100円やるから空を飛べ!
「100円やるから、俺を乗せて空を飛べ」
斎谷 諸刃は彼の目の前にいるドラゴンに対してこう言った。
そのドラゴンは諸刃が突き出した手に持っている硬貨-100円玉-をじっと見つめ、今度は目線を諸刃に移して考えた。
こいつは自殺志願者かそれとも馬鹿か、と。
どちらにせよ自分が相手をしてやる必要はないと判断し、その場から飛び去った。
「おー…すっげーいい眺めだなぁ」
突然背中から聞こえた声に驚きそちらに目を向けると、先ほど置き去ったはずの諸刃が乗っていた。
「あ、乗せてくれてありがとな」
そう言って諸刃が手を上げて言った。
ドラゴンは、乗せるとは言ってないし勝手に乗ってきたのだろうと言いたかった。
そしてそこで不思議に思った。どうやってこいつは飛び乗ったのかと。
斎谷 諸刃はディズリール王国の端っこの方の村で生まれた。
農家の家に生まれ、兄弟は兄が2人に姉が1人と妹が2人で、諸刃を含めて3男3女である。
長男は家を継いで農家を続け、次男は商人になると言って村を出て行った。
長女は諸刃と妹2人の面倒を見るからということで近くの町から来たという男からの求婚を断っていたが、じつはこの村の男といい関係だから断ったのではないかと言うのが諸刃と妹2人の見解である。
具体的には2軒隣の家の辻浦家の3兄弟のうちの長男である。
姉と妹2人と一緒という男1人の状態で遊んで(遊ばれて?)いた時の話だが、家のドアを叩く音が聞こえて、両親と兄が不在だったので姉が対応に行った。
それからしばらく妹2人にやはりオモチャにされていたのだが、あまりにも遅い姉の帰りに上の妹が様子を見に行こうと言い出したので、諸刃たち3人は玄関の方へと行った。
そこで見たのは玄関で誰かと楽しそうに話し込む姉の姿だった。
諸刃たちの身長では姉の姿と玄関の向こうの人物の姿が被ってしまって見えなかったのだが、わずかに聞こえる声を頼りに推測し相談しあった結果、辻浦家の長男ということになった。
下の妹が話に混ざろうと向かっていくのを上の妹と諸刃は必死に止め、大人しく元いた部屋に戻った。
部屋に戻ってきた姉に誰だったのかと聞いてみたところ、誰も来てない気のせいだったみたいだという謎の返答だった。
下の妹が辻浦のと言いかけたところで諸刃たちが口を塞いだのだが既に遅く、姉は顔を真っ赤にしながらこっそりと聞いていた諸刃たちに怒った。
しかし否定はしなかったので、諸刃たちの結論として辻浦家の長男に決まった。
それからしばらくして姉が諸刃たちの予想通りに辻浦家の長男と結ばれた頃。諸刃は密かに抱いていた冒険者になりたいという夢を両親に話した。
恥ずかしかったのでまだ家にいる長男と妹2人には言ってなかった。
ダメだと言われるだろうなという諸刃の考えをあっさり裏切り、両親はやれるだけやってみなと言った。
ただし条件として最低でも2ヶ月に1度は無事を知らせる手紙を書くことと言われた。
それに頷き、嬉しさを胸に自室-と言っても兄弟全員が同じ部屋なのだが-に戻ろうとすると、父が近づいてきて彼女ができたら俺に見せに来るようにと囁いて去って行った。
もちろん諸刃はそんなことをする気は無かった。
17歳になった日、諸刃は家を出た。
妹たち2人-特に下の妹-は寂しがって、一緒に行くと言いながら諸刃の腰に抱きついてきた。
それを諸刃と姉と長男と両親、つまり上の妹以外の全員でなんとか離した。
不貞腐れて部屋にこもってしまった下の妹に苦笑しながら、そして涙を浮かべながら絶対に帰ってきてよと言い睨むようにこちらを見る上の妹を含めた家族に見送られて、諸刃は王都に向かった。
冒険者になるためには冒険者組合に登録する必要があり、それができる場所-冒険者ギルド-は各国の首都にしかなかったからだ。
諸刃の村が王国の端っこにあったとは言え、ディズリール王国自体が小さかったため王都には2週間ほどの旅で着いた。
