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ウンメイデンパ、受信しました (2)

お待たせしました、ようやく完成です! いやぁ、長かった。

……ってそんなこと言ってられるもんでもないですが。次回はもっと早めに書きたいと思います。はい。

ではでは、お楽しみあれ。↓




 ……はぁ。

 どうして、ここまで無理をする必要があるのだろう。

「そりゃー、しょーねんの膝枕がいとおしーからやないけー?」

「いや、呂律回ってませんから……」

 ものすごく唐突に天音さんが倒れた後、近くで騒いでいた花見客の男性の一人が慌てて駆け寄ってくれた。さすがに僕一人では運べなかったので(重いからじゃない。重いからじゃ……ない)、一緒に運んでほしいと頼んだところ、なんと家の目の前まで背負ってくれたのである。深々とお礼をしたら、さわやかな笑顔で「じゃ、俺はこれで」とだけ言って去っていった。やばいかっこいい。いやぁ、いるところにはいるもんだなぁ、優しい人。

 ……ま、天音さんならではのステータスがあるせいかもしれないけど。




 改めて、天音さんの部屋の中を見渡してみる。

 僕と天音さんが一緒に座っているソファーは、以前この部屋を訪れたとき――出会って間もない頃だったから、たぶん十年ほど前のことになるが――から、まったく変わっていない。しかも、それは配置だけという意味ではなく、見た目もそれほど汚れていなかったりするから驚きである。普段の天音さんからは考えられない様子だった。

 目の前のテレビの横に並んだ黒い本棚の中には、大量の宇宙科学系の本が詰まっている。広辞苑ぐらいはあるんじゃないかというほどの厚さのものから、大学ノート程度の薄さの本までいろんなものがそろっていた。片っ端から読んでいるのだろうか。たぶんそうなんだろう。

「しょーねん、さっきから何を見ておるのじゃ」

「いや……天音さんって、意外と勤勉なんだなぁと思ってさ」

「なにを見とんじゃー! 今は天音つぁんだけを見ろやーい!」

「いたたたた耳はやめてお願いお願いほんとすいませんでしたまじで」

 天音さんは僕の耳からぱっと手を放すと、むすっとした顔のまま僕の膝に頭を押し付けるように乗せている。……テレビもつけてないけど、暇じゃないのかな。あー耳が熱くなってる。

 ……それにしても、桜を見ろやら自分を見ろやら……。ころころ変わる人だよなぁ、相変わらず。




「――ねぇ、天音さん」

「おうっ?」

 ちょっとだけ不機嫌な口調で天音さんは返事をした。あまり構わず、僕は続ける。

「天音さんは――どうして、僕を好きになったの?」

 僕の問いに、天音さんはわざとらしくため息をついた。

「……それ聞ーちゃうのかい。ほんっと、しょーねんはすとれーとで真っ直ぐだのぉ」

「結構、本気で聞いてるんだけどな……僕」

 口を尖らせた天音さんの横顔は、僕の膝の上に少しずつ下がっていく。僕も天音さんも、何も言わない。

 しばらく静かになってから、ようやく天音さんは重い口を開いた。

「……十年前のこと。しょーねんは、まだ覚えとーら?」

「うん。僕と天音さんが、公園で会ったときの話だよね」

 頭の中に、あのときの映像を思い浮かべる。天音さんの長い背丈の姿そのものは、今思い出してもあまり変わっていないように思えた。

「おう、そんときさ。あんときはねー……ほんと、何を考えてたんだっつーか……自分でも、よーわからんけの」

「へえ?」

 じっと目の前を見つめながら、天音さんは困ったような表情をする。白い化粧の流れた跡が、頬に一筋通っているのが見えた。

 ――いつの間に、泣いていたんだろう?

