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自転車

作者: 大体千字噺

卒業を控えてあと幾日といった所、受験の季節が終わり、私にも桜の季節が目前まで迫っていた。今日は、卒業式の予行の為、久しく学校に向かう日になっている。三年間、毎日の様に利用した自転車に乗ることも、あと片手で数えるほどしかない。そう思いながら、ハンドルに手を回す。家から道路まで少しの隔たりがあり、その間は押して進むのだが、どうもハンドルが軽い。感覚的に確実に間違いなくハンドルが軽い。故障を疑ったが、部品の欠損はどこにも見られない。だが、不思議と納得するものはあった。長期の休みと比べれば受験の期間は決して長いわけではなかった。しかし、十八の人生の中で最も重く長く濃い日々であったことには違いがなく、肩の荷が降りたのだと思えばこのハンドルの軽さも理解ができよう。心なしか、肺も多くの空気を吸うことが出来ていると思える。

日に二度必ず通ってきたこの路も、二度と通ることがないと感傷に浸りながらも、そんなことはないと脳内で打ち消される。どうしようもなくこの時期はセンセーショナルな一面が出てしまうだろう。全ての景色が鮮明に、愛おしく見えてくる。今までの生活を流れる景色と共に思い返す。生活は想像以上に想定外で、新鮮な経験と燻る感情の激流であった。高校生活を終える。高校生ではなくなる。惜しい、ではないと思う。ただ、漠然と空白にも似た虚無感が思い返すほど大きくなる。

バラエティー番組で高校生の単語を今までどれほど聞いてきただろうか。社会で、世間で、問われている所謂若者世代の中央に位置する時期、高校生というブランドの喪失を感じているのだ。これからバラエティー番組で映るそれらは自分とは似て非なる存在であり、決して自分のことでない。当たり前かもしれないが、そんな恐怖感が自分を一斉に襲いだしたのだ。世界が自分を求めていない、必要とされていない感覚。全ての景色が敵に成った。自分は変わってしまった。正しくは変えられてしまった。そんな考えが脳内を巡り続け、支配をしていく。短絡的な行動を取ることも視野に入れるか、いや、あまりにも馬鹿げている。そんなことを考えることすら嫌になっていた。どうして自分はこんな目に合わなければいけないのか。宛ら悲劇のヒロインの様な心持ちで駆けて行った。

酷く落ち込んだ気分のまま、学校に辿り着いた。思えば、その始まりはハンドルの違和感からであったと思う。施錠しながら、ハンドルを睨む。いや、よくよく確認してみれば自転車のギアが普段よりも幾分軽い。ギアを元に戻してハンドルを握りなおす。重さも感覚も少しも変ってはいない。

妙に晴れた気持ちで教室に向かった。

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