【5】運命を記す攻略本。
「いやああああああ!!!」
自分の叫び声で飛び起きた。
心臓がバクバクして、汗で髪が頬に張り付いている。…短剣で刺した胸の痛みがまだ残っている気がした。
すると、ドアがバンッと開いてサイラスが駆け込んできた。
「アイリーン?!どうしたの、大丈夫?!」
私は荒い息を繰り返しながら、頷く。
(…夢、なんかじゃない。あれは――)
セレスタの王子、カミルとの婚約。
濡れ衣。牢屋。セリナ。
そして自分の胸に突き立てた短剣。
(あれが“私の一度目”なんだ…!)
ギュッとシーツを握りしめながら顔を上げると。
――何故かサイラスが顔を耳まで真っ赤にして固まっている。
「ご、ごめん、アイリーン。突然入っちゃって…。その、ただ心配で…。
見るつもりじゃなかったんだけど…。」
(…え?何言ってんの、サイラス。)
ふと目線を下げると、谷間が丸見えである。
「キャーーー!!!」
(そうだっ!私ドレスを脱いだ後、パジャマの場所が分からなかったから下着のまま寝たんだった!!)
思わずぼすんっと枕を投げつけると、固まっていたサイラスがキリッとした顔に戻った。
「…でも、本当に何か怯えてたみたいだったから。君が無事で本当によかった。」
――ちなみに目線は胸に注がれたままである。
「いいから!後で話すからっ!!一回出て行ってー!!サイラスのえっち!!」
サイラスは神妙な顔で頷いた後、部屋を後にした。どうやらすぐに侍女を呼んでくれたようだ。
「説明が遅れて申し訳ありませんっ!よくお休みになっていらっしゃったので!
次から何かあった際はこの魔道具の宝石の部分に手を翳して下さい。」
侍女に手早く楽なワンピースを着せて貰いホッとした私は、改めて母とサイラスを呼んでもらったのだった。
◇◇
「で?どんな夢を見たの?」
母にそう言われて、私は先程の夢の内容を話す。
はじめは怖くて震えそうになっていたのだが…。
サイラスが後ろからぎゅっと抱きしめてきたので違う意味でドキドキしてきてしまった。
私の話を聞いた母は溜息を吐く。
「そう…。思い出したのね。それは間違いなく貴女が日本に来る前に起きた出来事よ。」
「ねえ、どうして皆『一度目』の記憶があるの?!それに、今回と『一度目』は婚約している相手も違うみたいだし…。」
私が戸惑った顔で言うと、母がサイラスに指示を出す。
「サイラス。魔道具から私達の荷物を出してもらっても良い?」
サイラスがブローチに触れると白い光と共に私達の荷物が出てくる。
(良かった!日本から持ってきたウニクロのスウェットが着れるっ。
可愛い服も嬉しいけれど、やっぱり毛玉のついた着なれた服でリラックスしたいよね。)
母が自分の旅行カバンをがさごそ漁ると、徐に分厚い攻略本のようなものを取り出した。
夜空のような光沢のある美しい紺色のカバーにキラキラした文字で『星降る夜、運命のキスを』と書いてある。
帯には『星キス、完全攻略!〜こんな攻略本が欲しかった!』とデカデカと載っていた。
「…何これ?」
私が目をパチクリさせていると、母が私にずいっと攻略本を押し付ける。
「――いいから読んでみなさい。」
そう言われてページを開くと、驚くべきことが書かれていた。
⭐︎………⭐︎………⭐︎
⭐︎プロローグ⭐︎
ここは、セレスタ王国。男爵令嬢としてセレスタ王立魔法学園に入学した『貴女』は4人のイケメン達と出逢います。そこに待ち受けるのは数々の試練と運命の恋。
最後に『貴女』が運命の星達に見守られながらキスをする相手は――一体誰?
⭐︎登場人物⭐︎ヒロイン:あなた
『貧しい男爵家を少しでも助けたい!』
時にはおっちょこちょいでドジだけど、魔法の練習を頑張るあなた。
※デフォルト名はセリナ・バルネスになってるよ!
