BlackRay
宇宙開発が最盛期になった2100年代、その事件は勃発したのであった―――。
その弾丸を見た者はこういったそうだ。流星のようだと。2152年の春、南米大陸に落下した鉄の巨大な弾丸は、時速およそ600kmという恐るべき速度で地球に襲来し、大気圏を減速しながら進んだ末に、時速450km程度でブラジル中部に巨大なクレーターを残した。その後も複数回襲来した弾丸は、カナダ、ロシア、アメリカ、フランス、中国、イギリス、インド、そして日本と次々に世界の主要国家に甚大な被害を及ぼしたのだ。研究者達が待ちわびた異文明との交流が、このような形で訪れる事。それが人類の期待に答えると共に、彼らに強大な恐怖心を抱かせた事は言うまでもない。
恐怖心に打ち勝つ事、それはすなわちその恐怖心の根源を全て理解しきることである。この意識こそが研究者を更なる研究へ、兵士が戦場へと赴くモチベーションの糧となるのだ。そして今回の事件も研究者の知への欲求を駆り立てた。
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「ったく、いつになったら見えんだよ…」
「目標星団域には入っている。おそらくあの巨大恒星の陰に例の星があるはずだ」
銀河系から遠く離れた牡牛の足元、M45通称プレアデス星団の中でも最も明るい星であるアルキオネ。未確認知的生命体を探索する部隊は、その惑星リングの周期上に至っていた。最新鋭宇宙船<BlackRay>、巨大なエイのようなその漆黒の機体に乗る隊員達は皆、これから見るであろう光景と、その後の展望に期待と不安を抱く。その想いは世界中の誰もが持っているものであり、そしてBlackRayに込められているものでもあるのだ。
「400光年分の距離をはるばる来たってのに…。地球の観測隊のミスじゃねぇの?」
「バカ言ってんじゃねぇよ、この船作ったのだってあいつらなんだから。ワープ機能付けられて観測ミスとかありえねぇって」
「まぁ確かにそうだわな…」
機体先端に超小型のブラックホールを取り付け、前方の空間を圧縮する事、そして自身の重力で加速する事によって、実質光速の100倍の速度を持つ事になったBlackRayの中で、隊員達の不満は高まっていく。いくら光速の100倍とは言え、それでも4年間の航宙には厳しいものがあるのだ。そしてその鬱憤が溜まりに溜まった時、第二の悲劇が起きた。隊員同士の争いである。科学技術が飛躍的に進歩した2100年代ではあるが、人種や宗教観の違いによる差別は根強く残っているのだ。この争いにより、派遣された50人の隊員の内およそ30人が死亡し、そして残った20人程度の中にも緊張が走る。
BlackRayから連絡が入ったのは、そんな時である。
<観測区域ニ到着。観測ト計測ヲ行イマス>
ため息を漏らす隊員、安堵から腰を抜かす隊員など、全員の体から緊張が抜け落ちる。
「とりあえず今は仕事に専念しよう。あいてはもしかしたら敵かも知れないのに、今俺たちが争っていても仕方がない」
隊員の一人が呟くと、全員が無言で了解し、定位置に着く。死者でガラガラの宇宙船内には、その空隙を埋めるかのような不安が漂っていた。
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バンッ!
研究者が机を叩く鈍い音が船内に響く。
「生命体…確認出来ませんでした…」
船内の空気が凍った、その時である。
「モ、モニターを見てください!」
一人の隊員の叫びによって再び時間が動き始めた。全員がモニターを確認し、その光景に愕然とした。
「お、おいまさか!これって…」
「「「「重力レンズ現象!」」」」
宇宙には非常に面白い現象がある。その中の一つが重力レンズ現象と呼ばれる現象。星の重力によって歪んだ空間を通る事によって曲がった光が、レンズのように一つの焦点に収束する現象の事である。
「アルキオネの食連星であるアルキオネCによって重力レンズ現象が発生し、さらにアルキオネCが持つ光と相まって、強力な光を放っているのか…」
「これも見てください!」
モニターに映し出されたのはアルキオネCの周囲の惑星群。おおよそ1000にも上る惑星が一つの周期上に存在していた。
「そしてこれが…」
ついでその図の中に重力レンズの焦点が描かれる。その焦点はなんと、惑星リング上に存在していた。
「これが恐らく、知的生命体の正体です…」
船内に沈黙が漂う。
「さらに、アルキオネとアルキオネC、焦点を直線で結んだ延長に存在しているのが…」
「地球ってことか…」
「途中に存在するアステロイドベルトによって、減速とサイズ縮小が発生しているため、被害は最低限に押さえられているようですが、今後も被害が発生する可能性があります。それに地球に達するまでの速度や、アルキオネの相引作用から換算すると、既に…5発は発射されている事になります…」
「5発か…。この船で今から地球に戻れば、地球に連絡することが出来るんじゃないか?」
「はい、その可能性は大いにあります」
「よし!ならば今すぐ帰還するぞ!総員配備に着け!」
全員が出発に向け、期待を膨らませていたその時だ…。
「エマージェンシー!重力レンズ現象発生!全員衝撃に備えてください!10秒前、5秒前、衝撃来ます!」
その瞬間、アルキオネから放たれた光がアルキオネC周辺で屈折し、収束し、そして…
ズドォォォォォォオオオオ!
一つの星が吹き飛んだ。と同時に激しい衝撃波が周囲に発生する。その力任せの波が黒きエイを襲い、エイは星を追うようにして宙域を吹き飛ばされた。ようやく機体が安定した頃に、機内の照明系も同時に回復したようだ。
「う…皆、大丈夫か?」
起き上がってそう聞く黒い人影に、周囲から声や手が挙がる。
「どうやら全員無事なようだな…。機体の破損程度と現在位置の報告を頼む」
「現在位置はM45外周部、飛ばされた星を追うようにして進んでいます。機体は…ワープ装置が全壊しています…それ以外の被害はほとんどありません」
「まさか…ワープ装置が破損しているとはな…。整備班、改修を急げ!」
「ダメです…。ワープ装置の専門は先ほどの争いで…」
「なんだと…。地球に連絡を取るにしても確実に400年はかかる。俺たちに出来ることは、400年後の人類に危機を知らせる事だけなのか…?」
船内に絶望の色が広がり、周囲を沈黙が席巻する。そこで一人の男が口を開いた。
「俺たちは今400光年先の地に取り残された。そして目の前には地球に危機を及ぼす隕石…。どうだろう皆、俺たちには足がある。ぶつかればあの隕石の軌道を変えられる可能性もあるんだ。今俺は皆に問いたい。ここで無意味に命を散らすか、それとも将来の人類に希望を添えて、命を散らすか。俺は…俺は後者だ」
男の意思が隊員の心を揺らした。
「お…俺もだ。死ぬのなら最後の最後に人の役にたちたい…!」
全員の総意を得、エイが加速する。未来に向かって。
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「アルキオネ周辺から未知の電波を受信!内容は―――――――――。」
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2583年
地球の為に華々しく散った男達の墓碑が、ようやくにして建てられた。
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