1-5
アクセサリーショップから飛び出したイチは、膝に手置きぜぇ、ぜぇと息を吐く。
澄み切った冬の空気が肺一杯に入り込み、身体中に酸素が行き渡る。
呼吸が整い精神的に落ち着くと、今まで見えていなかったものが見えてきた。
膝に置いてある手にはケーキの箱が逆さまで握られており、横を通り過ぎる人達の視線が痛い。
またもや走って逃げ出したいイチだが、そんな事をすれば更に注目を集めることになるだろう。
それにまだ義妹へのプレゼントを買っていない。
「ふぅぅ~、よし!」
大きく息を吐き、さも何事もなかった。と言わんばかりの表情で歩き出す。顔を真っ赤に染めながら。
周りの人達も一年で一番ロマンチックな時間を、赤の他人に使いたくないらしく、イチからは興味をなくしたようだ。
そんな事など知らないイチはぎこちない足取りで考える。
後日改めて指輪を買うにしても、プレゼントがないのは頂けない。されど、お金を使ってしまったら――。
★☆★
「ありがとうございました~」
にこやかな笑顔で送り出されるイチの小脇には、赤い包装紙でラッピングされたプレゼントを抱えていた。
散々迷ったあげく、たまたま目に付いた赤いマフラーを買うことにしたイチ。
これから寒さが一段と厳しくなるだろう。そもそも雪華は受験生であり、健康を第一に考えなければならい。
千円で買ったマフラーを見つめながら、安物のプレゼントに対する免罪符を切るイチ。
「何かほかに買うか?」
独り言を呟きながら歩いていると派手なイルミネーションで屋台を飾る露天商があった。
複数のカップルがアクセサリーを手に取り、楽しそうに話している。
そう、またアクセサリーである。イチは嫌な事を思い出したのか、顔を青くさせながら横を通り過ぎるが、どうしても気になり、チラリと窺う。
どうやらこの屋台には指輪はなく、シルバーチェーンなどネックレスが主体のようだ。
安堵のため息を洩し視線を彷徨わせていると、カップルの一人が手にもつ商品が目に入る。彼女が持つチェーンには紛れもなく穴の空いた輪っか――指輪が通されていた。
それが目に映ると同時に、体がヒクつく。もはやトラウマになってしまったが、義妹が欲しがっていた指輪だ。
指にははめないが指輪である。しかし、心理的に買うのを躊躇ってしまう。
どうするか迷っていると、屋台に張られているPOPが背中を押してくれた。
『どれでも一律1000円です』
トラウマとかどうでも良くなったイチはフラフラと野口さんと一緒に屋台へと吸いよされていく。
「あっした~!」
小さな包装紙をポケットにしまい込み、歩き出すイチ。大分時間が立ち、早く友人宅へ向うために近道をすることに。
煌びやかな繁華街を抜け、街灯だけの明りが頼りの道を歩く。先ほどまで幻想的なイルミネーションが嘘だったかかのように、周りには建物がない。
替わりに木がやたらと目に付いてきた。
ここは、街の名物の自然公園だ。小さな山を中心に広大なレジャースペースが広がり、週末には家族ずれで賑わい、キャンプ場としても人気だ。
池にはボートの貸し出しや、小さな山の山頂への道のりは綺麗に舗装されており、ハイキングにもうってつけ場所である。
そんな自然公園を囲むように繁華街と住宅街と分かれている。そのため、この公園を突っ切るのが一番の近道なのだ。
しかし、市の予算が不足しているのか公園内の街灯は少ない。それに設置されている街灯も一個おきに消されている為、この公園を夜利用する人は少ない。
風が吹けばザワザワと木々が揺すれあい、木の葉が落ちる音も聞こえる。
不気味な雰囲気を漂わせているのだが、イチは平然と歩く。自分の足音だけが周りに響き、呼吸する音も自分だけだ。