王都まで向かう馬車に乗ることができる街まで徒歩で3日、その馬車が街に来るまで2日、馬車に乗って王都まで9日である。
諸刃が王都に着いて最初に行った場所は冒険者ギルド……ではなく宿屋だった。
諸刃としてはギルドに真っ先に行きたかったのだが、馬車を護衛していた冒険者にこれから冒険者になるために王都に向かっていると話したところ、先に宿を探した方が良いとアドバイスを受けたのだ。
もし詳しく聞いていれば、飯がうまい宿屋は空きが埋まるのが早いからという今の諸刃にはわりとどうでも良い理由が聞けたのだが、諸刃は先輩の言うことなのだからと盲信したためそれを知らずにその冒険者に勧められた宿に向かった。
現在は商店街ならぬ露店街という形容が合いそうな場所を歩いているところだ。
「はぁ〜これが王都か…なんか建物ばっかりだな」
「おい、にぃちゃん。王都は初めてか?」
キョロキョロと辺りを見渡しながら歩く諸刃に屋台で串焼きを売っている男が声をかけた。
「ああ、俺、冒険者になりに来たんだ!」
「そうかそうか。俺も若い時は冒険者に憧れたからなぁ…ところでにぃちゃん、腹は減ってないか? 俺んとこの串焼きは絶品だぞ」
「腹はあんまり減ってるわけじゃないが、これも何かの縁ってことで1本……いや、2本くれ!」
「まいど!」
1本300円となかなか高い値段だったので迷ったが、絶品という言葉と今後世話になることがあるかもしれないという意味を込めて諸刃は2本買った。
屋台の男が諸刃の注文を受けてタレに浸してある肉を串に刺して焼き始めると、周囲に食欲をそそるいい匂いが広がった。
この匂いを常時撒いていれば集客につながるのだろうが、露店の中にはアクセサリーや布類を売っているものもあり、匂いがついてしまわないようにということで売る時にしか焼けないのである。
「すげぇ旨そうだな!」
「だろう? でも食った時はそれ以上だから期待してな!」
焼いている肉にタレを塗ったり火加減を調節したりという作業を待つこと数分、ついに諸刃にそれが手渡された。
焼きたての串焼きから漂う匂いは食欲を刺激し、諸刃は堪らずにかぶりついた。
「うっめぇ〜!!」
口の中に広がる甘辛いタレと肉汁が諸刃にパンでも米でもいいから炭水化物を寄越せと訴えかける。
また、肉の表面はタレが少し焦げ付く程度に焼かれているも中はミディアムレアと言った具合の完璧な仕上がりが、匂いだけではないという男の言葉を示した。
「にぃちゃん、実はパンも一緒に売ってたりするんだが…」
「買う!」
「まいどあり!」
諸刃が肉を頬張りながら周囲を見渡したあたりで男がパンの売り込みをした。
パンの方は肉と合わせて食べることを考えてか少し固めになっており、切って間にこの肉と野菜を挟んで食べれば、それはもう至福のひと時を過ごせるだろう。
さすがに野菜までは取り扱っていないようだったが、パンと肉だけでも十二分だった。
「おっちゃん、いつもここで売ってるのか?」
食べ終えて満足そうな笑みを浮かべながら諸刃が尋ねた。
「まあ、大体はここで売ってるな」
諸刃はその男の返答に嬉しそうに頷くと、「じゃあまた来るよ」と言って目的地である宿屋に向かった。
冒険者が勧めた宿屋の外見は定食屋といった方が正しそうな風貌だった。
しかし諸刃はそんなことを気にすることもなく、入ると同時に「1人4泊ね!」と言った。
1階で食事をしていた客達は入ってきて突然そんなことを言った諸刃に唖然としていたが、宿屋の主人は落ち着いた様子で諸刃を2階の空いている部屋に案内した。
それを見た客達も我に帰るとそれぞれ食事に戻った。
諸刃が案内された部屋はベットが一つあるだけの簡素な部屋だった。
「ここではトイレは1階にあるものを共用で使ってもらう。洗濯や体を拭くための水が欲しい時は1階に降りてきて俺に言ってくれ」
