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すっかりと日が落ちた繁華街を煌びやかなイルミネーションが彩る。
街路樹のイチョウの木には青と白を基調としたLEDでライトアップされ、爽やかさと幻想的な雰囲気を醸し出す。
道行くカップルらは携帯端末で写真を撮ったり、手を繋いで眺めている。
そんな中をイチは一人で歩く。
すでに時刻は午後八時を過ぎており、ケーキ屋のバイト終わったのだ。
そして日雇いの仕事だっため彼の手には茶封筒が握られている。途中でサボっていた分を差し引かれ支給された額は五千円。
初めてのアルバイト言うこともあり、この額が多いのか少ないのかイチには分からないが、満足感は得ている。
ケーキを持つ手も自然と大振りとなり、スッキップをしながら帰りたい気分だが、そうはいかない。
まだ義妹に贈るプレゼントを買っていないのだ。
イルミネーションに目を奪われている人達とは対照的に、イチはお店に視線を向けながら歩いていると、ある店に目を奪われて足を止める。
店頭に設置されたガラス張りの向こう側には何台ものショーケースが置かれており、その中には幾つもの指輪が輝いている。
イチは思わずショーウィンドーに張り付き指輪の値段を見て息を飲む。
「これなら買えるな」
ティーン向けのアクセサリーショップなのか、イチが貰った給料で買える額だ。
しかし彼は生まれてこの方アクセサリーなど買った事がない。
指輪を買うなど大人がすることで、自分にはまだ早いんじゃないかと考えれば、お店に入るのを躊躇してしまう。
学生服に身を包む若者が店の前で悩んでいる姿を見れば、通行人達は微笑ましげに、どこか応援するかのような視線を飛ばしてくる。
力や賢治、レギに雪華と言った個性的な彼、彼女ならこんな視線など気にしないであろう。
けれど、ごく一般的な、特に目立つこともないイチには周りからの視線に耐えられず、お店の中へと逃げ込んだ。
「大丈夫。ちゃんとお金もあるし買える。それに雪華も指輪が欲しいって言ってたし……頑張れ俺」
先ほど雪華が小声で呟いて言葉をちゃんと聞いていたいイチは、自分を鼓舞しつつ店内を見てまわる。
お店の中にはクリスマスソングがかけられており、複数のカップルが身を寄せ合って商品を眺めていた。それもイチと同年代だろう。
ここに居ては精神衛生上、物凄く悪い。商品に夢中になっているカップル達の背中に嫉妬の籠もった視線を飛ばしながら、店員を探す。
「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」
キョロキョロと店内を見渡しているイチに、お目当ての店員の方から声を掛けてきた。
二十代ほどの女性店員と言うこともあり、少し緊張しながら口を開く。
「あ、あの予算五千円くらいで指輪が欲しいのですが……」
「贈り物ですか?」
「はい、妹にプレゼントです」
「……妹に、ですか?」
バニラ系の甘い香りがする店員さんに、イチはありのまま答えた。
クリスマスの日に妹に指輪を贈る。誕生日ならいざ知らず――女性店員は少しだけ口元を引き攣らせるが、何とか営業スマイルを作り出し言う。
「サイズはいくつですか?」
「へ、サイズ?」
今日初めてアクセサリーショップに入ったので、指輪にサイズがあるなんて知らなかったイチは、思わず漏れた素っ頓狂な声を上げるが、店員は動じない。
近くにあるショーケースから指輪を四つ取ってイチに見せる。
「右から六号、七号、八号、九号になっておりまして、この四種類のサイズがよく売れております」
「じゃあ、九号で」
店員が説明すると、イチは間髪を入れずに九号の指輪を選ぶ。よく解らないので取敢えず大きい九号を選んだ。これなら指輪が小さくて入らないといったは事は起きないだろう。
大は小を兼ねる。そんなことわざがあるので間違いない。などと一人で納得していると、店員さんは首を横に振って言う。
「もしかして、大きいサイズなら指に入らない事はないと思ってませんか?」
的確に頭の中で考えている事を言い当てる店員に、イチは一歩引き下がった。
「もし、この九号を買って、妹さんの指に大きすぎたら「私ってお兄さんには、こんなデブって思われていたんだ」って、落ち込んでしまうかも知れませんよ!?」
とい言いながら店員はイチに詰め寄る。
一先ず言わせて貰いたい言葉があります。決して九号の指輪をしている人が太っていると言いたいわけではないのです。細い指の人に大きいなサイズの指輪を贈るとショックを受けると言いたいわけで――。
そんな話しは置いといて、甘い香りと年上の女性がもつ色香にイチは胸を高鳴らせながら、更に一歩引き下がる。
「もしサイズが合わなければ、返品交換は承っていますが、初めて貰った指輪が合わなかったらショックですよ、本当に!」
妙に説得力のある言葉を吐く店員を見て、きっと体験談なんだな。とイチは考える。
「確かにサプライズプレゼント嬉しいですよ! でもね、でもね、成功しないと独りよがりなの! 今日というクリスマスに捕らわれないで。後日、妹さんと一緒に好きなデザインを選んで買うのが良いと思うの」
目の据わった店員さんは、イチの肩を両手で握り締めながら力説した。どうやら体験談はトラウマができるほど壮絶だったのかも知れない。
肩を揺さぶり、ハァ、ハァ、と息を切ら年上の女性。甘いバニラの香りが鼻腔をくすぐり、顔とかの距離が近い。赤い口紅は艶やかな光沢でふっくらとした唇をコーティングしている。しかし、一切の魅力を感じさせない店員さん。それどころか逆にイチにトラウマを与えそうだ。
現にイチは足をガクガクと震わせながら口を開く。
「あの、その……すみませんでしたー!」
大声で謝ると同時に、店員さんからの呪縛を振りほどくイチ。彼は直ぐさま出口に向き直り、短距離選手が如く、大きく手を上下に振りながら逃げ出した。
手に持つケーキの箱からはベチャン、ベチャンと音を立てながら……。