⭐︎貴方と恋に落ちる運命のイケメン達⭐︎
①カミル・セレスタ
『君のような面白い子は初めてだよ。』
セレスタ王国の王太子。6歳の頃に婚約した真面目で面白みのないアイリーン・クロノス王女との関係に悩んでいる。いつも生徒会室にいるよ!好きな食べ物はミルクキャラメル。
②ギルベルト・ラングフォード
『お前みたいな可愛い子からの差し入れは大歓迎っ!』
騎士団長の父親に憧れて、毎日訓練を頑張っているよ。筋肉隆々で剣を振る姿に釘付けになっちゃうね!演習場に差し入れに行こう。好きな食べ物はフライドチキン。
③カーティス・クロイツェル
『その顔、私以外に見せたらダメですからね?』
父親のように立派な宰相となって国を支えるのが彼の目標。いつも図書館で勉強しているよ。
いつも意地悪なことを言うくせに、貴女が困った時は絶対に助けてくれる。好きな食べ物はプリン。
④ノエル・フェルディナンド
『…君の隣はなんだか居心地がいいな。』
飛び級してきた一つ年下の天才魔導士。可愛い顔に似合わずその腕前は国の中でも10本の指に入るほど!
放課後は魔術塔で訓練をしているから遊びに行こう!好きな食べ物はコーンスープ。
⭐︎POINT⭐︎
お目当ての男の子のいる場所に彼の好物を持って遊びに行こう!好感度が上がるよ!
⭐︎ライバルキャラ⭐︎
・アイリーン・クロノス
カミル王子の婚約者のクロノス王国の王女。美しい見た目と裏腹に正論をズバズバ言ってくる。時にはそれが貴女を傷つけることも。好きな食べ物はローストビーフ。
⭐︎隠しキャラ
・サイラス・アステリア
『それ以上君に近づく男は殺すよ?』
アステリア王国の王子様。四人のイケメン達全員と仲良くなると、『ある事件』が発生して、時間が巻きもどってサイラスが転校してくるよ。謎が多いけれど、儚げな美貌を持った美しい王子様。好きな食べ物はグラタン。
⭐︎………⭐︎………⭐︎
「…何これ!!!こわっ!!!」
――私は攻略本を見ながら戦慄する。
その後ろでサイラスも驚いて目を見開いている。
「…これは、エリカ様。どういうことでしょうか。」
すると、母は眉を下げる。
「…多分私達が今いる世界は、日本の乙女ゲームの世界なのよ…。」
「ど、どうやって気づいたの?!お母さんゲームなんてしないよね?!」
私が困惑しながら聞くと母は顰めっ面をした。
「一時、『特命料理長板野』にハマって、スマホで読み漁っていたのよ。あ、サイラス。スマホって異世界の魔道具みたいなものなんだけど。
そして、『広告見ると1話無料!』ってバナーを押したら、コレの広告が流れた訳。
セレスタ王国って書いてあるからビックリしちゃって。
で、慌ててこの攻略本を『コミックオフ』まで買いに行ったって言うわけよ。」
「な、なるほど。」
(お、お母さんっ、特命料理長にハマってたの?!)
ちなみに、この漫画は料理長の板野が会食で料理を振るまいながら政治家達の陰謀を明らかにしていく社会派サスペンスである。
板野の決め台詞は『捌いてやるよっ!このヒラメのようにな!』である。
「――時間を司る魔法はね。クロノスの王族しか使えないのよ。しかもクロノスの王族の命と引き換えに発動されるの。
そして、クロノスの血を持つ者にだけ記憶が残る。
この本にはサイラスルートだと巻き戻しされた後って書いてあるじゃない?
つまりアイリーンはその前に死ぬ運命だったようなの。
ただ…。」
「ただ?」
私が続きを促すと母は怒りに満ちた顔をする。
「…本来なら国に帰る馬車で貴女は死ぬはずだった。きちんと、日本にいた時に調べたの。それなのに、実際には、この『主人公』は牢屋で貴女をゴロツキに襲わせようとした。
――つまり、本来のゲームの『一度目』の内容と変わってしまっているのよ。」
すると、サイラスが苦しそうな表情で口を開く。
「…じゃあ本来であれば僕はあの女の所業を忘れて、愚かにも惹かれていたというのか?」
私は驚いて目を見開く。
「そ、そうだ!!サイラスはどうして『一度目』のことを覚えているの?!クロノスの王族じゃないよね?!」
その言葉にサイラスが声を震わせる。
「…君が死んだ時、僕は君を抱きしめていた。その時、返り血を浴びたから記憶が残ったんだと思う。
君の温もりが、どんどん失われていくのを感じていたのに。
――離すことなんて出来なかった。」