「わかった」
「宿泊料金は先払い、追加で止まる場合は出て行く前に追加分をまとめて支払ってもらう。何か質問はあるか?」
「いや、それで十分だよ」
諸刃がそう答えると宿屋の主人は諸刃に鍵を渡し、4日分の宿泊料金を受け取ってから1階の食堂に戻っていった。
残された諸刃も冒険者ギルドに行くために1階におり、宿を出た。
諸刃の泊まる宿と冒険者ギルドはあまり離れておらず、徒歩で20分ほどであった。
馬車を降りてから宿に着くまで2時間かかったことに比べればかなり近いといえるだろう。
冒険者ギルドの前に立った諸刃は期待に胸を躍らせ、ギルドの中を想像していた。
諸刃の頭の中では酒場で呑んだくれる厳つい顔ながらも弱っちぃ冒険者が、美人な受付嬢に登録手続きを頼んでいるところに絡んできていた。
諸刃にその冒険者を倒す力なんて当然なく困っているところを、かっこよくて強い冒険者が助けてくれるのだ。
それを見ていた受付嬢と諸刃はその冒険者に惚れて……といったところで現実に戻ってきた。
そして気合を入れ直してドアを開けた。
中は諸刃の想像とは全く異なり、つい最近張り替えたような感じの綺麗な内装で、1階には受付、吹き抜けのために1階からも見える2階は酒場というよりもオシャレなカフェといった雰囲気だった。
一瞬場所を間違えたかもしれないと思った諸刃だが、受付のすぐ側にあった依頼掲示板をみて間違いではないことを理解した。
気を取り直して受付に向かう。
「冒険者登録したいんだけど」
「あ、新規登録の方ですね。ではこちらの用紙に必要事項を記入して提出してください。その際に登録料の2500円を一緒に支払っていただきます」
そう言って受付嬢が登録用紙を取り出した。
諸刃は用紙を受け取り、氏名・年齢・住所を書き込んで拇印を押し、登録料とともに提出した。
「はい、確認しました。冒険者証を発行しますのでしばしお待ち下さい。もし能力の確認などがお済みでなければ追加で500円お支払いただくことで、発行までの間にできますが?」
「あ、じゃあお願い」
諸刃はそう言って500円払った。
ここでいう能力とは世界人口の約半分が持っているとされている特殊な力で、遺伝によらずに50%の確率で持って生まれてくるとされている。
内容もバラバラで、右手の親指の爪が伸びやすいというわけのわからないものから如何なる魔術も自由に使え近接格闘においては無類の強さを誇るといった超人的なものまである。
つまり能力は50%という高確率で得ることができるが、実際に役に立つ素晴らしい能力を手に入れられる確率となるとかなり厳しいものになる。
能力の有無や詳細というのは持っている本人であっても教会や神殿、そして今諸刃のいるギルドで儀式を行わなければ知ることはできない。
儀式と言っても"鑑定"系統の能力を持った人物が見て、それを教えてもらうだけなのだが。
ともあれ、そういうわけで諸刃は自分に能力があるかも知らないので確認を頼んだのだ。
「では、こちらに来てください」
諸刃はそう言ってカウンターを出て歩き出した受付嬢の後を追った。
連れて行かれた先は怪しい占い師が開いている占い屋といった雰囲気のテントだった。
「…これってギルド公認の鑑定師のやってるところなんだよね?」
「はい。見かけは…これですが、腕は確かですよ」
受付嬢もテントから漂う怪しい雰囲気についてはフォローできなかったようだ。
受付嬢がテントに入って行ったので、諸刃も続いて中に入る。
中もやはり怪しい道具が並べていたりと胡散臭さに満ちている空間だった。
そして何より中で待ち構えていた人物も変な模様の入ったフードのついたコートを羽織り、『半袖って寒くね?』と胸のあたりに書かれた長袖と自作と思われる膝上までの長さのジーンズを履いていた。
少なくとも一緒に街中を歩くのは遠慮したい格好である。
