第10話 秘匿領域
扉の前に立つベアトリスは、コンビニの袋を持っている。
「お前か」
「何が?」
「俺の管理領域にアクセスして、ミームセットを操作したんだな。最初から、隠れたパーティションがあったんだ。そうだろ?」
「……知らないわ。記憶を失ってたの」
「とぼけるな!」
俺は彼女を押し倒す。床の生体パーツの中に片腕を埋もれさせながら、彼女の目はこちらを見ている。
「乱暴ね。……したいの?」
またその目だ。やめてくれ。
「仕事中だ」
「ふーん。それでイライラしてるのね」
彼女は意に介さずに起き上がり、コンビニで買ったものをデスクに置き始めた。
「この間のお弁当を買ってきたの。あと、チョコミントアイス! パスワードにするくらいだから、好物なんでしょ? 食べようよ」
俺が呆気にとられていると、彼女が後ろから抱きついてきた。
「それとも、やっぱり、したい?」
無理だ。逆らえない。俺は彼女とそのままベッドに向かう。
コーヒーを淹れたヴァージルが戻ってきた。処理を続行してくれているようだ。横目に画面を見ると、ヒートマップが青色に近づいていくのが分かる。大丈夫だ。これでいい。
頭脳労働は、AIに任せておけばいい。俺たち、くだらない男たちにできるのは、これだけなんだ。
ベアトリスが眠ったあと、俺はデスクに戻る。ヴァージルはコーヒーの近くを飛び回っていた。
「悪くない経過です。坂本様に報告しますか?」
「ああ、そうしてくれ」
「3日間続ければ、暴動は起こらないでしょう。ですが、報告があります」
「何だ」
「ベアトリスの隠しパーティションを見つけました」
「……見たくないな」
「概要だけ聞きますか?」
「……そうしてくれ」
「パーティションは、剣城テンソル解析の上層部によって作られたものです。あなたがここに留まるように、仕組まれていた可能性があります。今あなたがこの特区の住民に対してやったのと同じ方法で。恐らく、坂本様も、同様です」
「……そうか」
「どうされますか?」
「……契約違反だ。退職するかもな」
「今回の対応は、高く評価されると思いますが」
「……だろうな。……なあ、人間ってのは、いったい、何なんだ?」
「私に聞かれても分かりません」
机の上の、溶けたチョコミントアイスが目に入った。
甘ったるい原色の液体は、今食べても、もう美味くはないだろう。




