表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

屋根の上で、賢者は語る

 ずいぶん長い間お待たせしました。およそ五か月弱ぶりの更新となります、暇 隣人です。

 いただいたお題はあとがきに記載してます。推理してみるのも面白いかもしれんです。

 ただ、予想が外れて「理不尽だ!」と言われましても「ごめんなさい、僕もまさかこうなるなんて……」としか言えないので(爆)、まあほどほどにどうぞ。

 それではお楽しみください。↓





 なあ。


 君はこんなこと、知ってるかい。


 あの月は、ぼくらを見下ろしてるのだぜ。


 あんなに高い高い空の上から、優雅に清閑に、淡々とぼくらを見下ろしているのだぜ。


 誰も届きやしない雲の上から、熱情と高揚と、狂気をぼくらに与え続けているのだぜ。


 人間って、ちっぽけだよなあ。


 ほんの少しだけでいい。月がちょっと動けば、きっと人間は滅んじゃうのだぜ。


 さびしいよなぁ。


 君もそうは思わんかい。


 どうなんだい。


 部屋の窓から見る月は、綺麗かい。


 コンパスで描いたみたいに、真ん丸で滲んではいないのかい。


 そりゃ結構。


 ぼくもそっから見てりゃあよかったな。


 ぼくの小さい眼ん玉じゃあ、こんなに滲んで、荒んで、全然見えやしねえや。


 こいつぁ誤算。


 そりゃ結構。








 なあ。


 君はそこから出ないのかい。


 いつもいつも、そんな清潔で整った部屋の中にいて、退屈はしないのかい。


 文明ってもんはさ、退屈をどれぐらい潤してくれるんだい。


 きっと、驚くほど鮮明に、現実のような幻想を見せてくれるのだろうな。


 淋しくはないかい。


 それとも、寂しいのかい。


 ぼくには、たぶん一生、わかんねえな。


 暗いところは苦手なのだぜ。


 いつかきっと、闇はぼくらを襲ってくるのだぜ。


 月が操っているんだ。


 あの月はきっと、世界中の闇をみんなみんな操っているのさ。


 そしていつか、じゅくじゅく煮込まれた闇のスープで、ぼくらを一気に溶かす気なのだぜ。


 難儀だなぁ。


 気づかずに死ぬなんてのは、綺麗かい。


 月だって、きっとそう思ってるのだろうな。


 だからぼくらを、狂気で染めようとするのだぜ。


 狂気ってのは、無恥で無知なのだからな。


 気づかないうちに、ぼくらは終わっているのだぜ。


 淋しいかい。


 それとも、寂しいかい。


 ぼくは悲しいね。


 月だって、涙を流しているんだ。


 あの黒いシミから、ぽろぽろと涙を流しているんだ。


 優しいねぇ。


 寂しいねぇ。


 どっちだって構わんの、だがね。








 なあ。


 君は死にたいなんて思ったこと、あるかい。


 それはきっと、月のせいだぜ。


 あの月は、謀らずして手に入れた闇たちを使って、君の喉元をしっかりと狙っているのだぜ。


 君の手がいつの日か、喉をぐっと、握りつぶしてしまうことを期待しているのだぜ。


 全部、月のせいだ。


 黄色くて静かな、あの真ん丸の月のせいさ。


 窓越しに見ても、わかるかい。


 あいつはぼくらを見下ろしてるのだぜ。


 ルナティックス、なんて歪んで笑うのだぜ。


 かっこよくねぇなぁ。


 正々堂々も、何もあったもんじゃない。


 あいつは狡猾なのだぜ。


 誰も、あいつを止められやしないのだぜ。


 だから、君のせいじゃない。


 君のせいじゃないのさ。








 なあ。


 気づかずに死にたいかい。


 それとも、気づかれずに死にたいのかい。


 どっちだっていいけれどもね。


 君は月に殺されたいと思うかい。


 思わないだろうね。


 抗いたくもなろうね。


 でもきっと、そんなのは無駄なのだぜ。


 月は昨日のぼくらを貪っているのだ。


 屠って詰って弄って喰って罵っているのだ。


 実験台だぜ。


 過去のぼくらはもう、どこにもいないのだぜ。


 君はどうして、月が大きくなるのか知ってるかい。


 それはね、過去のぼくらを食べているからなのだぜ。


 ほんの少しだけ、太陽のカーテンから顔を出したが最後、昔のぼくらは止まったまま食べられてしまうのさ。


 そして満腹になって、あんなにも真ん丸になるのさ。


 そしてまた、闇にその影を埋めていくのさ。


 怖いかい。


 ぼくだって、恐いね。


 破り捨ててしまいたいさ。


 でもやっぱり、無駄なのだぜ。


 過去の無力なぼくらが、今までずっとそうだったように。


 ぼくらもまた、あの月のシミの中に、抗うすべもなく吸いとられていっちまうのだぜ。


 淋しいかい。


 ぼくは寂しいね。


 そんなもんなのさ。


 綺麗だろう、月。


 窓、開けたらどうだい。


 ここはそこより、涼しいぜ。








 なあ。


 いいかげん、その部屋を出ないかい。


 怖いものは、もうどこにもないぜ。


 ぜんぶぜんぶ、月が吸いとっていっちまったのだぜ。


 だからもう、どこにもないぜ。


 それはそれで、淋しいかい。


 それはそれで、淋しいよなぁ。


 でもきっと、月はまだぼくらを殺さずに居てくれるぜ。


 仮初の光だろうと、きっとぼくらを照らし続けてくれるのだぜ。


 あの光は、昔のぼくらなのさ。


 どうだい、そこから見えるかい。


 ここからなら、そんな場所よりも、ずっとずっと、滲んで見えるのだぜ。


 窓ごしじゃあ、あまりにも悲しくないかい。


 鮮明でさ。


 滑稽でさ。


 見なきゃいいものだって、やっぱりあるんだぜ。


 見なきゃいけないものは、ぜんぶぜんぶ月が吸いとってくれたのだぜ。


 だから、そこから出ないかい。


 赤いカーテンを開けて、


 固く錆びた鍵を解いて、


 張りついた桟を掴んで、


 窓を開けてみないかい。


 そこからはきっと、いい眺めなのだろうな。


 うらやましいぜ。


 月はまだ、君を見下ろしてくれているのだ。


 寂しいかい。


 寂しいよなあ。


 だったら早く、そこから出ようぜ。


 君を縛っているものは、闇でも月でもないのさ。


 それはまぎれもなく、光そのものなのだぜ。


 ぜんぶぜんぶ、月が吸いとってくれるさ。


 あの黒いシミの中で、涙と一緒に洗ってくれるさ。


 そうしてまた、ぼくらのもとへ、帰るのさ。


 ルナティックス。


 狂気なんて、所詮は記号なのさ。










 扉の開け方、忘れたかい。


 押すんじゃなくて、引くのだぜ。










 卒業、おめでとう。


 君はもう、昨日の君には、戻れないのだぜ。


 ぜんぶぜんぶ、暖かくもない光と一緒に、月が吸いとってくれるのだろうさ。


 淋しいかい。


 おや、寂しいのかい。


 こいつぁ誤算。


 そりゃ結構。





 お題は「卒業」。

 ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