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シシンデラ  作者: 直弥
4/6

パート4

 夜。宴が行われていた。

 半世紀以上に渡ってラバムの脅威として存在し続けていたマシオ川の悪魔は、外からやって来た少年武道家と、ラバムの若き戦士たちの手によって、遂に滅びたのだ。その顛末――闘いは、劇的というほどのものではなく、むしろひどくあっさりとしたものになったが、結果としては同じこと。歴史的闘いに参加できなかった斧の男は、最初の内こそ若干いじけていたものの、場が盛り上がり始めると、もうどうでも良くなったかのようにはしゃいでいた。まるで子どものように。いや。彼に限らず、ほとんどすべてのラバムたちが、子どもじみた騒ぎ様を見せていた。アルコールの入った飲み物は供されていなかったが、広場の中心に置かれた大きな焚火が彼らの顔を火照らせ、神経を高揚させていた。数分前まで大人たちの輪の中心にいた真人は、今やそこを離れ、本来的な意味での子どもたち――すなわち十歳前後の少年少女たちによって囲まれていた。好奇心に満ちた眼差しで彼から外の話を聞き出そうとする九人の子どもたちの中には、セセリの姿もあった――恐らくは、彼女が最年長。

「そとのこたちは、みんな〝がっこう〟にいってるんでしょ? マサトくんもいってるの?」

 訊ねたのは、九人の中でも最年少と思しき、見目六歳ほどの少年。彼の質問に、真人はにこやかに答える。

「もちろん通って……行ってるぞ。勉強は苦手だけど、学校へは行かないといけない決まりがあるから仕方ない」

「ふうん」頷いたのは先の少年とは別の子ども。十歳ほどの少女。腰近くまで伸ばした髪を除けば、どういうわけかセセリとよく似た容姿と声の女の子。「マサトくんって頭悪いんだ。おバカさんなんだ」

「…………」

「ちょっと! そんなこと言ったらダメでしょ!」

 表情を凍りつかせて少女を見つめ返す真人を見て、セセリはあたふたとした様子でフォローを試みるも。

「だって、ホントのことだよ?」

 子どもとは残酷なものである。だがその一言で真人の表情は溶けた。

「あのな、本当のことでも言っていいことと悪いことがあるんだぞ?」気持ち悪いぐらいの笑顔で。少女の頭を優しく撫でながら、真人は言う。「バカはいいけど、頭悪いは言い過ぎだ」

「……バカはいいんですか。あ、そうだ! こんなことよりも。マサトくん、約束、覚えてくれていますか?」

「約束って、ああ、あれか。もちろん、覚えてるよ。ちょうどいいから、皆も聞いてくれ」真人の宣言に、子どもたちは何事かと目を丸める。爛々とした幾つもの瞳に見つめられて照れながら、真人は切り出す。「今度、ここにいる皆を連れて、子どもたちだけで外に出掛けたいと思うんだけど、どうかな? たまにはいつもと違った場所で遊んでみたくないか?」

 しんと。一瞬間の静寂を挟んだ後、子どもたちのざわめきが起こった。

「ホントに? ホントにホントに?」「ぼく、えいがっていうのをみてみたいな」「あたしは遊園地に行きたい!」「僕は水族館がいい」「じゃあわたしはどうぶつえん!」

 口々に各々の希望を述べる子どもたちに、

「お、おいおい、ちょっと待て、待ってくれって!」真人は慌てふためく。「お前ら、もう少し俺の予算の方にも気を遣って……」

「えー。これだからビンボー人は」

「お前だけは置いてくぞ!!」

 件の『おバカさん』発言の少女と真人との間に、早くも反目が生まれ始めていた。そんな彼らに苦笑いを浮かべつつ、セセリがぼそりと言う。

「でも、本当に大丈夫なんでしょうか? 子どもたちだけで外へ遊びに行くなんて」

 心配そうに。不安がって。頼りないまでの声色でそう訊ねるセセリに、真人は答える。

「そこは俺が後で話を通しとくよ。なんせ俺が言い出したことなんだから。そりゃあ、本当に子どもたちだけで遊びに行くって言うのは、現実的には難しいと思う。でも、何人か大人の保護者もつけてもらうって条件さえあれば、きっと許してくれるよ」

「そうか……そうですよね」

 途端にセセリが顔をぱっと明るくさせたその瞬間、

「おーい、マサト!」焚火を囲む輪の方から男の声。呼びかけてきたのは、見目四十歳ほどの男。「悪魔と闘った時の再現をやって見せてくれないか?」

「はーい! 今、そっちに行きます! じゃ、ちょっと行ってくる」

 そう言って真人が立ち上がろうとすると、子どもたちはまた騒ぎ始める。

「あー、ぼくも見たい! あくま退治のしゅん間!」「あたしもあたしも!」「ぼくも!」

 結局。子どもたち全員を引き連れて輪の方へ向かった真人は、リッキーたちとともに、丸太んぼうを悪魔に見立てて悪魔退治の再現を行った。それは宴の最高潮ともなった。皆に笑顔が溢れていた。


 深夜。騒ぎ疲れたラバムたちは各々、床に就いていた。ラバムにとって夜の就寝は絶対の決まり、慣習。故に、どんな宴も夜通しで行われることはない。それを知らなかった真人は、約束について申し出るタイミングを逸していた。テントの中、彼は今、リッキーとセセリに挟まれて横たわっていた――セセリの左隣にはタテハ、リッキーの右隣にはアゲハ。

 興奮冷めやらぬ真人は未だ寝付けず、呆然とした眼で天井を見つめていた。子どもたちの非難の目を思い出し、明日こそはちゃんと約束について話をしなければという思いを固めていると、唐突に、セセリが上半身を起こした。むくりと。

 ――なんだ? 小便か?