落ち葉を踏みしめて、自分の音を楽しむ。イチの周りに居る人達は皆が個性的で、彼の存在感が薄れてしまう。
けれど今は、何もかもが自分を引き立ててくれているようで、イチは夜の公園が好きだ。
公園の中程まで差し掛かると池が見えてきた。
太陽の日差しをキラキラと反射する綺麗な水面はそこにない。どこまでも沈んでいきそうな薄暗い黒に支配されている。
イチは池の柵まで近づき、外周を歩く。すると段々と黒い水面につきが映り出す。
少し場所を変えれば、月を見下ろすことができるこの場所は彼のお気に入りだ。
しばらく月見をしていると、一筋の光が横切った。
流れ星だ――。
「もしかしてサンタかもな」
と、言いながら夜空を仰ぐ。しばらく見ているとまた一筋の光が落ちた。
イチは直ぐさま目を閉じて叫ぶ。
「サンタさん、彼女欲しいです。彼女欲しいです。彼女が欲しいです!」
風情もへったくれもない、心からの願い事を叫ぶイチ。
こんな事をしても無駄だとは解っている。解っているのだが、もしかしたら――。
「アレ?」
余りここで時間を潰すわけにも行かないので帰ろうとすると、不思議なものが見える。
それは流れ星の様な儚い輝きでない。ゆっくりとだが確実にこちらに近づいてきている。
イチは鞄からスマホを取り出して、カメラアプリをムービーに切り替えて画面越しに見つめていた。
「人? イヤイヤイヤ、それはない。まだUFOって言われた方が信じられるだろ」
独り言を呟きながらデジタルズームで捉えた画像に首を傾げる。
高倍率のレンズがないので画像は荒いが、人と言われれば人に見えた。
柵に手を置き、イチは身を乗りだしながらスマホに集中する。ズームモードをゆっくりと等倍に戻し、スマホを下ろして肉眼で見る。
「……ヤオじゃねえよ、俺は」
混乱しているのか、意味不明なことを呟きながら息を飲む。イチの目の前には綺麗なブロンドヘアーを靡かせた女性が仰向けで眠っている。それも宙に浮きながら。されど、彼女は確実に降下している。
イチの目線よりも下へと落ちていき、池の水面に水着した――かと思えば、池の水は球体を描くように少女を避けていく。
そんな奇妙な光景をイチは固唾を呑んで見つめており、少女が完全に見えなくなると、ようやく頭が再起をしはじめた。
「暢気に見ている場合じゃねえよ!」
叫びながらケーキやら鞄と言った荷物を放り出すと、イチは柵を跳び越えて池の中へと足を入れる。
冷たい。氷は張っていないが、十二月の水温は下手しなくても死ねる冷たさだ。
そんな中に少女が落ちた――その事実が、イチを突き動かし寒さを堪えて泳ぎ出す。
暗い水の中で少女を見つけ出せるか心配だったが、少女自身がぼんやりと青い光を放ちながら輝いている。
目印は見つけた。後は時間との勝負だ。イチは必死に平泳ぎで水を掻いて進み、少女の元へと辿り着く。
少女の周りには謎の空間ができており、水には濡れていない。そのせいで彼女に触れることができるのか判らず、イチは恐る恐る手を伸ばす。
水と同様に弾かれる事は無い。それを確認するとイチは少女の腰回りに腕を絡め、急いで水面へと向う。
呼吸も苦しくなり、段々と少女を守る球体が狭くなってきた。
やっとの思いで水面へ出ると同時に球体は消え、水が一気に少女へと襲いかかる。
全身に刺すような刺激が少女を襲うが、起きる気配はない。
逆にそれが良かった。もし水の中で暴れられもしたら二人とも溺れてしまう可能性がある。
やっとの思いで岸に辿り着くと紫色の唇でガクガクと体を揺らすイチは、赤いパーティードレス姿の少女を見て悩む。
「どうしよ、本当にどうしよう」
悩んでても結論はで無い。
それどころか、水浸しのままだと風邪を引くどころの話しではすまない。
イチは少女を背負い歩き出した。