新しい武器
「これで、100匹目!」
門の外、10分ほど歩いたところの草原で累計100匹目の野兎の首を落とす。
野兎狩りを始めて一週間、毎日のようにここにきて魔術の練習と並行して野兎狩りをしていた。
鍛冶ギルドと魔術ギルドのギルド長たちと顔合わせした日の夜、鍛冶師のスキルで刀を作ることができることがわかった。
次の日の朝、冒険者ギルドでオルガに資金調達をするにはどういうものが駆け出し冒険者にとって定番なのかと聞いたところ
「そりゃ野兎狩りだろうな。」
とのことだった。
冒険者ギルドによれば農作物を食い荒らす野兎などの小動物は討伐の対象になっているらしく野兎が1匹50ギタン、毛皮や肉が取れる上等な状態であれば素材の買取を含めて1匹150ギタンになるとのこと。
工房が使えるとはいえ、材料は持込みだ。
必要分の鉄原料を買うにはおおよそ1万ギタン。狩るだけなら200匹、仮に全部上等な状態で狩ることができれば70匹程度で回収できる計算になる。
野兎をサーチアンドデストロイし続け、良状態のものと討伐確認ができる部位のみがおおよそ6対4程度になっている。
インベントリに仕舞ってあるとはいえ、そろそろ冒険者ギルドで引き取ってもらうべきだろう。
「さて、そろそろ戻るかな」
記念すべき100匹目の野兎の死骸をインベントリに仕舞い、冒険者ギルドへ。
「おおゼン。今日も野兎狩りか?」
「ああ、さっき狩ったのでやっと100匹になったから、今からギルドに査定してもらおうと思って」
「おいおいマジかよ。普通駆け出しは1日5匹も狩れれば上等なもんなんだがな」
「まあその辺は才能ってことで」
じゃあねと門番とあいさつを交わし門をくぐる。
最初はつっけんどんな態度だった門番もここ1週間で雑談ができる程度には仲良くなった。
冒険者ギルドの扉をくぐりクエスト窓口に行くと、エイダさんがやってきた。
「ゼンくん、お疲れ様です。今日はクエストの報告?」
「お疲れ様ですエイダさん。野兎が結構狩れたし、まとめて買い取ってもらおうかと」
「そう、じゃあ私が担当するわ。こっちに狩ってきた野兎を出してくれる?」
頷きインベントリに収納されている野兎をすべて出す。
100匹の死骸となると結構な量というか体積になるので、インベントリから一気に出すとちょっとホラーだ。
エイダさんも驚きと呆れが混ざったような複雑な顔をしている。
「ゼンくん、アイテムボックスも使えたのね・・・だけど、出すときにはアイテムボックスから出すって言ってくれないかしら」
「ごめんなさい」
はぁ、っとエイダさんはため息をつき、野兎の状態を確認する。
十分ほどで状態確認は終わり、書類を持ってエイダさんが戻ってきた。
「野兎の良状態が64、討伐判別部位が36で合計11400ギタンね。ここに領収のサインお願い」
「はいはい」
つい最近覚えたばかりの自分の名前を書類に書き、お金を受け取る。
「それにしてもずいぶん狩ったのね。防具でも新調する?」
「いえ、ちょっと武器を作ろうかと思ってて。その材料用の資金なんですよこれ」
「そういえばゼンくん鍛冶師の天職持っているものね。どんな武器を作るの?」
「刀っていう、片刃の剣ですよ。侍のスキルとの兼ね合いで刀が最善なんで」
「そう、またできたら見せてね」
「もちろんです。じゃ、エイダさんもお仕事がんばって」
「うん、ゼンくんもお疲れ様」
エイダさんと別れをすませ、鍛冶ギルドの工房へ。
注文していたものが届いていることを確認して鍛冶ギルドのドワーフに代金を支払う。
さてつくるか、と言ったところで工房のドアをノックする音
「はーい、どなたですか?」
「儂だ。バルドルだ。」
「扉はあいてるんで中へどうぞ」
「邪魔するぞ」
「お疲れ様ですバルドルさん。何か御用ですか?」
「いやなに、ゼンが新しい武器を作るようだとエイダ嬢ちゃんから聞いてな。どんな武器を作るのか見に来た。見て言っても構わんか」
「どうぞ。といっても俺もスキル使って再現するだけなんで、うまくいくかわかりませんよ」
