2-4
2016/04/06
2-2、2-3は話の展開が性急すぎるので消去して、書き直しました。
2-2改稿版が最新話でございます。
作中の日付の設定も25日のクリスマスから、24日クリスマス・イブに変更でございます。
お手数ですが2-2話からお読みになって頂ければ幸いでございます。
マンションを後にしたイチは赤いマフラーを靡かせて必死に住宅街を走る。
左手に持つ袋の中には、水を吸って重くなった制服が確実に握力を奪い、右脇に抱えるプレゼントは軽いが、腕を振ることができずにいるため、走りにくい。靴に至っては地面を踏みしめる度に水滴が迸る。
そんな最悪のコンディションにも関わらず彼は懸命に走り続けた。
『五分以内に帰ってこい』
と言う、神の言葉を守るため――。
レギの家を出てどのくらい時間は過ぎ去ったのか。あと何分有余があるのか。確認したいイチだが、手がふさがって無理だ。足を止めて荷物を地面に置けば手は空くが、そんな事をするなんてもっての外である。
ならばどうするのか――走るしかない。
「ハッ、ハッ、キツい!」
せっかくシャワーを浴びたにも関わらず、すでに汗だくとなっているイチ。
息も絶え絶えになりつつも、決して足を止めることも、長距離走のようにペース配分もしない。
タダひたすら走り続けてる事数分、ようやく自宅が見えてきた。
二階建の自宅の前に人影が見える。玄関の明りが逆光となり顔は見えないが、直ぐに誰だか気付くイチ。
「一分遅い!」
「ハァ、ハァ、ハァァ~~。母さん、一分ぐらい……良いじゃないか」
荷物を地面に落とすと、両膝に手を置き中腰で息を整えながら、抗議する。
たった一分ぐらい良いじゃないか。こちとらぁ荷物抱えながら走って来たんだぞ。と心の中で抗議をするが、母は甘くなかった。
「何が一分ぐらいだ!」
声を荒げると同時に、イチの頭に衝撃が走る。いきなりの出来事にイチは頭を抱えて蹲ると、彼の母は言う。
「一体全体、門限は何時だい!? 今は何時か言ってみなさい」
「調子にのってすいません」
「次はもっと厳しく行くからね。それと、遅くなるなら電話しなさい!」
これでお説教は終わったのか、母は濡れた制服が入ったビニール袋を手にとって家へと入っていく。
イチは拳骨を落とされた場所を摩りながら、荷物を拾い母の後へと続く。
「……お帰りなさい、兄さん」
家に入るなり、妹の雪華がお出迎えをしてくれた。雪華が早く家に帰るとよく出迎えをしてくれるので、それ自体は珍しくないのだが、表情が問題だ。
何時もなら満面の笑顔を咲かせてくれるのだが、今の彼女の表情は、バイトの時に雪華の友人から見せて貰った画像のそれだ。
年下のはずなのに、圧倒的な威厳を放つ義妹に気圧されていると、汚れた荷物を持つ母が雪華の頭を撫でながら言う。
「雪華ちゃん、甘やかしたらいかんよ。厳しくね、厳しく」
「はい、お母さん」
「ところでイチハツ、なんでアンタの制服はこんなにビショビショになっているのよ?」
「あ、ああ……なんて言うか、池に落ちた」
母の質問に半分だけ正直に答えるイチ。もし正直に本当の事を喋れば「アンタは人を馬鹿にしているのか!」と、雷と拳骨が落ちる事が容易に想像される。
それを回避するため半分しか言わなかったのだが、隣の雪華が口元を手で隠して目を見開く。
「こんな寒い日に池に落ちるなんて……怪我はないのかい? 風邪を引く前にお風呂に入りなさい」
「怪我はないし、さっきもレギの所でお風呂を借りたけど、もう一回はいるわ」
母親は「温かい飲み物を準備しとくから」と言って歩き出す。未だ玄関で立ち尽くすイチは、顔を伏せて動かない雪華に声を掛ける。
「ただいま雪華。それとコレ」
頭を軽くプレゼントで叩いて雪華の胸元に突き付けた。
それを両手で大事そうに抱える雪華は、目尻に涙を溜めてながら顔を上げると掠れた声で言う。
「その……私、酷い事言ってゴメンなさい」
「気にしてないよ」
「ありがとうございます、兄さん。それと……開けてみても良いですか?」
真剣な表情の雪華は大人びて美しく、まさに美人と言う言葉がしっくりくる。だがイチとしては、嬉しそうに表情を綻ばせてプレゼントの包装を外す、年齢相応の幼げな笑顔の義妹が好きだ。
義妹をニヤニヤと見ていると、雪華は包装を綺麗に外して赤いマフラーを見るなり、大事そうに抱きしめた。
「兄さん! ありがとうございます」
「雪華は受験生だからな、これで風邪を引かないようにね!」
「はい、絶対に風邪を引きませんし受験も受かってみせます。まさか……兄さんも私と同じプレゼントをしてくれるなんて……ふふ」
「…………?」
嬉しそうにマフラーを抱きしめる雪華が洩した言葉が気になるイチ。
『兄さんも私と同じプレゼントをしてくれるなんて』とはどう言う事だ? 今つけているのはレギからの贈り物のマフラーで、彼と同じ物を義妹の雪華に渡したのだ。
それと同じと言うことは、雪華の贈り物も赤いマフラーになる。
「兄さんが早速使ってくれていますので、私もつけますね!」
笑顔で首にマフラーを巻き、上目遣いで見つめてくる雪華。
流石に「このマフラーお前からのプレゼントじゃないぞ」なんて非道な事は吐けないが、嘘をつくのも下手なイチは取敢えず、親指を立てて誤魔化した。
「えへへ……おそろいです!」
雪華もまた親指を上げて喜ぶ。眩しいほどの彼女の笑顔が、せっかくのプレゼントをレギの家に忘れてきたという罪悪感を抉ってくる。
いたたまれなくなったイチだが、プレゼントこれだけではない。アクセサリーもトラウマを作りつつも買ったのだ。
早速渡そうとするが、ポケットの中にはない。
それでは、濡れた制服の中かと言われれば――何時ものクセで洗濯する衣類のポケットはちゃんと確認するので、ないはずだ。
「なぁ、雪華……」
「何ですか兄さん?」
ご機嫌の雪華を見ていれば、別にアクセサリーは要らないじゃないかとさえ思える。元々千円の品だったし、痛い出費ではあるが、どうとでもなる。
しかし、マフラー一つでこれ程喜ぶのなら、雪華が欲しがった指輪を贈ればどうなるのか?
ふと沸いてでた興味でもあるし、純粋に義妹の喜ぶ顔も見たい。
「明日、アクセサリーショップに行かないか?」
「へ……?」
「指輪欲しいって言っていただろ? ちょっと早いけど、高校の合格祝いに買ってやるよ」
と言いながら、雪華の頭を撫でて風呂場を目指すイチ。
段々と言っていて恥ずかしくなった彼は逃げ出したのだ。