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1-3

「あれ~雪華ちゃんだ」

「それにお兄さんも!」


 雪華と同じセーラー服姿の女子生徒が声を掛けながら近づいてくる。

 彼女達はクラスメイトなのか、二人の少女の声を聞いた雪華はだらしない表情を一瞬で引き締めて、足下に落とした鞄を拾い上げてから声を返す。


「あら、ごきげんよう」

「雪華ちゃん無理しすぎ!」

「大好きなお兄ちゃんとラブラブのところ~邪魔しちゃってゴメンね~?」


 必死に取り繕うとしている雪華を見て、背の低いポニーテールの少女は舌を出しながら冷やかし、その隣にいるミディアムボブの少女は、おっとりとした口調で片目を閉じながら謝った。

 しかし、友人である雪華からしたら彼女の仕草は絶対に謝っているものではなく、完全に冷やかしているものだ。

 自身の痴態を見られたと思えば、雪華はプルプルと肩を震わせて俯き、イチは笑いながらその頭を撫でる。


「雪華はまだまだ子供ぽいな~」


 友人にからかわれている義妹を見て微笑ましく思っていると、二人の少女は鞄からスマホを取り出しながら言う。


「そんな事ないですよ~お兄さん」

「そうだよ、雪華ちゃんはお兄さんが居ない所では本気出すから!」


 などと言いながらカメラアプリを起動させると、速写モードに切り替えて、口元と目頭をだらしなく垂れ下げている雪華へと向ける。

 カシャカシャカシャカシャ五月蠅いなか、先ほど二人が言った言葉が気になるイチが問いかけると、


「ちょっと待って下さい、お兄さん! あはは、雪華ちゃんのレア画像!」

「ふふふ~クラスの男子が見たら大変な事になりますね~」


 撮影にかかりっきりだ。

 しばらくして、二人は充分に堪能したのか満面の笑顔でスマホを弄り、写真を保存しているフォルダから画像を選ぶと、それぞれが端末のディスプレイをイチに見せてくる。

 二人が見せる画像は同一人物だったが、イチは首を傾げて聞く。


「すごく綺麗な人だけど、誰?」

「え?」

「あの~冗談ですよね?」

「いや、冗談も何も……雪華に似てい……もしかして雪華!?」

 

 二人のディスプレイに写し出されているのは、確かに雪華だった。

 長い黒髪に白いカチューシャとセーラー服姿。この三つは共通するのだが、画像の雪華は眼鏡を掛けている。

 眼鏡一つで義妹だと認識できなくなるのか? と、言われればそうではない。イチが困惑したのは眼鏡よりも表情だ。


 普段イチが目にする雪華はフニャフニャと口元を緩め、目頭も垂れ下がっている状態なのだが、画像の彼女は引き締まった口元に、つり目がちでカメラを睨んでいる姿は年上かとさえ思ってしまうほどだ。

 あまりのギャップに驚いていると、二人の少女は笑いながら雪華に話しかける。


「雪華ちゃん! 聞いた、聞いた? お兄さんがこの人、綺麗だってよ!」


 と言いながらポニーテールの少女は、未だにふやけた顔の雪華にスマホを突き付ける。

 友人がグイグイとスマホを押しつけてくるので、鬱陶しそうにしながら半目で見るなり「え? 兄さんが……え、ウソ!?」と、戸惑いながら呟く。


「ほらほら~証拠ですよ~」


 雪華の反応が面白いのか、のんびりした口調の少女はクスクスと笑いながら、胸ポケットに入れていたボイスレコーダー抜き取って再生ボタンを押す。


『すごく綺麗な人だけど、誰?』『すごく綺麗な人だけど、誰?』『すごく綺麗な人だけど、誰?』


 なんでボイスレコーダーを持ち歩いているんだとツッコミを入れたいが、何度も何度も同じ台詞が繰り返し再生され、発言元のイチは妙に照れくさくなり、それどころではない。

 恥ずかしそうに人差し指で頬を掻いていると、雪華は鞄の中を漁り眼鏡ケースを取り出し満面の笑顔で眼鏡を掛ける。


「どうですか、兄さん!」

「うん、可愛いよ」

 

 眼鏡を掛けた雪華は二人の少女が見せた画像の様に目つきを鋭くさせるのだが――どうしてもイチの前だと垂れ下がってしまう。

 『綺麗』と言われたいのに普段通りの表情になってしまい、イチもよく言う褒め言葉『可愛い』が出てしまった。

 しかし、『可愛い』でも雪華の乙女心は満たされたようだ。


「へへへ、可愛いですか」

「雪華ちゃん、顔、顔!」

「とっても可愛いけど~雪の華って顔じゃありませんね~」

「雪の華って?」


 両手で頬を押さえてクネクネと身を捩っている雪華。それを面白がって撮影するポニーテールの少女。

 そんな二人を見ながらイチはおっとりした少女に質問をした。


「雪華ちゃんのあだ名? みたいなものですよ~。普段はキリッ! ってしている姿が雪の様に冷たいので~高嶺の花と掛け合わせて雪の華って呼ばれています~」


 雪華の真似をしているのか、おっとりした少女は『キリッ!』の部分で垂れ目がちな目元を人差し指で吊り上げて言う。

 その仕草が微笑ましくて、おっとりした少女の目元に視線を集中させると、彼女は頬を赤らめて言葉を洩らす。


「その~お兄さん、見過ぎですよ~」

「ゴメン、その『キリッ!』が可愛かったから」


 と言いながらイチも人差し指で目元を吊り上げる。おっとりした少女は「お兄さんもカワイイですよ~」と、口元を手で隠して笑う。

 (良い雰囲気になっているな。もしかしたら、いけるんじゃね!?)と、イチが内心で思っていると、後ろからドンドン! と何かを叩く音がした。

 反射的に振り返った先には、ケーキ屋の店員が窓ガラスに顔を張り付かせて、怨嗟の籠もった目で見ている。


 女子中学生達と楽しくお喋りしているイチ君はただ今絶賛バイト中なのである。

 冷や汗を垂らしながらその事を思い出すと、おっとりした少女は申し訳なさそうに言う。


「お仕事中にご迷惑をお掛けしてゴメンなさい」


 ぺこりと頭を下げると、未だ体を捩らせている雪華の腕に自分の腕を絡ませて歩き出す。


「私、今日は兄さんと過ごすから!」

「お仕事中ですから行きましょう~。それに今日は私達と遊ぶ約束でしょ~」

「そうだよ雪華ちゃん! 今日は三人でデートだよ」


 雪華の空いている腕にポニーテールの少女は抱きついて歩く。

 名残惜しそうにチラチラと振り返る雪華に手を振って答えながら、背中に突き刺さる視線をどうしようかと悩むイチであった。

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