煌龍様の加護
煌龍様の住処に滞在して三日目。
ビー玉の特性の研究を傍らで見ながら、日本での生活や文化文明について語っていた。その中でも特に煌龍様が興味を示していたのは『電気』に関する技術だった。
まぁ考えてみれば当たり前で、機械文明が発達した地球ならいざ知らず、そうでないこの世界では『電気』と言えばいわゆる雷や風の上級魔術のごく一部に限られるらしい。
ここでの生活も、昼は太陽の光、夜は主に皿に入れた油に火をつけそれを光源にする。
都市部に行けば光の魔石を光源にすることがあるらしいが、一般的には太陽か油皿の火が一般的らしい。
朝早いのは問題なかった俺も、仕事が日をまたぐことが多かったせいで夜早いのはどうも苦痛で初日は全然寝付けず困った。
とはいえ3日もたてば慣れてくるもので、ソーラー充電の時計で20時には床に就くことができるようになった。
煌龍様のと話していていくつかわかったことがある。威厳のある雰囲気はそのまま。だが性格は厳格なわけではなくむしろ好奇心旺盛で、ビー玉の特性に関して実験しているときの表情や雰囲気は新しいおもちゃをもらった子供のそれだ。
それと煌龍様には娘がいるらしい。事あるごとに娘の可愛さを語る煌龍様の雰囲気は、完全親馬鹿のそれだった。今は旅に出ているらしいが、怪我はしていないだろうか病気にはなっていないかなどずいぶん心配していた。
食事も煌龍様が狩ってきたイノシシのような大型動物や雉のような鳥を俺が調理し食べている。ここに来る直前が買い物帰りだったこともあり、塩・しょうゆ・みそ・酒・みりんなどは一通りあったし、滞在者が使う調理用具もあったため料理に関しては不自由なく作業ができた。
煌龍様のお気に入りは鳥を照り焼きにしたもので、最初に食べた焼き鳥の缶詰に味が近いかららしい。しょうゆ・みりん・酒は各1Lずつしかなかったため、数回しか作れないと言ったところ、とても残念そうな顔をしていた。とはいえ複製の魔術を使えば調味料を再生産できるかもしれないと思い立ったらしく、一部は残しておくようにとのお達しを受けた。相当気に入ったらしい。娘さんにも食べさせてあげたいようで、娘さんが帰ってきたときには作りに来るようにとのことだ。
魔法魔術も研究と並行して修行してくれたため、簡単な魔力操作とライターで火をつける程度の火の魔術は使えるようになった。
ビー玉の研究では、いくつかの特性が判明した。
・ビー玉を中心に周囲10mほどの空間にある魔力を吸収しため込む特性がある。
・魔力をため込んだビー玉に触れながら魔法や魔術を使うことで、ビー玉の中にため込まれている魔力を使用することができる。
・魔法や魔術をビー玉にぶつけることでその魔法を取り込むことができ、魔力を通すことでその魔法を行使できる。
・基本的に魔法や魔術を取り込んだビー玉にため込んだ魔力を使い切ると、その魔法は消える。
・ある一定以上の魔力量を超える魔法や魔術をぶつけた場合、同じくその魔法や魔術を取り込むが、魔力を使い切っても取り込んだものが消えない。
・色つきのビー玉は魔力の保有量が無色透明に比べて十分の一程度しかない。
・無色透明のビー玉の最大魔力保有量は魔術のエキスパートである宮廷魔術師の十全程度。
・魔力をため込めばため込むほどビー玉の硬度は上がる。
煌龍様も、まさかこれほどまでに規格外のものだとは思っていなかったらしく、基本的に秘匿にするべきだと忠告された。たしかにこの情報が広まればビー玉を狙ってトラブルが起こる可能性が高いだろう。ちなみに実験の副産物である魔力を使い切っても魔術が消えないビー玉は、自衛用に持っておくようにと煌龍様から渡された。
「ゼンよ。これからお前はどうする。」
煌龍様の問いに、この3日間で考えていたことに思いを巡らせる。現状日本に帰る手段がない以上、こちらで生活することはほぼ確定だろう。会社は確定でクビになるだろうが、過剰労働で稼いだ金は口座に残っているし、ローンもなく家賃や光熱費の引き落としだけで口座の金を使い切るには少なくとも10年以上かかる分だけの金額はある。しかしながら社会人になってから稼いだ金という生活基盤はこちらにはない。ビー玉の件は秘匿にする以上、売って路銀を稼ぐわけにはいかない。生活するには金がいる。それをどうにかしなければならない。
