1-2
「明日から冬休みだからと言ってハメを外しすぎるなよ。特に力!」
通知表をクラスの生徒に渡し終えると、教壇に立つ教師は力に対して睨みをきかせる。
いきなり名前を呼ばれた彼はキョトンと目を丸くさせて、自分に指を向けると、教師は力強く肯く。
「そりゃないですよ~先生」と、甘えた声で抗議すれば辺りから笑い声が漏れる。
そんな和やかな雰囲気に包まれ一学年の二学期が幕を下ろした。
しかし、生徒達にとってはこれから本番である。
夏休みに比べれば短い冬休みだが、二週間もあり、今日はクリスマスだ。
さらに窓の外を見れば雪も降っている。
はしゃぐクラスメイト達の熱気に煽られ、イチもまた帰宅の準備をしていると、先ほど教師に小言を言われた力と賢治がやって来た。
「イチ、みせあいっこしようぜ!」
「お前の通知表なんて見ても意味ないだろ……」
「兄貴は相変わらずヒデぇーな。それなら体の見せあいっこするか!」
などと言い争う双子を見てイチは笑いながら通知表を渡し、替わりに二人の通知表を受け取る。
まずは賢治の通知表を見ると、思わずため息がこぼれた。体育以外全てが同じ数字で統一されており、尊敬の眼差しを向ける。
次は力の通知表を見るとため息がこぼれた。体育以外が全て同じ数字で統一されており、思わず憐憫の眼差しを向けると、彼は照れたように頭を掻く。
「イチの成績は普通だな!」
「来年は後輩のくせに、生意気だな力」
「いやいやいや、まだ決まってないからね、これから巻き返し――」
「まぁ、良いじゃないか。学年が違えばちゃんと兄弟らしくなるからな、弟」
「アニキ-! 助けて下さいよ、兄貴!」
賢治が死刑宣告をすると、彼の体に縋り付き泣き言を洩す力。必死に二メートルの巨体を引き剥がそうと藻掻く賢治を見ながら笑っていると、教室の出入り口にいるレギが手を振りながら叫ぶ。
「イチー、先に帰っているから、後できてね~」
「レギ君、寄り道しながら帰りましょう!」
「ちょっと、腕を盗らないでよ」
女子生徒達に囲まれながら居室を出る友人を見て、三人は深いため息を零す。
こちらは男同士でじゃれ合っているのに対して、向こうは両手に花束。
「俺達も同じ男なのにな……」
と、イチがポツリと言葉を洩せば、
「だよな。何が違うんだろうな」
力は歯を食いしばって泣くのを堪える。
「俺達は悪くない。そう、悪くない……はずだ」
自分に言い聞かせるように、賢治が言うと、イチと力は力強く肯いた。
現実という厳しい世界を噛み締めながら、三人は教室を後にした。
★☆★
双子と途中までは一緒に帰り、イチは繁華街へと足を運ぶ。
昨日、クリスマスケーキの注文をしてないことに気づいたイチは、慌ててケーキ屋へと足を運んだ。
しかし、一年でもっともケーキが売れるクリスマスイブの日に、予約など取れるはずもない。仕方なしに出来合いのケーキを買おうとすると、サンタのコスプレをした店員が懇願してきた。
『なんでも好きなケーキを作るので、バイトしませんか! お願いします』
『いきなり言われても……』
『お願いします。本当にお願いします』
必死な勧誘を断ることが出来なかったイチは渋々肯いたのだ。
そのため今は、真っ赤な衣装と付け髭をして店の外で呼び込みを行なっていた。
「ケーキはいかがですか~。美味しいクリスマスケーキですよ!」
必死に呼び込みを行なうが、誰一人として足を止めてくる者はいない。
笑顔で横切る人達を見ていると(俺、クリスマスに何やっているんだよ)と、仄暗い気持ちが沸いて出てくる。
「サンタさん、お髭がズレてますよ?」
手が悴むほど外で呼び込みをしていると、一人の少女が足を止めて口を開く。
腰まで届くほどに長い黒髪と、頭に付けている白いカチューシャが印象的な少女。服装はセーラー服姿に黒いストッキング。
彼女は右手を伸ばしてイチの付け髭を直すと、顔を綻ばせて言う。
「お髭もよくお似合いですよ、義兄さん」
「ありがとね、雪華」
彼女の名前は菖蒲 雪華
イチが小学校低学年の頃に母親が再婚してできた義理の妹だ。
初めて会った頃は、人見知りが激しく全然懐いてくれなかったが、今では思春期まっただ中にも関わらず、兄弟仲は良好だ。
だた一つ悩みがあるとすれば、兄弟仲が良好すぎる事だろうか?
最近は何かと義妹からのスキンシップが多くなったと感じるイチ。
ホラー映画を見た夜には必ず、「一緒に寝ても良いですか?」と甘えてきたりして、イチの心を揺さぶってくる。
ちなみに彼女が小学生の頃はホラー映画を笑って見ていた――。
「何だかこうしていると、その……新婚みたいですね?」
自分で言った言葉に白い肌を真っ赤に染めて照れる雪華。
そんな彼女に何て言って返せばいいのか分からないイチは、取敢えず頭を撫でる。
サラサラと細い髪を撫でると、雪華は目を丸くさせて俯く。
「雪華はクリスマスプレゼントで何か欲しいものはある?」
「えぇっと……兄さんがくれる物なら」
「でも……できれば……指輪……とか? ふへへ」と、イチには聞き取れない小声で呟く。
言ってて恥ずかしいのか鞄を地面に落とし、両手で頬を押さえている。
公衆の面前で一人悶える義妹を見て、イチは彼女の将来が心配になるのであった。