6 嘘と涙
「おねえちゃーん、プール行こうよー、プール!」
「うるさいなぁ、麻衣は……」
「優衣。麻衣をプールに連れて行ってあげて? 暑いからいいじゃない?」
夏休みは退屈だった。もともと友達の少ない優衣だったが、亜紀と遊ばなくなった夏休みは、やっぱり寂しかった。
――ひとりぼっちは嫌だ……
このまま学校が始まるのが怖いと思い始めた頃、亜紀から電話がかかってきた。
「優衣、今日遊べる?」
「う、うん。いいよ」
「今からあたしのうちにおいでよ」
「え、いいの?」
「うん。待ってる」
久しぶりの亜紀の誘いに、優衣は心を躍らせた。
亜紀の部屋には、香織とそのとりまきの女の子たちが集まっていた。
「香織たちも一緒なの。いいよね?」
亜紀が優衣の顔色を伺うようにささやく。
「……うん」
そう答えるしかなかった。すると優衣に向かって、香織が手招きをしてきた。
「ねえねえ、優衣」
周りの女の子たちがくすくすと笑う。
「優衣って、ほんとに裕也とつきあってんの?」
「つ、つきあってないよ」
香織が優衣を見てふふっと笑う。
「だよねー。あいつ翔のこと殴ったりして、マジむかつくしー」
「あはは、香織って、翔のこと好きだもんね」
「好きだよー、翔ってサッカーうまくてかっこいいじゃん?」
優衣は床に座って、ぼうっと香織たちの声を聞く。すると女の子たちの笑い声にまぎれるようにして、香織がそっと優衣に尋ねた。
「じゃあさ、優衣も裕也のこと、嫌い?」
優衣はぼんやりと香織を見つめる。
「ねえ、嫌い?」
「……うん。嫌い」
香織がくすっと笑い、また女の子たちと話し出した。
彼女たちの話題はいわゆる恋バナ。○○くんがかっこいいとか、○○くんが好きだとか……だけど優衣には『好き』という感情がよくわからなかった。ただ……
――あたし、嘘ついた。
裕也のことを、『嫌い』じゃないことだけは、わかっていた。
それから香織たちは優衣のことを誘ってくれた。きっと『仲間』と認めてくれたのだろう。
香織とはやっぱり気が合わないと思ったけど、優衣は彼女に合わせるようにした。そうすれば寂しい思いはしなくてすむ。亜紀とも一緒にいられる。二学期になってもひとりぼっちになることはない。
――これでいいんだ。これで……
そして一度も裕也と会うことのないまま、夏休みが終わった。
「授業を始める前に、みなさんにお知らせがあります」
二学期最初の日、担任教師が黒板の前で言った。
「三浦裕也くんがおうちの都合で引越ししました。学校も新学期から、別の小学校へ転校しました」
教室中がざわめきだす。優衣は担任教師の姿を、ただぼんやりと見つめていた。
「裕也って翔のこと殴ったじゃん?」
休み時間、とりまきの女の子たちを集めて、香織が親から聞いたとかいう話を自慢げに話し出す。優衣もそんな香織の話を黙って聞いていた。
「でさ、翔のお父さんってPTAの会長でしょ? 裕也の家に怒鳴り込んでいったんだって。『うちの息子になんてことするんですか!!』って」
「うわー、マジー?」
「けど裕也のお父さんもヤクザみたいな人だからさ。そんなことで引き下がらないで、ケンカになったらしいよ。でも結局『ふざけんな! こんな学校こっちから出てってやる!!』って、裕也のほうが出て行くことになったんだって」
「うそー」
「こっわー」
女の子たちが騒ぎ出す。優衣はさりげなくそんな輪から抜けた。
「優衣? どこ行くの?」
教室から出て行く優衣の背中に、亜紀が声をかける。
「ごめん、ちょっとトイレ」
優衣は廊下を駆け出した。トイレのドアをバタンと閉めて鍵をかける。その瞬間、こらえていた涙がぽろぽろとあふれ出した。
「う……え……ええん……」
雨に濡れた黒いランドセル、ふたりで歩いた夕焼けの道、鳥になりたいと思った真夏の空、シロに頬ずりしたときの裕也の笑顔……
優衣の胸に、裕也との思い出があとからあとからこみ上げてくる。
「ごめん、裕也……嘘ついてごめんねぇ……」
『嫌い』なんかじゃない。『嫌い』なんかじゃないよ。
――裕也と、もっと一緒にいたかった……
そう思ったら、優衣の目からまた涙があふれてきた。
次回から中学生編になります。