「更紗さん、能力の鑑定の方をお願いします」
受付嬢がその人物-佐々木 更紗-に言った。
「わかった。じゃあ少年、右手を出して」
諸刃は更紗の、格好からは考えられないほど綺麗な声による指示に従って右手を差し出す。
すると更紗は諸刃の右手の甲を愛でるように撫で始めた。
更紗の手はすべすべで触られている感触自体は不快ではなかったのだが、息を荒らげている様子は気持ち悪かった。
しかしこれも鑑定には必要なことなのだろうと諸刃は耐えた。
「ふむ、久しぶりに若い男の子のお客さんで嬉しいよ。それじゃあ手の感触を楽しむのはこれくらいにして、鑑定を始めようか」
受付嬢が止めなければ、諸刃は更紗を気がすむまで殴っていたことだろう。
それを更紗が楽しそうに笑っていたを見て、受付嬢は次は止めないことに決めた。
それ以上余計なことをすることもなく更紗は鑑定を終えた。
「鑑定結果を伝えるよ。少年の能力は…」
「俺の能力は?」
諸刃はゴクリと唾を飲む。
「"100円玉を差し出して願いを伝えるとそれが叶う"という能力だね」
「……は?」
「条件がいくつかあるんだけど…紙に書いてみせるから、ちょっと待っててね」
そう言って更紗が机の下から降りだした羊皮紙に書き込み始めた。
曰く、能力は"100円玉を相手に差し出して、してほしいことを伝えると叶う"というものである。
条件は
1.差し出すのは100円玉でなくてはいけない
2.相手が生物無生物にかかわらず使用できるが、相手に伝わらないといけないのでそれに伴う言語や方法を習得していなければならない
3.相手に断ると言われた場合それは叶わず、差し出した100円玉は相手のものとなる
というものだった。
諸刃がその紙を読んでいると更紗が話しかけてきた。
「これを教えてもいいのか迷ったんだけど…まぁこれも鑑定の一部ということにしとくよ。この条件の3つ目には穴があってね、断ると"言われた"ら叶わないけど、返答がなかった時は承諾したこととして認められるみたいなんだよね」
「つまり…断ると"言われ"さえしなければいいと言うこと?」
「そう。馬鹿みたいなお願いをして相手にされなかった場合は、その馬鹿みたいなお願いが叶っちゃうってこと」
「ふ〜ん…」
「ふ〜ん、て…これって使い方によってはすごい能力だと思わない?」
「すごいっちゃすごいけどさ…結局、断られたら意味ないんでしょ?」
「…はぁ」
諸刃の反応に更紗はため息をつき、受付嬢は苦笑していた。
「冒険者証に能力を記載するかどうか選べますが、どうしますか?」
依頼を受ける際には能力を記載したほうが適正かどうかという判断材料になるため、有利に働くことが多い。
しかし、自分の手の内を晒すことであり、使えない能力だった場合は逆に不利に働くことになるために記載しないこともある。
それが使えない能力の持ち主であることの証明にもなってしまっていたりするのが現状だ。
「う〜ん…載せちゃってください」
諸刃は家族に見せる時のことを想像してそう言った。
「かしこまりました。ではギルドのほうに戻りましょう」
そう言ってテントを出る受付嬢に続いて諸刃もテントを出る。
その際、更紗が「少年、何か困ったことがあったらまたおいで。お姉ちゃんのお願い聞いてくれたら、力になってあげるからね」と言っていたのだが、諸刃の頭の中は冒険者証のことでいっぱいで全く聞いていなかった。
冒険者ギルドに戻るとカウンターの向こうに戻った受付嬢が諸刃の冒険者証を持ってきた。
「では、こちらが斎谷 諸刃さんの冒険者証になります。能力の書き込みを行いますのでもう少しお待ちください」
そう言うと、カウンターに置いてあったペン立てから適当に取り、諸刃の冒険者証に書き込み始めた。
少しだけ見えた記入欄から考えると、『100円玉を差し出して〜』という能力名は長すぎて入り切らないように思えた。