「構わん。おぬしのスキルでどれほどのものができるのかじっくり見させてもらおう」
バルドルはそういうと工房の隅に椅子を置き、腰を下ろす。
まぁいいかと、刀づくりを開始する。
まず作るのは刀のもとになる【玉鋼】
普通鋼は鉄鉱石から作られるが、日本の刀を作る玉鋼は砂鉄から作る。
何故砂鉄から鋼を作るのかというと、不純物が少ない砂鉄は低温で高速還元が可能なため、良質な鋼が作れるからだ。
この鋼は日本古来のやり方、たたら吹きという工程で作られる。
玉鋼は粘土製の炉の中に木炭を入れ、点火後はふいごで空気を炉の中に送り込みながら木炭と砂鉄を交互に上から加え続け、炉内の高温と炭素の還元力によって砂鉄から酸素を奪うことで精製される。
錬金術師のスキル【錬成】でたたら吹きの炉を作り上げ、玉鋼のもとを精製する。
本来なら三日三晩かけて玉鋼の原料である「けら」を作るが、野兎狩りの合間にアトスさんに状態変化促進の魔法と付与の基礎的なものは教わっているのでそれを炉に使い、けら作りの速度を飛躍的に高めている。
余談ではあるが、ポーションなどの生成にも状態変化促進の付与がされた魔道具を使うのが一般的らしい。
精製できたけらを鎚でたたき、扁平状の板にして水の中へ放り込み余分な炭素の入っている部分を剥がし『へし金』を作る。
このへし金を鎚でたたいて砕き、その破片の中から炭素分の多い堅い鉄と少ないやわらかい鉄にわけ、この破片を別々に「てこ」と呼ばれる鍛造用の道具の先に積み上げて紙でくるみ周囲に藁灰をつける。その上からさらに粘土汁をかけて火床にいれ、表面の粘土が溶けるまで加熱し、小鎚でたたいて2kgほどの塊を作り出す。いわゆるインゴットだ。
これを作れるだけ作り、合計13個の玉鋼のインゴットと27個のズクのインゴットを仕立てあげる。
この中から数個、叩いては折り返しまた叩く折り返し鍛錬を数度行い冷ます。
冷めたものをまた鎚でたたいて欠片にし、刀の芯になる『心金』峰に使われる『棟金』腹に使われる『側金』そして刃に使われる『刃金』に適した配合になるように組み合わせ、先と同じように折り返し鍛錬を行う。
これを側金以外を鍛接して伸ばし、それと同じ長さの側金を2本、同じ要領で鍛接して打ち伸ばし、片側の先端に茎を鍛接する。
そして刀の形に打ち伸ばす素延べを行い刃先を三角に切り取り叩いて切先を作る。
その後小鎚で叩いて形を整え、また火に入れて冷まし荒砥石で余分な部分を削る。
鉋を使って凹凸を削り、生砥ぎを行い水を含む藁灰で油脂分を落とし、乾燥させる。
ここまで一言もしゃべらず作業に没頭していたが、結構いい時間がたっていたらしい。
大鐘楼の音が聞こえてきたということは、おそらく夕の鐘だろう。
「ゼン、作業はひと段落か」
「そうですね、あとはこれを乾燥させて、焼き入れと焼き戻しをして砥げば完成です」
乾燥させるのにはそこそこ時間が必要なこともあり、一旦作業を中断させる。
残りの作業は明日の朝からやれば昼には完成する見込みだ。
「ならばまた明日、作業を始める前に儂のところへ来てくれ。ここまで見たからには最後まで見たいのでな」
「わかりました。たぶん朝の鐘が鳴って少し経ったくらいから作業始めると思いますんで」
会話をしながら使った道具の後処理を終わらせ、工房を後にする。
「ゼン、ちょっといいかい?」
宿で夕食をとっていると、少し困ったような雰囲気でアマンダさんが話しかけてくる。
「なんですか?」
「アーニャから聞いたんだけどね、あんた最近野兎狩りしてるんだって?」
「そうですね。ここ一週間くらいはずっと野兎狩ってます」
といっても今日で野兎狩りは一旦終わりにするつもりだったんだけど。
「もしよかったらなんだけど、野兎を10匹ほど用立ててくれないかい?明日からちょっと大口の客が来ることになってね、材料が足りないんだよ」
なんでもオスティアがあるリキア皇国の王子と近衛隊が中央議会に来るらしく、近衛隊の一部がここに宿泊するとのことだった。
