１２ 裕也のこと、好き？
「七瀬！」
部活が終わり、ひとり校舎を出た優衣に、珍しい声がかかった。
「よう、久しぶり」
目の前で笑うのはサッカー部の榎本翔。いや、今はもうサッカー部ではないはず。たしか部員とうまくいかなくて、部活を辞めたとか聞いたことがある。小学校の頃、やんちゃで目立っていた翔も、中学に入ったらすっかりおとなしくなっていた。
「一緒に帰ってもいいか？」
「べつに、いいけど……」
翔が優衣の前でにかっと笑った。
「七瀬、吹奏楽だったよな？」
いつもの通学路を翔と並んで歩く。そんなこと絶対ありえないと思っていたから、とても不思議な気分だ。
「うん」
「俺、帰宅部。サッカー部辞めちゃったからさー」
翔はさっきからほとんどひとりでしゃべっている。だけどそれはどことなく落ち着きがなく、不自然だった。
――なにが言いたいんだろ？ 突然あたしに話しかけてきたりして……
「なんで辞めたの？」
「え？ サッカー？」
「そう」
「いやぁ、なんかうまくいかなくてさ。部の連中と」
翔はへらへらとそう言ったが、ふと真面目な顔をして空を仰いだ。
「なんか俺、あいつらに嫌われてるし。調子こくんじゃねーよとか……」
優衣は黙って翔の横顔を見た。翔はそんな優衣を見て照れたように笑う。
「七瀬もさ、俺のこと嫌いだろ？」
翔の後ろを何台かの車が通り過ぎる。
「俺、小学校の頃、お前のこといじめてたもんな？ ガキだったよなー。ほら、俺って、好きな子いじめちゃうタイプだからさ」
――好きな子？
優衣が黙っていたら、翔は困ったように頭をかいた。
「だからさー、俺、お前のこと好きなわけ。わかる？」
「え？」
「だ・か・ら！ 俺、七瀬が好きなの！」
優衣が立ち止まって翔を見る。翔が赤い顔をして優衣を見ている。
「七瀬は……付き合ってるやつとか、いるの？」
優衣は首を横に振る。
「じゃあ、好きなやつは？」
翔の声を聞きながら、裕也の言葉を思い出した。
――『好きなやつ、いるよ』
「ごめんなさい……あたし……」
「もしかして、裕也のこと、好き？」
優衣が顔を上げて翔を見る。翔はじっと優衣のことを見つめている。
――あたし……裕也のことを好き？
翔は答えを聞く前にニッと笑う。
「俺が言うのもなんだけどさー、お前ら絶対両思いだと思ってんだよね？ 俺的には」
「あ、あたしは……」
「顔赤い」
優衣が両手でばっと顔をかくす。
「うそうそ」
翔はおかしそうに笑って、そしてつぶやく。
「裕也だったら……仕方ないかな……」
ふたりの間を湿った風が吹き抜ける。
「もういいや。ごめん、今俺が言ったこと、全部忘れて！」
「あ、あのっ、あたし」
「じゃあなっ！」
翔がそう言って背中を向けて走り出す。そんな翔の背中を、優衣はぼんやりと見つめていた。
