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切れないロープと縁の跡

 四作目になります。どうも、暇 隣人です。

 最近はよくお題ももらえるようになってきました……!嬉しい限りでございます。なむなむ。

 さて、というわけで今作となりますが……ちょっとブルーになっちゃいました、すいません←

 そして相変わらずお題からずれてる感が半端じゃないです……。

 それでも良い!という方は、どうぞお読みくださいませ。↓






 夏の重苦しい暑さは、私の小さな体を少しずつ締め付ける。気が付けば、外はもう夕方だった。

 私は椅子の上に立って、開いた窓の向こう側を見ている。

 遠く遠く、オレンジ色をした太陽の光が、煌々と輝いているのが見える。

 切ない。鎖の中の私の心を、乾いた憂いがゆっくりと潤す。

 風が吹く。細すぎる体は、耐えられずに静かに揺れる。つい最近まで伸ばしていた髪は、今や肩にも届かなくなっていた。前髪を指先ではらいながら、軽く深呼吸をする。

 椅子が、ぎしっ、と揺れる。

 汗が噴き出した。

 体がひっぱられて、時間が止まる。

 呼吸が苦しい。

 …………。

 ……まだ、大丈夫よ。

 大丈夫。まだ、大丈夫だから。

 もう少し、だから。ね? そうでしょ、私。

 だからまだ、椅子から降りるわけにはいかないの。






 壁にかかった時計を見る。二つの針は、五と十二。約束の時間まで、あと三十分もある。水でも飲みたかったけれど、椅子から降りるわけにはいかない。

 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ気になって、スカートのポケットの中から携帯電話を取り出す。少し前に買ったばかりの携帯。

 あの人に勧められて、買ったばかりの携帯。

 新しいメールは届いていなかった。受信フォルダをのぞく。最後の日付は、一週間前。これもいつも通りだった。

 送信フォルダ。

 今日の朝、送ったばかりのメールがある。




   話があります

   今日の夕方、五時半に、私の家に来てください

   もうきっと、これで最後だと思います

   来てください

   待ってます




 携帯電話を閉じて、またスカートの中に直そうとした。……けれど、手が滑って間違えて床に落としてしまう。すぐに拾おうとしたけど、思い出して、やめた。

 風が吹く。髪の毛だけが、ほんの少しだけ揺れる。

 ああ、楽になりたい。

 もう、椅子から降りてしまいたいよ。

 でもまだ、駄目なんだ。

 もう少し、待たなくちゃいけないんだ。

 そうじゃないと、意味がないでしょう?

 ね、私。






 信じてた。信じてたの。

 きっと私たちは愛しあってるんだって、世界中の誰よりも幸せなんだって、そう思ってたの。

 でも、そんなの全部、幻想だった。

 私じゃダメだったんだ。私じゃ、あの人と一緒にいることはできなかったんだ。

 告白した。

 春の終わりに、私はあの人に告白した。

 ちゃんと、受け取ってもらえるかな、って。

 ふるまいだけなら、それこそ冷静さを装ってたけど、心の中はもうどうにかなっちゃいそうだった。

 わかってたんでしょう?

 わかってたから、あなたは拒絶したんだ。

 全部わかってて、それでも私のことを拒絶したんだ。

 そうなんでしょう?

 ねえ、私ね、最近よくわからないんだ。

 自分の気持ちとか、あなたの気持ちとか、なんにもわかんないんだ。

 独りだけで、苦しんでるみたい。

 馬鹿みたいじゃない?

 ねえ、どうしたらいいんだろ。私、どうやってあなたと過ごしたらいいんだろう?

 教えてよ。

 もう私、拒絶されたくないの。

 あなたの望む、最高の人になってみせるから。

 そうすればきっと、あなたも好きでいてくれるでしょう?

 そうすれば、きっと……。






 風が吹く。

 私の体は、もう揺れなかった。

 時計を見ると、もうすぐで五時半になるところだった。

 決意はもう、崩れなかった。






 あの人が来るんだ。あの人が来るんだ。

 もう私の胸の中は不安で不安でいっぱいだった。

 どうしよう。どんな顔をして会えばいいんだろう。どんな服着てきてくれるのかな。精一杯、おしゃれしてくれるのかな。

 私、制服のままだけど、大丈夫かな。あの人ならきっと、これもかわいいって言ってくれるよね。ああどうしよう、なんて言おう。

 きっと、私のこと見たら、驚くよね。

 どうなんだろう。

 もし、もう一回告白してみたら?

 そしたら、きっとあの人も。

 ね。



 ああ、息が苦しいよ。

 また会えるんだねまたあの人と会えるんだね。

 うれしいうれしいうれしいうれしい。

 どうしよう上手く呼吸ができないよどうしようねえどうしたらいい?

 ああどうしたらいいんだろういつ椅子から降りたらいいんだろうあの人に見られながら椅子から降りればきっとあの人も私のことを好きになってくれるかな綺麗だねって言ってくれるかなぁ苦しいなぁそうだといいなぁ椅子から飛び降りる君はすごく綺麗だねって言ってくれるよねあなたなら言ってくれるよね言ってほしい言ってよお願いだから






 お願いだから






 ドアが叩かれる。



 やった!