「あー、ちょうど今日ギルドに買い取りだしちゃったんですよ。明日は昼の鐘までは鍛冶ギルドの工房で武器作ってるので、試し斬りがてら狩ってくるのでも夕の鐘前後になるんですけどいいですか?」
「ああ、頼まれてくれるかい?10匹狩ってきてくれたら追加で5日分、食事代と宿代タダにしてあげるよ」
「わかりました。じゃあ明日、さっくり狩ってきます」
「頼んだよ」
そういうと、エールを一杯テーブルの上において奥へ戻って行った。
頼んでないですよーと声をかけると、ウインクで返されたので報酬の先払いということだろう。
ありがたく頂いて食事を終え部屋に戻ると、エールを飲んだからか眠気が一気に襲ってきてそのままベッドに倒れこんだ。
◇◆◇◇◆◇◇◆◇
朝、大鐘楼の音で目を覚ますと、朝食もそこそこに鍛冶ギルドに出向く。
すでにバルドルさんは工房の中で待っていた。
「ゼンか。もう作業を始めるのか?」
「そうですね。宿の女将さんから野兎を頼まれてるんで、試し斬りがてら野兎を狩りに行こうかと思ってるんです」
工房に行くと刀のもとは完全に乾ききって、何時でも焼き入れができる状態になっていた。
さっそく炉と炭床に火を入れ、土置きをした刀のもとを炉に突っ込んで焼き入れを行う。
ここぞというときに取り出し、水で急冷した後炭の炎によって焼き戻しを行い鍛冶押し、茎仕立て、樋掻き、下地砥ぎ、銘切り、仕上げ砥ぎの工程を経、柄巻と鞘を仕立てて一振りの刀が仕上がった。
銘を、モデルとなった刀から「備前長船」と名付ける。
振ってみると、すんなりと手に馴染む。
「よし、これで完成です」
「それが刀か。ゼンよ、すまんがよく見せてくれんか」
昨日からの作業の一部始終を見ていたバルドルは、どのようなものが出来上がったのか気になるらしい。
鞘に入れて手渡すと、鞘の作りや刃紋の入りなどをまじまじと観察する。
「鍛造の剣よりも軽いのにもかかわらずこの剛性と柔軟性、そして美術品かと見紛う造形美。素晴らしい出来だな」
「俺の世界では『最も美しい人殺しの道具』って言われることもあるものですから」
「なるほど、言い得て妙だな」
十分ほど観察して満足したのか、備前長船が帰ってくる。
「あとは、エンチャントかな『-鑑定-』」
○●○●○●○●○
名称・備前長船
特殊効果
スロット1・なし
スロット2・なし
スロット3・なし
○●○●○●○●○
スロットは3つ、全部空きの状態だった。
緋炎のナイフから精鋭化のエンチャントはスキルを通して習得済みなので、さっさと精鋭化を付与する。
あと二つのスロットはあとで考えればいいだろう。
「じゃあバルドルさん、俺はこれから試し斬りしてきます」
「そうか、なら儂もそろそろ仕事に戻るとしよう」
◇◆◇◇◆◇◇◆◇
「シッ!」
居合い一閃、スキルで速度を強化されたそれはまさに閃きといった速度で野兎の首を切り飛ばす。
「斬った抵抗までほとんど無し。10匹狩っても刃こぼれや切れ味の低下もなし。かなりの斬れ味に仕上がったな」
試し斬りがてらアマンダさんからの依頼をこなすため、野兎を捕捉しては一閃で首を落とし回収を繰り返すこと2時間程度。目標の10匹を回収できた。
どうにも精鋭化のエンチャントがかなり強力なものだったらしく、斬っても斬っても斬れ味が落ちないどころか血糊すらまともにつかない。
普通刃物は血糊がつくと斬れ味が落ちて使えなくなるっていうのが常識のはずなんだが、どうにもこのエンチャントにはそんな常識関係ないらしい。
「さて、回収も終わったし帰るかな」
10匹目の野兎をインベントリにしまう。
朝から武器作ったり野兎狩ったりで結構疲れた。
さっさと帰ることにしよう。
「いやー!!助けてー!!!」
ちょうど街へ帰ろうと歩き始めたその時、後ろの方から甲高い叫び声と地鳴りのような複数の足音が迫ってきた。
頭の中に残ってた分をさっさと書き出して投稿。
だってじゃないとまた投稿忘れそうなんだもの。
誤字脱字の指摘や感想なんかもお待ちしてまーす