「うん、かんたんに言っちまえばね――ウンメイ、探してたったな。迷える少女、天音つぁんは」

「運命……」

「うむ、ウンメイ。あんときゃの天音つぁんあ、そりゃーそりゃーひどい有様だったけぇの。……なんか、ほしかったんじゃ。ウンメイとかゲンソウとかカミサマとか――そーゆう、ずれずれにずれた何かがの」

 ずれずれにずれた……何か。

 それはきっと――夢や理想や……そういう、どこか遠い物のことなのだろう。

「天音つぁんはね、独りだったさね」

「え? ……独り?」

「うむ。だーれもおらんかった。天音つぁんは天涯孤独、唯我独尊……ん、あとのはなんかちげーわな、くははは」

 痛んだ喉から出る笑い声は、がらがらに乾いている。大きく一度だけ咳き込んで、天音さんは横目に僕の顔を見上げた。

「あんときはね……探されたかったのだよ、ほんとーは。自分を見て、声をかけてくれる誰かがほしくてほしくて――の。そんなこつば夢見とった。きっといつか来るんやないけー、なんて思いながらにゃあ……」

「それはつまり――誰かに、見つけてもらいたかった……ってこと?」

「ん……そーとも言えろ。でもな、天音つぁんは『見つけられる』前に、『見つけて』しもーたってこたぁよ……それが、しょーねんだった、ってこっさ」

 ……なるほど。

 それが、天音さんの『宇宙人』っていう意味か。











 本棚に詰め込まれたばらばらの本の束を見ながら、天音さんに問いかける。

「ねえ、天音さん」

「…………」

「天音さんは……いつから、気づいてた?」

「……なにがじゃい、しょーねん」

「誤魔化さないでよ。天音さんらしくないな――で、いつから?」

 膝の上の天音さんの頭に、手のひらを優しく乗せた。

 柔らかくて、暖かい。






「――僕が『宇宙人』だってこと。一体、いつから気づいてたのさ?」






「……にゃはっ」

 僕の手を跳ね除けるようにして、天音さんは勢いをつけて起き上がる。上半身だけをねじらせて、潤んだ瞳と赤みを帯びる顔を僕に向けてきた。

 十年前とは違う――天音さんの顔が、そこにはある。

「実はのぉ……最初ん頃からさ。しょーねんは、なんにも変わってないがらのぉ。そら、分かるさて」

「……おかしいな。成長速度はちゃんと調節してたはずなのに」

「天音つぁんがいっとるのは、心のこったよ。体がどんなにでっかくなろーと、心は変わってねーからの。しょーねんは」

 天音さんは、僕に少しずつ顔を近づけて――唇が触れ合う寸前で、ぴたっと動きを止めた。

 にひっ、と。

 天音さんは、無邪気に笑う。

 僕もつられて、静かに笑みを返した。……ああ、なんていうか。

 恥ずかしいんだよなあ――こういうのはさ。

 こんなにまで、誰かと触れ合うことを愛するのは――せいぜい人類くらいのものなんだから。











 十年前。僕の父は、仕事の関係で「地球」へと異動することになった。

「ほら、――。あれが見えるか? あの青い星だよ。あれがこれからみんなで行く、地球という星なんだ」

 父と母は嬉しそうに、その星を宇宙船の窓から眺めていた。そんな光景を、僕はちょっとだけ距離を置いて眺めていたのを覚えている。

 正直な話、僕にとって「地球」は言うほど価値のあるものではなかった。元々、他人だとかおもちゃだとか、そういうものにはまったく反応示さないような子供だったから、当然といえば当然のことだ。

 だから僕は、「地球」での暮らしに感じるものは、ほとんど何も無かったと言っていい。事前に作ってあった偽者の名札をぶら下げて、毎日毎日、まともに誰かと話もせずに学校に通って。

 気がつけば、僕は独りだった。

 もしかすると――これこそが、僕が天音さんに強く惹かれた理由の一つだったのかもしれない。

 僕も天音さんも、誰かを求めていた。

 僕はそれに気づいていなかったけど――きっと、そうだった。






 僕は天音さんに、自分の名前を教えなかった。……正確にいえば、教えられるはずがなかったのだけど。僕の名前は地球の言語とはそもそも違うから、伝えようがなかったのだ。

 偽の名前を教えることは出来た。でも、それはなぜだかしたくなかった。

 だから僕は、ずっと「少年」と呼ばれてきていたのだ。






 天音さんとは、初めて出会って以来、毎日のように公園で会っていた。僕が公園の前を通りかかるといつもそこには天音さんがいて、僕に笑顔を向けながら片手で手招きするのだ。僕も微笑を返しながら、ベンチの真ん中を堂々と陣取る天音さんの横に座った。