そこはさすが受付嬢というべきか、枠内ギリギリに入るように文字の大きさを調節してちゃんと収めていた。
諸刃はそれを見て思わず拍手をしてしまい、注目されて恥ずかしがった受付嬢に小言を言われた。
職業柄、普段は見られることに慣れているのだが、予期せぬタイミングで注目を集めるというのはやはり恥ずかしいらしい。
そんな一幕もあったが無事に冒険者証は発行され、諸刃は晴れて冒険者の仲間入りを果たした。
諸刃は早速、依頼掲示板のところまで行き、受けられそうな依頼を探した。
初心者用とされている薬草採集、ゴブリンの討伐などの依頼や上級者向けのドラゴンの捕獲、海龍の討伐が貼ってあり、その間の中級者向けの依頼はほとんど残っていなかった。
これはこのギルドの利用者、つまりこのディズリール王国の冒険者は中級者層が多いことを示している。
一般的に初心者向けの薬草採集やゴブリン討伐といった依頼は常時受け付けなのだが、ギルドとしてはそればかり受けられると困るために1日の上限を設定しており、それは依頼掲示板に貼ってある依頼書の枚数で表している。
つまり初心者用の依頼が多く残っているというのは初心者に分類される冒険者が少ないことを示しているのだ。
余談になるが、ドラゴンの討伐は中級向けに分類される。
討伐はとにかく倒して討伐証拠部位を提示すれば良いのだが、捕獲は弱らせ捕縛して依頼主の元まで届けるのが仕事となり途中で死んでしまった場合や逃げられた場合も失敗となる。
つまり加減をして戦う必要があり、なおかつそれを運ぶ輸送手段の用意や依頼主のところまでの管理を徹底する必要もある分、難易度が上がるために捕獲は上級者向けとされているのだ。
それはさておき、諸刃はその上級者向けのドラゴンの捕獲という依頼を迷わず選んだ。
依頼掲示板からその依頼書を取り、先ほどの受付嬢のところまで持って行った。
「えーと…これは上級者向けの依頼となるのですが…」
「でも、ドラゴンの捕獲だろ?」
初心者向けの依頼を持ってくるだろうと思っていた受付嬢は明らかに難易度があってない依頼を選んだ諸刃に驚き呆れて言葉がうまく出てこなかった。
それに対して諸刃は自分ならできるとばかりに自信満々に言った。
「正直に申しまして、斎谷さんにはまだ早いと思われます」
内心では"まだ早い"ではなく"無理だ"と思っていたが、それは今この場で言うのはふさわしくないと判断してそう言った。
「お姉さん、さっきの俺の能力聞いてなかった?」
諸刃は相変わらず自信ありげに言う。
その様子を見て受付嬢は諸刃の能力について考える。
結論として、なぜ諸刃が自信満々な様子なのかということに思い至り、そしてやはり無理だろうということになった。
「斎谷さん、ご自身の能力の条件については覚えていますね?」
「もちろん! 100円玉を差し出す、相手に願いを伝える、断らせない、だな」
「では質問させてもらいますが、どうやって願いを伝えるつもりですか?」
そう問われた諸刃は固まった。
それをみた受付嬢は自分の予想が間違ってなかったことを確信した。
諸刃はドラゴンに能力を使って捕まえるつもりだったのだ。
しかし、諸刃はドラゴンにどうやって願いを伝えるかまでは考えていなかった。
「そ、それは…気合いで?」
「気合いで超えられるほど種族と言語の二つの壁は低くありませんよ。片方だけならまだなんとかなるかもしれませんがね」
「う〜ん……じゃあドラゴンのところまでの道中に必要そうなドラゴン語?を覚えれば…多分なんとか…」
「では、それは良いとしましょう。次の質問です。諸刃さんがその願いを伝えるまでにドラゴンがおとなしくしていると思いますか?」
そう、ドラゴンが諸刃の話を聞こうとすらせずに殺される可能性もあるのだが、諸刃はそれも考えていなかった。
「それは……どうだろう? 会ってみないとなんとも…」