 私は椅子から降りた。











 今日はすごく忙しい日だった。ただでさえ家に帰ってこれるのは夜の十時台だというのに、電車は遅れるし塾は長引くしで、家についたころにはとうとう日付まで超えてしまっていた。

 体中がだるい。明日は休みだし、とにかくさっさと寝ようと思う。

 お風呂にゆっくりと浸かってから、髪を丁寧に乾かす。部屋に戻るともう夜中の一時になろうとしていた。親は私を玄関で迎えてから、すぐに寝てしまった。家の中で起きてるのは、私だけ。

 ベッドに倒れこんで、携帯電話を開いてメールを確認する。友達から五通ほど、「勉強教えて!」とか「明日遊べる?」とかいう内容のメールが届いていた。さすがに明日は家にいたいから、五通全部に「また今度ね」と送り返した。

 自分では付き合いが悪いほうだと思うんだけど、なぜか友達は特にそういうことを言ってこない。まあ、交友関係は広く浅く。私一人いなくたって誰も困りはしないんだろう。そんなことを考えながら、携帯電話を閉じた。

 ……ん。

 そういえば、もう一通だけ、誰かから届いてたような……。

 いや、たぶん気のせい、かな。たまに迷惑メールみたいなのも来るから、それの一種だろうと思う。

 さあ、とにかく早く寝よう……毛布を被るのもそこそこに、目を閉じて眠りに沈む――




 電話が鳴った。




「えっ……?」

 誰だろう、こんな時間に。

 普段から電話なんてほとんどしないから、めったに鳴らない着信音に私はびっくりするばかりだった。

 開いて、誰からの着信かを確認する。

「……?」

 映った番号には、まったく見覚えがない。名前も表示されていないから、アドレス帳にも登録してないはず。

 じゃあ、これ……誰?

「……なんか、気味悪い……」

 どうしよう。このまま出ないでおこうか。

 でも、着信音はずっとずっと鳴り続ける。

 誰からだろう。もしかしたら、緊急の連絡とか、そういうのかも。そうだったら困るけど、でももし知らない人とかだったら……あ、そうか、間違い電話なのかもしれない。……でも……ううん……。

 そうやって考えている間にも、電話は鳴り続ける。

 ……出たほうが、いいよね?

 私は思い切って、受話器の絵が描かれたボタンを押す。

 一呼吸おいて、耳に電話を当てる。

 聞こえない。

 雑音も、何も聞こえない。

 汗が出てくる。嫌な汗だ。とにかく、不気味だった。

「……もしもし?」

 向こう側の誰かに向かって、話しかける。

 まだ、何も聞こえない。

「…………」

 怖い。なぜだかわからないけど、とても怖くなってきた。夏なのに、とんでもなく寒さを感じる。なんでだろう。なんでだろう?

 返事の来ないさびしさに、もう一度話しかけようとした、その時。




 ――何かが、動いた。

 ……窓?






『        ねえ         』






 声が、聞こえる。











 ねえ、教えて?

 私ね、よくわからないの。

 どうしてあなたのこと、こんなに好きになっちゃったんだろう。

 ねえ、どうしてかな?

 それとも――これって、好きって感覚じゃ、ないのかな。

 わからないんだ。今まで、こんな気持ちになったことなんて、ないんだ。すごく胸が切なくて、でも暖かいんだ。そわそわして、何も考えられないんだ。

 ねえ、あなたは覚えてる?

 独りぼっちだった私に、声をかけてくれたときのこと。

 私ね、すごくうれしかったの。

 あなたはいつだって人気者で、みんなから好かれてて。

 私の、憧れの存在だったの。

 そんな人が、まさか私に話しかけてくれるなんて、思いもしてなかった。私みたいな暗い人間に、話しかけてくれて、すごくうれしかったんだ。

 ねえ、あなたはまだ覚えてる? ……やっぱり、忘れちゃったかな。

 私の送ったメール、ちゃんと読んでくれたかな。

 私の気持ち、伝わったのかな。

 私ね、怖いんだ。

 あなたの優しさを知ってしまったから。

 あなたから離れるのが、怖くなっちゃったの。

 私を救ってくれたのはあなた。ずっと独りで、虚しさしかなかった私の毎日に、光を差してくれたのは、あなただったの。

 だからもう、離れたくないよ。

 ねえ、私、どうしたらいいの?

 もうわかんなくなっちゃったんだ。なんて言っていいか、わからないの。

 こんな気持ち、言葉になんて、変えられないの。

 ねえ、これでよかったの?

 私、あなたに見てもらいたかったのに。

 私の気持ちを、私の本当の気持ちを、見てもらいたかったのに……。

 なのにあなたは、来てくれなかった。

 どうして?

 ねえ、教えて。

 言葉に変えられないこの気持ちを……どうしたらいいのか、教えて?

 ねえ。

 ……私もう、疲れちゃったよ。

 ごめんね。あなただって、きっと疲れてるよね。ごめんね。

 でももういいんだ。私のことなんて、もう。

 ごめんね。本当にごめんね。

 あなたのせいじゃないの。

 私の、この名状しがたい気持ちが、勝手にやったことなの。

 だから、あなたのせいじゃない。

 ごめんね。

 ごめんね。

 ごめんね……。




 おやすみなさい。











「……あなた、――、さん……?」






 窓の向こう側には、首を吊った少女が、静かに立っていた。






 お題は「名状しがたい」。

 ありがとうございました。

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