勇者を召喚してRPG世界に放り込むだけの簡単なお仕事
あぁ、またか。
彼女はそこにあらわれた男の姿を見ると、深く溜め息を吐いた。
彼女は、いわゆる女神である。RPGとかで主人公の脳内に直接話しかけたりして、何だかんだと言っては勇者を仕立てあげて冒険に駆り立てていく、あの女神である。
今回彼女の目の前に現れた男は、酷く眠そうな顔つきをしており、また野心とかそんな感じの心意気も感じられず、その上身長と横幅の比率が明らかに常軌を逸していた。動画だとかでよくアスペクト比がどうのこうのと言ったりもするが、まさにそんな風貌の男である。
男は目覚めた様子を見せながらも、軽く目の動きだけで周囲を確認すると、なんと再び目を閉じ眠りの世界へ旅立とうとしていた。
なんて怠惰な男なのだろう。まぁ、そんなことは姿を見れば一目瞭然なのだが、と女神は思った。
《目覚めなさい、そのまま眠っても、またここで目を覚ますだけですよ》
女神は男の脳内に直接語りかけた。
「はぁ?どうせここは夢だろ?」
《信じるも信じないもあなた次第。とりあえず目覚めなさい、勇者よ》
とりあえず男をそう呼ぶことにした女神。この男の名前だとか素性などは彼女にとってどうでもいいのだ。ただ、この世界を魔王の手から救うべく彼女の手先として旅をする勇者を量産したい。女神の狙いはその一点のみだ。
「ココはどこだ?俺はどうしてこんなところへ?」
《此処は始まりの場所。私、女神の領域です。あなたは勇者の候補として選ばれ、此処に来たのです》
あっけにとられる男は、脂肪で塞がった気道をぶひぶひと言わせながら文句を垂れ流す。
「え、やだよ、面倒臭い」
《いいから、あなたは今から勇者(見習い)です。魔王を倒してください》
ぶひぶひと抗議する男に女神は間髪入れずにそういった。勢いで押し切る作戦だ。
「勇者なんて嫌だよ、面倒臭いし。どうせだったら、遊び人がいいなあ」
《ジョブチェンジは有りません。いいから勇者(見習い)として、この世に仇なす魔王を討伐するのです》
「どうしてもダメなのかい?俺の適性的にも、勇者よりは遊び人の方がピッタリだと思うんだけどなあ」
《……募集人数に達しましたので、遊び人の募集は受け付けておりません。現在の募集職種は勇者(見習い)のみとなっております》
女神の言葉に、まだぶひぶひと文句を言う男。
「嫌だなあ勇者だなんて。ブラックだって聞くし」
《世の中にホワイトな職などありませんよ、勇者(見習い)。黙って魔王を討伐してください》
「俺には無理だよ。あぁ、こたつでミカンでも食べながらごろごろしたい」
《……あなた、こたつに入れるのですか、その身体で?》
「失礼な女神だな!こたつを俺の身体に合わせればいいんだよ!」
《元も子も無いじゃないですか》
どうやらこの男、相当怠惰なようだ。
《魔王を討伐すれば、きっとスリムなボディになれるでしょう、勇者(見習い)よ》
「だーかーら、俺には無理!」
《では理由を140文字で》
「○イッターかよ!」
《言えないのならば、あなたはやはり勇者(見習い)として……》
「俺の身体見ろよ!161cm161kgのこのボディを!勇者なんかしたら過剰労働で死んじゃうって!」
《形あるモノはいつか崩れ消えてゆく定めなのですよ、勇者(豚)よ》
「ちょっと女神ちゃんったら毒舌過ぎない!?」
《仕様です》
この男との対話も女神にとっては退屈な日常だった。なぜなら、もっと捻くれた屁理屈をこねる勇者候補(笑)等、いくらでもいるのだ。この豚のいう事くらいならば、簡単に説き伏せられる。
「っていうかー、さっきから勇者のあとについてくる()の中身が気に食わないんだけど?」
《この()の中が見えるとは……やはりあなたには勇者の素質がありますね》
いいからとっとと旅に出てくれ、と口に出さないよう女神はかなり我慢していた。このご時世、女神といえどもストレスと戦っていかなければいけないのだ。
「だいたい、女神ちゃんだって結構チカラとかあんでしょー?魔王なんてちょちょいのちょい、ってやっつけちゃいなよー」
《女神といえども、私の力も限られているのです。私にできることは、こうしてあなた達にお願いすることだけ……》
「……つっかえねーな」
《何か言いましたか?勇者(豚)よ》
「だから、その(豚)てのやめてって!俺だって地味に傷つくんだけど!?」
《これからの旅路、もっとつらい経験もあるでしょう……このくらい序の口なのですよ》
「え、もう俺が勇者として旅立つのは決定事項なわけ!?」
《もちろんです。さあ、勇者(旅立たない豚などただの豚です)よ、とっとと魔王討伐に行ってきやがりなさい》
「もう本音出まくってんじゃん……わかったよ、行けばいーんだろ」
《ありがとうございます。それでは》
女神が豚――もとい勇者(見習い)に腕を振ると、豚のような男はぶひぶひと言いながら女神の領域から消え去った。おそらくは最初の試練の地へと旅立ったのだろう。
《あ、そういえば》
勇者のいなくなった空間で、女神はぽんと手を叩く。その手には、勇者の装備品と思われる武器や防具があった。
《あんまりぶひぶひとうるさいものですから、これを渡すのをすっかり忘れていましたね》
過ぎたことは仕方ない、と、女神はあっさりとそのことを忘れることにした。
次の勇者候補が後につっかえているのだ。豚男一人に割いているような時間的余裕などはない。
《さぁ。次の勇者候補を及びしなければいけませんね。これで今月のノルマ達成です》
そうして、女神は次に向けていそいそと準備を始めたのだった。
チャットでお話している時のやり取りから生まれました(笑)