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2 雨に濡れて

 優衣の家は四人家族だ。会社員の父にパートの母、それから一年生の妹、麻衣。

「お母さん、これお手紙」

「はいはい」

 台所で皿に料理を盛り付けている母に、優衣がプリントを渡す。母は濡れた手をエプロンで拭きながら、優衣の手からプリントを受け取る。

「お、今夜はハンバーグか?」

 風呂上りの父がキッチンへやってきた。

「パパ、見て! このハンバーグ麻衣が作ったんだよ!」

「ほんとか!? すごいな、麻衣は!」

 ――うそばっかり。ほとんどお母さんが作ったんじゃない。

 父が麻衣と話をしながら、にこにこと微笑んでいる。甘え上手な麻衣は、いつもこの家族の主役に見える。

「あら、授業参観あるのねぇ」

「お母さん、来る?」

「行くわよ。お仕事お休み取ってこなくちゃ」

「ママー、麻衣のところにも来るー?」

「もちろんよ。麻衣は初めての授業参観だもんねぇ」

「パパも有給とって行くかなー?」

「え? ほんとに! ほんとにパパも来る!?」

 麻衣が嬉しそうにはしゃいでいる。父も母もそんな麻衣を見て笑っている。優衣は母の手に揺れるプリントを見つめながら、ぼんやりと裕也のことを思い出した。

『学校なんて行かなくてもいいじゃん』

 ――やっぱりヘンだ。あいつも、あいつの家も……

 優衣は家族の笑い声を聞きながら、「いただきまぁす」と言って、ハンバーグを口に入れた。


「あ、優衣おはよー!」

「おはよ、亜紀ちゃん」

 優衣が教室に入ると、いつものように亜紀が声をかけてきた。亜紀とは一年生のときからずっと同じクラスで、優衣の一番の仲良しだ。

「ねえねえ、昨日の嵐の新番組見たー?」

「見たよー! 見た見た!」

 優衣がランドセルを置いて、亜紀のいる机に近寄る。そのとき優衣は気づいた。窓際の席で頬杖をつきながら、ぼうっと外を眺めている、裕也の姿に。

「どうしたの? 優衣」

「来てる……三浦裕也」

 亜紀が優衣の視線の先を追いかける。

「ああ、めずらしいね。あいついっつも学校さぼってるもんね」

 ――学校、来たんだ……弟の病気治ったのかな?

「それより優衣さー」

 亜紀が優衣の腕をひっぱった。裕也はクラスの誰とも話すことなく、ただどんよりと曇った窓の外を見つめていた。


 学校が終わる頃には雨が降り出した。昇降口から色とりどりの傘の花が開き、ばらばらと散らばっていく。

「じゃあね、優衣」

「ばいばい」

 優衣は校門の前で亜紀と別れた。亜紀の家は反対方向だから一緒に帰ることはできない。だから優衣はいつも一人で帰る。

 同じ方向の女の子たちと一緒に帰ったこともあるけれど、どうも気が合いそうになかった。よく考えると、自分と気の合う友達って亜紀しかいないのかな? なんて、思ったりもする。

 ピンク色の傘をゆらゆら揺らしながら、学校からの歩道を歩く。下級生の男の子たちがふざけあいながら、優衣の脇を追い抜かしていく。

 やがて優衣は、川に架かる橋を渡ろうとして立ち止まった。橋の手前の空き地で退屈そうに水溜りを蹴飛ばしている、見覚えのある横顔を見つけたからだ。

「なにやってるの? 傘持ってないの?」

 優衣の声に裕也が顔を上げる。濡れた前髪が額に張り付いている。

「いらねーよ、傘なんか」

 裕也はそう言って小さく笑うと、またうつむいて水溜りを蹴飛ばした。服も運動靴もランドセルもびしょ濡れなのに気にしていない。

「帰らないの?」

 優衣の靴にも雨水が染み込み始めている。

「今日はあの人がいるから」

「あの人?」

 裕也がうつむいたままふっと笑う。優衣はそんな横顔に、昨日はなかった小さなあざがあることに気がついた。

「それ、どうしたの?」

 裕也がゆっくりと顔を上げる。

「怪我……したの?」

 優衣が裕也の頬を指さす。

「殴られたんだ」

 優衣にとって聞きなれない言葉が、胸にズキンと響く。

「だ、誰に?」

「お母さんに」

 その言葉はさっきよりももっと強く胸に響いた。ズキンズキンと……

「あ、あたしのお母さんはぶったりしないよ?」

「それは本当のお母さんだからだろ?」

 裕也がちらっと優衣を見る。

「うちのお母さんは、本当のお母さんじゃないから」

 そしてぼんやりと突っ立っている優衣に向かって水を蹴飛ばした。

「きゃっ、なにすんのよ!?」

「さっさと帰れっ」

「あんたは? いつまでここにいるつもり?」

「ずっといる。帰ったらあの人にまた殴られるから」

 優衣は何も言わず……いや、何も言えずに、裕也のことを見つめた。裕也はそんな優衣に小さく笑いかけると、もう一度足元の水を優衣に向かって蹴飛ばした。

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