずに、関わり合いを持とうとしてくれる。

 独りぼっちのレギのために。


「本当に子供だったな。何歳児だよ、お前は」


 昔の自分に厳しいツッコミを入れながら、テーブルに『の』の字を書く。思い出したくない過去は沢山あるが、それよりも素敵な出来事の方が一杯あった。

 自身の黒歴史を忘れる為に、レギは素敵な出来事だけを思い出す。口をだらしなく弛緩させ「うへへへ」と、洩しながら――。


 思い出なのか、妄想なのか、虚実が入り交じった自分の世界から帰ってくると、時計の針は九時を指していた。

 料理の準備できているが、肝心のゲストが居ない。レギは時計に目を配りながら、新しいテーブルクロスを取りだす。

 新品のレースのテーブルクロスを敷き、テーブルの中央にはキャンドルスタンドと花瓶を置く。

 飾る花は青いイチハツにした。これと言った理由はないが、只単純に名前が気に入ったからである。


「準備はできけど……遅いなぁ~。厄介ごとに巻き込まれていなければ良いけど」


 お人好しの彼のことを心配していると、来訪を告げるチャイムが鳴る。


「やっときたんだ。はいは~い、今行きますよ~」


 嬉しが抑えきれずに、顔がにやける。パタパタとスリッパの音を出しながら玄関へと向かい、扉を開けると、イチが立っていた。

 ずぶ濡れの状態の彼は全身を震わして言う。


「お、お風呂……貸して。切実に!」


 真っ青な唇から縋る様な声が漏れる。

 しかし、レギの視線は彼が背負っているものへと向けられていた。


「そっか……クリスマスの日だったのか」

「誘拐とかじゃないぞ! それよりも部屋に入れて!」


 呆けているレギに声を荒げて言うと、彼は表情を切り替えて部屋へと案内した。



★☆★



 熱いシャワーが全身に染み渡っていく。感覚が無くなっていた手足にしっかりと熱が戻り、握ったり開いてりしながらイチは呟く。


「げせぬ」


 先ほど部屋の中へと案内されたイチ。背負っている少女はゲストルームのベットへ寝かし、この子の着替えなどの面倒はレギがするというので、イチは風呂へと案内された。

 あまりの寒さに思考回廊がまったく働いていない彼は、その申し出に飛びつい多のである。

 そうして、人心地がつき心に余裕が生まれると、レギの言っていた言葉が甦ったのだ。


『着替えさせておくから――』


 着替え。つまり服を脱がして、新しい服を着せる。

 そういえば彼女もずぶ濡れだった。タダ服を着させたら風邪を引いてしまう。

 そうならないように、体を拭くしかない。全身を隅々まで――。


「何て言うか……動揺してなかった。自分があの子の面倒を見るのが当たり前って感じで。まさか……馴れているのか!」

 

 悶々とした感情がイチを襲う。

 確かにレギは容姿ともに性格も良く、女子にモテる。彼女は居ないはずだが、自分が知らないだけでは?

 一人暮らしを為ているので、いつでも女の子を取っ替え引っ替えで家に呼べるのではないか。

 「ただしイケメンに――」と独り言も洩しながらイチは風呂から上がる。

 熱いシャワーと、ふしだらな妄想をしていたためか、その足取りは覚束無い。

 のぼせ気味な状態でタオル置き場からタオルを取り全身を拭いていく。勝手知ったるなんとやら、イチは週末にはよくここに泊まるので、どこに何があるのかちゃんと把握しており、自分の着替えも――。


「あれ、ジャージがない」

 

 学校の机やロッカーに教科書やノートを置いておく置き勉のように、置き服をしているイチ。 

 しかし、その服が無い。

 辺りを探すが見つからず、仕方なしに腰にバスタオルを巻いて廊下へと出る。

 どうせ、男しかいない家なので問題無い。そう、高を括っての行動だったのだが、バスルームから出ると同時に玄関の扉が開けられた。


「え……兄さん?」

「雪華……?」


 青い包装紙でラッピングされたプレゼントを抱きかかえる雪華と目が合う。

 お互い無言で見つめ合っていたのだが、次第に雪華の視線が下へと下がっていく。


「イチ~ゴメン。服無かったでしょ。ちょっと借りてい……て」


 イチの後ろからレギが声を掛けてきた。

 雪華は兄のイチの裸とレギを見比べると、肩を揺らしながら顔を伏せる。


「……です」

「雪華、さん? なにか誤解してませんか?」

「どうしたの雪華ちゃん?」

「不潔です、兄さん! 男同士なんて間違ってます!」


 叫ぶと同時に彼女はプレゼント投げつけてると、マンションの一室から飛びだしていった。

 慌ててイチも追いかけようとするが、レギが腕を掴んでその行動を止める。


「レギ離してくれ! このままだと俺の兄としての立場が!」

「あ、落ち着いてイチ。とりあえず、下を見てよ、下を」


 雪華への誤解を解く方法を考えながら下を見ると、いつのまにかタオルが落ちていた。

 その事に気づいたレギは友人を露出狂にしないために止めたのだ。

 けれど、それはそれ、コレはこれ。感謝はしているが、いくら同性とは言え恥ずかしい。

 両手で局部を隠すと大きく息を吸い込み――。


「ウワァァァァ!!」


 と、羞恥の悲鳴を上げるイチに、頬を染めてそっぽを向くレギはジャージを押しつけて背中を向ける。時折、少しだけ振り返りながら。

 しかし、動揺しているイチは気づくことなく、バスルームへと飛び込むのであった。

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