「街に出て、仕事を探そうかと思います。簡単にはいかないでしょうが現状それ以外の方法が思いつきませんので。」
今の持ち物はビー玉を除けばカップめんをはじめとした食品と財布の中に入っている日本円だけだ。硬貨はもしかすると売れるかもしれないが、そんな不確かなものを頼りにするわけにはいかない。それならば仕事を探して行動するべきだろう。
「そうか、ならば冒険者にならぬか。冒険者であれば町のギルドに行けばおおよそ誰でもなれるものであるし、町の外にも出てきやすい。街人となると街からの出入りに税を取られるとのことだが、冒険者であればその税も必要とせん。我はお前を気に入った故、頻繁にとは言わんが時々ここにきて話し相手にでもなってくれ。娘が旅に出てからというもの、日がな一日独りでいることも存外飽きてきたのだ。」
「冒険者ですか・・・」
なんと、煌龍様から直々の提案だ。たしかに金を稼ぐには仕事はしないといけないし、ビー玉の件などで大恩ある煌龍様に気に入っていただいているのも光栄だ。しかしながら冒険者という言葉からイメージするのはよくラノベなんかである剣と魔法でモンスターを狩るそんな職業。おそらく危険な仕事であることは確実だろう。
とはいえ煌龍様に時々でいいから顔を出せと言われれば、己が身かわいさに突っぱねるというのは体面的にも自身の心象的にもできない。
数分の思案の後、その提案への返答を口にした。
「そう、ですね。一度街に出て冒険者がどのようなものか、自分の目で確かめようと思います。その後、またご報告に上がります。」
中途半端な答えになったが、実情も知らずこの場で今後の行動の指針を決めてしまうのは早計だろう。
「そうか、たしかに人の職には向き不向きがあるという。その職を見極めるというのは道理であるな。よい、好きにせよ。」
煌龍様は優しく慈愛に満ちた声音でそう告げると、預けていた数個のビー玉のうちの一つを研究の時に使っていた台座に置いた。そこへ自身の腕のうろこを1枚剥がして被せ、朗々と言の葉を紡ぐ。
-煌炎の主の名のもと、その身に災いが降りかからんとするとき、これを以てその災厄を退けよう-
言の葉は全く知らない言語、いや、それは言語ですらなかった。厳かであり、かつ慈愛に満ち溢れた音階と旋律。しかしその言の葉がもつ意味はなぜかしっかりと理解できた。
その言の葉がやんで数秒間の静寂。台座の上にビー玉と煌龍様のうろこはなく、代わりに中央に透明な宝玉を抱く、燃える炎をそのまま象ったかのような緋色の腕輪があった。
「我が魔術によって作り上げた腕輪だ。それをつけていれば何かと役に立とう。それと、これは我からの選別だ、持って行け。」
そういうと、台座の裏から巻かれた羊皮紙のようなものとハンドボールほどの大きさの皮袋、そしてこれもまた鮮やかな緋色の短剣を取り出し腕輪の横に置いた。
「街に行くための地図と、冒険者にならずとも自営の手段は必要だろう。わが加護を受けた短剣だ。あとは、数日間程度の生活しかできんだろうが小遣いだ。」
俺がここを発つ時のためにこんなにも多くのものを用意してくれていたらしい。3日という短い期間ではあったものの、煌龍様の世話になりっぱなしだった。
「何から何まで、本当にお世話になりました。煌龍様からの恩に報いることができるよう、精いっぱいがんばります。」
「そんなに気張らずともよい。我が恩に報いるというのであればまたなにかうまい料理でも作りに来てくれ。それよりも、もう日が昇って時間がたつ。そろそろここを発たねば森の中で野営をすることになるぞ。」
「そうですね、それでは佐伯善、出発いたします。煌龍様もお元気で。」
「うむ、ゼンも達者でな。」
短い別れのあいさつを交わし、煌龍様の住処から街に向けて歩き出した。
次話、やっとヒロインが出てこれそうです。




