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第3話 頭脳労働

 処理を終えた俺はため息をつき、ヘッドセットを外した。


 暗い部屋のディスプレイには、夕方に児童公園で見た二人が表示されている。


 あのあと公園を出た二人が、家の前で手を振って別れる場面だ。ショートボブは今ごろ好物のホワイトグラタンにありつけているだろう。


 別の画面では、デリゲート済と書かれたウィンドウの中、薄暗い一軒家の六畳間を監視している。よく見えないが、暗視までする必要はないだろう。エラーが起こらないように、慎重に調整すればいいだけだ。


 席を立つと、俺の部屋の中が照らされる。キッチンに向かう途中には、人型の人形とその部品が何体も並んでいる。まるで死体安置所だ。ハードウェアのメンテナンスは本業ではないが、仕方がない。


「ヴァージル、コーヒーだ」

「はい」


 ポットが加熱される。近くでそれを確認するようにヴァージルが飛びまわっている。人型のゴミの中を飛ぶハエってのは、なかなかいい絵かもしれない。


「坂本様からですが」

「繋いでくれ」


 コーヒーをテーブルに運び、予算報告の画面を移す。


「よお、上客だったな。AIの小学生が支援AIを馬鹿にするってのは良い皮肉だったぜ」

「あれは偶然だ。それに取引も、外部接触のリスク対応を考えたら大した額じゃない。首輪つけて散歩でもされたらペナルティだ」

「まあまあ。アガりなら飲もうぜ」

「いや、ミームのセットを調整する。生意気なガキの言葉に嗜虐欲を刺激されるのは健全なミソジニーなんだが、どうにも不自然さが残る」

「熱心だな。独立派とは無関係だろ。ああいう変態は必要だ。想定通りに欲望が再生産されてると思うぞ」


 ここでの俺たちの仕事は、HHICのメンテナンスだけではない。この特区を成立させ続けるために、男たちの欲望を管理する必要がある。俺がオファーを受けたのは、AI管理とミーム戦の両方のスキルがあったからだ。


 独立派というのは、男系男子継承を標榜し王権を呼び込もうとしている攻撃的なセクトで、俺たちの監視対象だ。この特区は特区のままでいてもらわなければ困る。独立されては、放射性廃棄物の管理以外にも様々な問題が生じてしまう。


「バーは10年代のマンハッタンなんかどうだ? 弁護士ドラマのVRセットがある」

「セクサロイド特区でしか食い扶持のないエンジニアが法律家のふりか? そっちの方が皮肉だな」

「古き良き頭脳労働の憧れに浸るんだよ。アクセスキーを貼っておく。22時までだ」


 電話が切れた。坂本は、会ってみると話の通じる奴で、上司というより同僚のように接してくれる。ただ、軽薄な性格で、俺の方が事態を深刻に扱うタイプらしい。


「古き良き頭脳労働ね……」


 これだって、頭脳労働だとは思うのだが、人類はどこで何を間違えたのだろう。


 俺はもう一度ヘッドセットを身につける。


「ヴァージル、ミームのマップを出してくれ。特区内の監視対象者の性欲をカラースケールで見たい」


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