 特に何か決まったことをしていたわけじゃない。話したり、遊んだり、笑いあったり……日によってその内容は違ったし、すべてがすべていい思い出ばかりだったというわけでもない。それでも天音さんは毎日そこにいたし、僕も天音さんの誘いを断ることはなかった。

 そういう関係だった。それから二年後の、あのときまでは。






「読書、慣れてなかったんじゃない? 無理してあんなの調べなくたってよかったのに」

 天音さんの持っている宇宙の本。あれはきっと、出来るだけ僕に近づこうとした天音さんの努力の塊なのだろう。

「んあ、まーの……んでも、いろいろ勉強になったさしゃ。それに……」

「それに?」

「自分の彼氏が、この広い広い宇宙のどっかからきたんでなー……って思うとったら、なんやけ、誇らしいやないの」

 照れくさそうに天音さんは笑う。その仕草がまた可愛らしかった。

「ほんと、不思議だね。よくこんな奇跡が起こったもんだ。何があるか分からないもんだよ、人生っていうのはさ」

「……かるがるしくキセキとかジンセイとかゆーでないぜ、しょーねん」

 軽くデコピンをされる。痛くはない。でも、たしかな温もりは伝わってきた。

 天音さんは一度離していた顔をまた近づけて――そのまま、僕に覆いかぶさるように、前のめりに倒れる。

「今度はの。天音つぁん、きゅーしゅーに行くんじゃて」

「九州……か。随分、遠くなるね」

 僕と天音さんが出会って二年目のことを思い出す。当時、ようやく体のいい仕事を見つけだすことが出来た天音さんは――突如として、僕の前から姿を消した。僕が、「地球」へとやってきたときと、同じようにして。

 次に会えたのは、それから三年後。今日と同じあの桜の木の下で、適当に花見をして……それからまた、天音さんはどこかへと行ってしまった。

 そして、今日。

 長い月日を経て、ようやく僕らはまた出会えたのだ。

「きゅーしゅーはの、桜がよーよー綺麗だって聞いてーけな。写真とったば今度見せやるわ」

「そっか……ありがと。僕、桜は大好きなんだ」

 さっきまで見ていた、桃色の景色のことをふと思い出す。

 桜は綺麗だ。春になれば、自然とそこに現れて――そして、気づいたときにはもう散っていく。

 そう――それはまるで、天音さんのようで。

 毎年それを見るたびに、僕は天音さんのことを恋しく思うのだ。

「ずいぶんと待たせて、そしてまたどっか行って……ほんとにごめんの。しょーねんよ」

 僕の憂いを含んだ表情に気づいたのか、天音さんは俯きながら謝ってきた。僕は慌ててフォローする。

「謝らないでよ、天音さんは何も悪くないじゃないか。それに……」

 目の前に迫る天音さんの額に、僕の額を軽くぶつける。泣きそうな天音さんの目が、少し驚きを示した。

「――天音さんは、明るい方が似合ってる。そうでしょ?」

「……へへっ」

 二人の顔が、どんどん近づく。

 それはまるで、宇宙を回る小さな星のように――ゆっくりと、ゆっくりと。

 軽く、そっと口元が触れ合った。

 僕は笑う。天音さんも、笑う。

 静寂は、心地いいぐらいに僕らを取り残す。

「またあおーぜ、しょーねん。いつになるか、分かりゃせんけどのー」

「いいよ。いつまででも、待ってあげる。だから、そのときまで……」

 ――あなたの肌に、触れさせていてください。

 ……それは一体、どっちの心だったのか。

 僕の細い体を抱きしめる天音さんは、耳元で静かに、こう囁いた。






「――ウンメイデンパ、受信しました」





                                     ――了

お題は、「宇宙人」「桜」「恋人」の三題噺。

ありがとうございました。

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