 と思ったからこそ下手に声を掛けられない真人は、そのままのそのそと立ち上がりテントを出て行くセセリを、黙って見送った。その僅かに三秒後。

「きゃああっ!」

 セセリの悲鳴が木霊した。テント内で熟睡していた全員が跳ね起きる。娘、孫の悲鳴に当惑しているタテハとアゲハを置いて、真人とリッキーは外へと飛び出て行く。

 両膝を地につけてへたり込み、わなわなと震えているセセリが、そこにはいた。彼女以外に人はいない。叫び声そのものはそこまで大きくなかったようで、他のラバムたちは誰一人テントから出て来ていなかった。

「セセリ!」真っ直ぐに彼女の元へ駆け寄り、肩を揺するリッキー。「どうした!? 一体、何があった……っ!?」突然に手を止めたリッキーの語尾が掠れる。妹の足下に血溜まりが出来ているのを見つけて。「お前、まさか」

「に、兄さん…………マサトくん……」

 蒼白となった面を上げ、リッキーと真人を交互に見つめ返すセセリ。触れるだけで決壊してしまいそうな彼女の表情。

「お、おい! 血ぃ出てるじゃないか!」

 真人の心配は本物。だが。今この場での彼のその発言は、ひどく浮いていた。セセリとリッキーの声色に比べて、彼一人だけが場違いじみていた。

「マサト、悪いが、母さんたちを呼んで来てくれ」

「え? あ、ああ! 分かった! 今すぐ呼んで来ます!」

 

 その後、駆け付けたアゲハとタテハに連れられたセセリは、里で唯一の空きテントに幽閉された。説明を求める真人に、リッキーたちは口をつぐみ続けた。夜が明け、他のラバムたちが起き出した後も、真人への説明は皆無。ただ大人たちがなにやらと話し合っていた。よそ者と子どもたちを除け者にして。

 ――おかしい。絶対に普通じゃない。

 不穏。明らかに物々しい雰囲気に、真人も不穏を感じ取っていた。十時間前まであった晴れやかな空気は微塵もなく、ラバムたちはよそよそしい。自分たちの恥部を隠そうかというように、セセリの幽閉されたテントは立ち入り禁止。そして。決して具体的な言葉にはしないまでも、暗に真人へ『帰れ』というプレッシャーを与えてくる。そして真人は決断する。

「俺、そろそろ帰りますよ。二日間、お世話になりました。町へ戻るだけなら、シシンデラ抜きでも大丈夫ですんで。それじゃ」

「……そうか。さようなら、マサト。我々は君のことを決して忘れない。悪魔を倒した英雄として末長く語り継がれていくことだろう」

「それはありがたいですけど、そこにはちゃんとリッキーたちの名前も連ねてくださいよ?」

 などどいう挨拶を長老と交わしたマサトは、少ない荷物を背負って里を出て行こうとする。だがそんな彼の前に、子どもたちが立ち塞がった。

「マサト、やくそくやぶるの?」

「うそつきだ! マサトのうそつき!」

 口々に不満を述べる子どもたち。泣き顔になっている女の子すらいる。だがその子どもたちの中に、昨夜の生意気少女はいない。

「(あの子はいないのか。今頃、呆れ果ててるのかな。……とにかく)みんな……ゴメン。今は、ちょっと無理なんだ。本当に悪い。ごめん」

 年端もいかない子どもたちに深々と頭を下げ、真人は逃げるように駆け出した。

 

 脱走めいた別離から数時間後。真人はまだ森の中にいた。しかも、ラバムの里からそう遠くない場所。何か異変が起こればそれを感じ取れ、すぐにでも駆けつけられるような場所に。

 セセリに起こった異変が何であるかも確かめられないまま帰るわけにもいかないというわけで、彼は、ありもしない知恵を絞っていた。

 ――ああ~、どうすりゃいいんだ? やっぱり、誰かを脅してでも聞き出すべきだったのかなあ。でも、流石にそんな真似は……。あー、もう!

 激しく頭を掻きむしるが、そんなことで良案が浮かぶわけもない。時間だけが過ぎ去っていく。それでも彼はその場を動こうとはしない。有耶無耶の内に済ませてはいけないような予感だけはあったから。

「やっぱり、まだ近くにいると思ってたんだ」

「え?」

 ふと。聞き覚えのある声を掛けられて、真人は顔を上げる。そこにいたのは、あの生意気少女――「頭わるい」発言の――であった。

「お前、なんでこんなところに?」

 真人のその問いには答えず、少女はいきなり頭を下げた。そして。涙ながらに訴える。

「マサトくん、おねがい! お姉ちゃんを……セセリお姉ちゃんを助けてあげて! おねがいだから……!」

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