「私が話を聞いた限りでは無理ですよ。…仮におとなしくしているとして、最後の質問です。断られないと言い切れますか?」
もっとも肝心なところである、相手に断られないという条件についてだ。
当然と言って良いのか、諸刃はこれについても深く考えず、断ると言われなければ良いと楽観視していた。
「断るっていうのが俺に伝わらなきゃ良いわけだし…そこはほら…な?」
「…そんな甘い考えでドラゴンに挑もうだなんて思ってたんですか?」
「…すみません」
適当な言い訳をしようと濁す諸刃に受付嬢は冷たい視線をむけ、それを受けた諸刃は自分の考えが甘かったことを素直に謝った。
受付嬢はやる気があるということは嬉しいことだったのでこれ以上強くは言いたくなかったが、あまり焦ると危険であることを諭したいという葛藤に苛まれていた。
その際に難しい顔を浮かべていたためか、諸刃は一層縮こまった。
それに気づいた受付嬢はため息をつくと、一つの案を諸刃に授けた。
「この依頼を受ける上級冒険者の方が居たら着いていってみてはどうですか? 安全を保障してもらえるかはわかりませんし報酬もありませんが、少なくとも経験は詰めると思いますよ。ギルドの方でその冒険者の方に相談してみますが、最終的には斎谷さんがその方と交渉することになりますので、その辺は注意してください」
諸刃は表情を一変させて輝かせると、「お姉さん、ありがとう!」と言って頭をさげるとギルドから走り去った。
その後ろ姿を、受付嬢は弟を見るかのような目でみていた。
諸刃にギルドから連絡があったのはその翌日のことだった。
連絡を受けた諸刃は宿を飛び出てギルドに向かった。
ギルドに入り受付まで行くと、昨日とは別の受付嬢がそれに対応した。
「ドラゴンの捕獲に行く冒険者がいるって連絡があったんだけど!」
「え…ああ、斎谷さんですね? 確認のために冒険者証の提示をお願いします」
受付嬢は、捲し立てるように言った諸刃の言葉からドラゴンの捕獲、連絡という単語を聞き取り、諸刃が例の冒険者だと気付いた。
早る気持ちを抑えて諸刃は冒険者証を受付嬢に渡した。
「はい、確かに。ではこちらに」
そう言って受付嬢は2階のカフェの方へ諸刃を誘導した。
連れてかれた先には如何にも冒険者だという風貌の厳つい男と魔術師だとアピールするかのようにローブを羽織った人物がいた。
「こちらのお二方が今回のドラゴン捕獲の依頼を受けられる冒険者の方々です。三梨さん、久留井さん、こちらが同行したいという冒険者の斎谷さんです」
受付嬢が諸刃たちが何かを言う前に紹介してくれた。
厳つい男の方が三梨、魔術師然とした方が久留井というらしい。
「まだ坊主じゃねえか? まあ俺としてはついてくるのは構わねえが、邪魔だけはしないように気をつけてくれや」
「私としてはあまり歓迎したいものではありませんが…まあギルドに恩を売るといった意味で我慢します」
「あ、あの、斎谷 諸刃です。邪魔にならないように、最低でも自分の身は自分で守るので、宜しくお願いします」
「緊張しなくていいぞ、坊主。今からそんなんじゃ、最後まで持たんしな」
「どうやら問題なさそうですね。では詳しいお話しは御3方でお願いします」
そう言って受付嬢は1階に戻って行った。
「え、えっと…実は昨日冒険者になったばっかで、こういうときどうすればいいのかわかんないんですけど……」
「そうなのか? 初心者でいきなりドラゴンの捕獲に挑もうとした奴がいたからって聞いてたんだが、まさかなったばっかで選んだとは思わなかったぜ」
「君は相当の自信家なのか、バカなのか……よほどすごい能力でも持っているのか?」
「どうなんですかね? これも昨日鑑定してもらったばっかで、まだ試してすらないんですけど--」
「坊主、能力の詳細は他人に話すもんじゃねえぞ。信頼できる相手であっても、だ。久留井、お前も聞き出そうとか考えるんじゃねえよ」
