最強のトリオと、忍び寄る「好き」の兆し
「恵吾ぉー! ちょっと顔貸しなさいよ!」
放課後の教室に、名倉明日香の声が響き渡った。
入り口のドアを威風堂々と開けた明日香は、腕を組んで教室の奥へと歩みを進める。その背後には、他クラスの女子生徒たちが悔しそうにこちらを遠巻きに見つめていた。
「またか、明日香」
窓際の席で教科書を鞄に詰めていた袴田透が、慣れた手つきでため息をつく。
「今日の刺客はどこの組だ?」
「二年の先輩。わざわざ手作りクッキー持参で『恵吾くんいる?』だってお断りよお断り! 恵吾、あんたまた変な愛想振りまいたでしょ」
明日香に詰め寄られた当本人——末永恵吾は、ポカンとした顔でパチクリと目を瞬かせた。整いすぎた目鼻立ちに、どこか抜けたような柔らかい笑みが浮かぶ。
「え? いや、廊下ですれ違った時に『こんにちは』って挨拶しただけだけど……」
「それがダメなの! あんたのその顔で無自覚に微笑むのは、街中で無差別に爆弾投げ散らかしてるのと同じなんだからね!」
「爆弾って……ひどいな明日香は」
恵吾は困ったように眉を下げて透を見た。
「透、俺そんなに危ない顔してる?」
「してる。自覚を持て、自覚を」
透は呆れ顔で恵吾のつむじを軽く突っついた。
昔から、この3人の構図は変わらない。
幼稚園の頃から、恵吾は群を抜いて顔が良かった。そして驚くほど天然で無防備だった。ほっとけば近所のお姉さんたちや上級生の女子に囲まれ、着せ替え人形のように甘やかされてしまう。
そんな恵吾を、男勝りな明日香が「恵吾に気安く触らないで!」と追い払い、透が「ほら恵吾、逃げるぞ!」と手を引いて連れ去る。それが幼馴染である自分たちのデフォルトだった。
「ほら恵吾、さっさと帰るわよ。あんたを回収しに来たんだから」
「あ、うん。ありがと明日香」
恵吾が素直に立ち上がり、鞄を肩にかける。その無防備な笑顔を至近距離で見上げ、明日香は密かに胸の奥がドクンと跳ねるのを感じていた。
(……昔は、ただの『世話の焼ける弟分』だと思ってたのに)
明日香はカバンを握る手にぐっと力を込めた。
高校生になってからだ。背が伸び、少しだけ男らしい骨格になっていく恵吾を見るたび、ただの幼馴染ではいられなくなっている自分に気づいたのは。
(ずっと守ってきたのは私なんだから。……誰にも渡すつもり、ないんだからね)
明日香は一呼吸置くと、サバサバとしたいつもの笑顔を貼り直して恵吾の腕にすっと自分の腕を絡めた。
「ねえ恵吾。今週末の土曜日ってバイト休みでしょ? 駅前に新しくできたカフェ、付き合ってよ。限定のパフェが食べたくてさ」
露骨なデートのお誘い。距離の近さに、遠巻きに見ていた女子たちが「キーッ」と声を殺して悔しがる。明日香は心の中で小さくガッツポーズを作った。
恵吾は一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐに完璧な無自覚スマイルを咲かせた。
「あ、土曜? 全然いいよ! あ、そうだ、透も行くだろ? あそこのフレンチトースト気になってたよね!」
「……は?」
明日香の動きがピタリと止まる。
恵吾は悪気ゼロの純粋な瞳で、後ろで鞄を背負い直していた透を振り返った。
「なあ透! 土曜日3人で駅前のカフェ行こうぜ! 明日香のパフェも、透のフレンチトーストも、一口ずつ交換しよう!」
「……恵吾」
明日香の額に青筋が浮かぶ。
当の透は、腕を組んだまま恵吾と明日香を交互に見つめ、どこか冷めた、けれど妙に引っかかるような視線を二人に向けていた。
「俺はどっちでもいいけど。……明日香、ふたりで行きたかったんじゃないのか?」
「なっ……! と、透、あんたねぇ!」
「え? なに? ふたりで行きたかったの?」
首を傾げる恵吾。
「〜〜〜〜っ! もういい! 3人で行くわよ!! 恵吾の奢りでね!」
「ええっ!? なんで俺の奢り!?」
大声を上げる恵吾を置き去りにして、明日香はプンプンと怒りながら教室を後にした。
だが、背後で恵吾と笑い合いながら歩いてくる透の視線が、いつもと少し違っていることに、明日香はこの時まだ気づいていなかった。
最強の仲良しトリオのバランスが、静かに、けれど確実に崩れ始めていた。




