ゆれてどこまでつづく
昭和十八年、帝国海軍の伊号潜水艦「イ-334号」は、機密物資を積んで南方へ向かっていた。
目的地は知らされず、乗組員も黙々と任務をこなすだけの日々。
だが、艦内には不穏な噂が流れ始めていた。
「浸水音がするのに、どこも濡れてない」
「誰もいない区画から、子供の歌声が聞こえる」
「夜、眠っていると耳の中に海水が入ってくる夢を見る」
艦長は神経質になり、「余計な話をする者は営倉送りだ」と命令を出したが、乗組員の一人が密かに記録していた日誌が、後に見つかる。
〇月×日
機関士の杉本が「水中でこどもを見た」と騒ぎ、発作を起こして死亡。死ぬ前、「海の向こうで笑ってた」と繰り返していた。
〇月△日
操舵室の窓の外に、白い手のひらが張りついていた。
高速で潜航中。人の手がそこにあるはずがない。
〇月◇日
食堂でスープをすくった兵が悲鳴を上げる。スープに「髪の毛」が浮かんでいた。
全員の頭髪を確認→一致せず。
誰の髪だ?
〇月□日
今日は“彼女ら”が誰を連れていくのか、皆押し黙っている。
ある者は耳を塞ぎ、ある者は水筒を破棄し「水を飲まない」と言い張る。
〇月…日
かわ……いた………………くそ………おれ……だめ……
文字は読めないほどぐちゃぐちゃになぐり書きされており
その後、潜水艦は南方海域で消息を絶つ。
戦後、潜水艦が沈没していた場所が偶然発見され、回収された艦内には奇妙な痕跡があった。
・操舵室のガラスに内側から爪で引っかいたような跡
・乗員24名のうち、22体の遺体は見つかった
その中に船長の遺体らしきものは見つからなかった
・しかし艦内には知らない一体分の“こどもの遺骨”があった
・艦内の天井には、なぜか一ヵ所だけ、濡れた髪の毛が張り付いていた。それもびっしりと
その記録を調査していた海上自衛隊の新人が、メモにこう書き残している。
「聞こえた。艦の中から。水音と……歌声。子ども特有の甲高い声で『ふねのうた』を逆さまに歌ってた」
そして彼は調査の報告の後、消息は不明。
最後に見たものは漁師であったが海に飛び込む姿を見たとか。しかしそれが本当かは定かでなかった。
今も、海底のその潜水艦からは、無音のはずの深海に、「艦内からノック音」が聞こえるという──。