「…チッ」
諸刃が能力について話そうとすると、三梨が真剣な顔で遮って注意した。
そのあと出立の待ち合わせ日時と必要な荷物を確認して解散となった。
3日後の早朝、諸刃たち3人はギルド前に集まった。
ここから馬車でドラゴンの巣の側にある村まで行き、そこから徒歩で移動するのだ。
「よしよし、ちゃんと来たな。じゃあ行くか!」
三梨がそう言って盛り上げるが、まだ眠くてテンションが上がらない諸刃と元々テンションが低い久留井は頷くだけだった。
三梨はそれを特に気にするでもなく二人を先導して馬車に乗り込んだ。
それから村まで10日の旅の中で諸刃は三梨の冒険の話を聞いていた。
ドラゴンを討伐するときに回復薬が底をついて死に物狂いで足掻いてなんとか倒した話や迷宮に潜ったときに迷って遭難しかけたときの話など、諸刃の興味をそそる話ばかりだった。
三梨は話の節々にそのときに得た教訓や冒険者として気をつけることを混ぜて話しており、諸刃にとってとても為になるものだった。
その間の久留井はというと、馬車によってくる魔物や盗賊を警戒し、見つけた端から倒していっていた。
村に着いて一泊すると、いよいよドラゴンの巣に向かうことになった。
巣までは徒歩で5日ほどの距離であるが、実際にドラゴンと会うのはもう少し手前であるとの予想だ。
そして村を出て4日目の朝、ついにドラゴンに遭遇した。
「諸刃、今からお前は生きることだけを考えて行動しろ! 久留井、行くぞ!」
「言われなくてもわかってる」
「わかりました!」
三梨は両手剣を、久留井は杖を構え、諸刃は二人から離れて岩陰に隠れた。
ドラゴンは三梨と久留井に目を向けており、諸刃には気づいてはいたが相手にする必要はないと判断していた。
ドラゴンのブレスが地面を焼く音、久留井の放った魔術の発動する音、ドラゴンの爪や鱗と三梨の両手剣がぶつかる音が響いていた。
下手に顔を出して巻き込まれないように、諸刃はその音だけを頼りに戦闘の様子を想像していた。
魔術やブレスの余波が時々届いたが、肌をなでる程度の威力まで減衰していたので問題はなかった。
しばらくして音が止んだ。
どうなったのだろうと諸刃が顔を覗かせると、そこには三梨の姿も久留井の姿も、そしてドラゴンの姿もなかった。
一瞬、三梨と久留井がドラゴンに負けたのではと思ったが、武器の類が落ちている様子もなかったのでその可能性はないと判断した。
ではどこに行ったのかと考えかけ、三梨が自分の身を守ることを最優先に考えろと言っていたことを思い出す。
諸刃が今自分の身を守るためにしなければならないこと、それはドラゴンや魔物に遭わないように気をつけながら村に、そして王都まで戻ることだ。
三梨と久留井は無事であると思い込み、早速村に向けて歩き出したところで諸刃はドラゴンに遭遇してしまった。
幸いなことにいきなり襲いかかってくるようなことはなかった。
しかし、いつまでおとなしくしていてくれるか…。
どうせ死ぬかもしれないなら、と諸刃は危ない賭けだとわかりつつも自分の能力を信じることにして、王都を出る前に購入したドラゴン語の本で勉強したドラゴン語を使って話しかけた。
そして話は冒頭に戻る。
ドラゴンは諸刃が飛び乗ったと勘違いしていたが、実際にはドラゴンが自ら諸刃を背中に乗せていた。
その間の記憶はなくなっており、前後の部分も違和感がないように修正されていた。
つまりドラゴンの記憶では諸刃を無視して飛び去り、しかし諸刃が背中に飛び乗ってきたことになっているが、実際はドラゴンが諸刃を背に乗せて飛び立ったのだ。
諸刃はドラゴンの背に乗りながらこれからどうしようかと頭を悩ませていた。
ドラゴンはそんな諸刃の悩みなど知るべくもなく、諸刃の"乗せて飛んで欲しい"というお願いに従ってただ飛ぶだけだった。
気が向いたら続きも書いてみたりみなかったり…




