第5話 送電設備
病院からの帰り道には、巨大なタワー型の無線送電設備がある。青幡電力の独自技術で作られており、HHICたちはここから電力を供給されている。バッテリー不良の製品が無意識にタワーの近くに群がることもあり、付近の治安は良くはない。
「おいおい、電池切れか⁉ そんなとこにうずくまってよー」
「やめとけよ、通信に反応しねえ。旧式だ。持って帰っても、楽しめねー」
「ざけんなよ。なら壊しちまおう」
「やめて! 助けて!」
嫌な場面に出くわした。送電タワーの裏路地で、男たちに囲まれ助けを求めるHHICと目が合ってしまった。仕方なく俺はその場に近寄り、IDを見せる。
「失礼します。剣城テンソル解析です」
「ああん? テメーのとこの不良品が反抗的だから、しつけてやってんだよ」
「こちらでメンテナンスしましょう。また、公の場でHHICのモデルを告げることは禁じられています。外の世界の模倣をしてくれなければいけません」
「俺らは青幡の社員だ。俺らの中では禁じられてない」
「お二人とも、送電事業部施工管理課ですね。先ほど、畑中常務とお会いしてきました。もうすぐ現場に戻られるそうです」
「あ……?」
常務は送電事業部の出だ。二人は、直属の重役の名前にたじろいだ。
「とにかく、こちらでメンテナンスします。連れて帰りますので、お引き取りを」
二人は唾を吐いてその場を去った。
「……ありがとう。助かったわ。何がなんだか、分からなくて……」
こちらを見て礼を言う。銀色の長髪に白い肌。奇妙だ。どのモデルだろう。
「私はこの特区で生体デバイスのメンテナンスをしているものです。通信が落ちているようですが、故障でしょうか?」
彼女たちは、自分がAIだとは教えられずに育つ。あるていど成長すれば、この街の仕組みは理解するが、その思考の管理領域にアクセスできるのは俺たちの会社だけだ。しかし、通信デバイスが故障していてはどうしようもない。
「ただ、体調が悪くて……いつのまにかここにいて……」
「名前は言えますか?」
「……分からない」
そんなことはないはずだ。俺たちのシステムは自分のIDを失うほどの記憶喪失を起こさない。何かがおかしい。
「バッテリーの問題ではないようです。無線送電設備の前に居ても回復しませんよ。よろしければ、私の所で修理できますが」
「……ついてくわ。何も覚えてないの」
二人は裏路地を出て俺の社宅に向かう。彼女の服が乱れているので人目が気になるが、そうも言っていられない。
「ヴァージル、何か分かるか」
「いえ、本当にベーシックな所にアクセスできません。ホモ・サピエンスである可能性もあります」
「人間の女はこの特区には入れない」
「私もそう思います。部屋でパーツを調べれば分かるでしょう」